雪枷
先を尖らせた葉っぱから、ふたつの滴が零れ落ちた。
白雪に覆われた山々は静かであった。薄暗い谷底に時折雷鳥の鳴き声が響くが、どこか虚ろである。
咲子は、囲炉裏の火に茶釜と両手を翳しながら、薪の弾ける音を染み込ませていた。背の障子から妹の苦しそうな声が聞こえてくる。双子の妹である雪子が病気で寝込んでいる。
鉄の茶釜から湯気が噴く。咲子は部屋に満ちる重い蒸気を肌で感じながら、雪子の淋しげな呻き声を腹に溜める。咲子たちの姉の花穂が雪子の看病をやっているのだが、今は朝飯を作るために床を離れている。
「……さきちゃん、お水を頂戴」
掠れた声で雪子が言う。咲子は白い湯気を吐く茶釜の方に目をやるが、座ったままである。雪子は消えそうな薄い声で何度も繰り返すが、それでも咲子は動かない。
暫くすると声は止んだ。妹の声が咲子の頭の中に木霊する。咲子は口元を堅くしながら、濡れた瞳から涙がこぼれないようにこらえていた。
雪子は咲子に顔立ちがよく似ていた。崇高な霊魂を湛えた丸い瞳に、幼げな二重瞼が被さっていた。たおやかな輪郭をしており、頬にはうっすらと朱がのっていた。咲子も雪子も髪は長くのばしていたのだが、病に倒れて以来、雪子は髪を短くしていた。咲子の方も気を遣って髪を束ね、なるべく襦袢の中に収めるようにしていた。
障子から差し込むのどかな朝の光が、咲子の頬をなでる。咲子は、無理にでも気を落ち着かせようとしていた。花穂が戻ってくるまでの時間が、のんびりとした朝の光のおかげで余計に長く感じられた。
「さきちゃん、ごめんね、ごめんね……」
今にも絶えそうな脆い声だった。
ずるずると重苦しい音を響かせながら、表の戸が開いた。花穂が戻ってきた。
「さきちゃん、ゆきちゃんは大丈夫だった?」
朝日を頭に浴びながら、花穂は草履を脱いでいた。
「うん、ぐっすりと眠っているみたい。大丈夫だったよ」
雪子のいる部屋の方に目線を向けて答えた。
「そう、それは良かった」
薄い板張りの床を鳴らしながら、花穂は囲炉裏に上がった。咲子の答えは花穂にはほとんど響いていない様子だった。花穂が咲子の向かいに座ると、咲子は悲しげに目を閉じた。
「今日はこれだけしかないけど」
花穂はそう言って小さなちゃぶ台に器を二つ並べた。麦と粟の雑炊だった。
「でもね、仕方ないのよ。だって三人もいるんだもの。私だけじゃとても養いきれないの。分かってちょうだい」
花穂は軽く雑炊を啜ると席を立った。咲子は無言でじっと湯気の立つ器を見つめていた。
「お姉ちゃん、私この家を出る」
「え?」
「いつまでもおねえちゃんに負担をかけられないし、私も自立する」
「そうなの?別に私はそういうつもりで言ったわけじゃないのよ?あなたはここにいてもらってもいいのよ、あなたは」
「それと雪子は私が連れて行く」
「ふうん、別に私はそれでもかまわないけどね。あなたのしたいようにすればいいわ、止めはしない。でも行く宛てはあるの?」
器が少しずつ冷めてきていた。
「無いでしょう?少なくともこの村の中であなたに働き口なんて無いわ。こんな谷底の村にはあなたを養ってくれるほどのお金持ちなんていないのよ。ああでも明日には行商の人が来るらしいから、その人に付いていけばどこかで奉公先が見つかるかもね。正直私がこの家を出て行こうかと思っていたけど、あなたが出て行ってくれるのなら私はここに留まれる。助かったわ」
咲子は冷たい雑炊を涙と共に呑み込むと、雪子の臥せる床へと歩みを向けた。雪子の襦袢の擦れる音が、静寂を煽った。