不思議なモノたち
観測対象は、隔離区画の中央で、また地面に何かを描いていた。
丸。
三角。
歪んだ線。
それを指差し、こちらを見て、発声器官を震わせる。
『※※※?』
カマキリ型虫人は、触角をわずかに立てた。
『……まただ』
隣に立つのは、細身で、体表に細かな模様を持つバッタ系学術型虫人。翅は小さく、鎌はないが、代わりに感覚器官が異様に発達している。
『ふふ……相変わらず、熱心ですね』
『まったく意味は分からんがな』
『ええ、ですが……行動パターンは一貫しています』
バッタは、地面の図形を覗き込みながら、ゆっくり言葉を選ぶ。
『これは、おそらく……意味を持たない形を提示して、我々から音を引き出そうとしているのでしょう』
『……単語の抽出を試みているということか?』
『ええ、そんな感じです。異物は、「対象」と「音」を結びつけたいのだと思われます』
カマキリは、鎌を少し下ろした。
『だが、発音できていない』
『そうですね』
バッタは、やんわりと頷く。
『発声器官の構造が、根本的に我々と違います。周波数帯も、振動方式も、そもそも一致していません』
『……』
『物理的に、同じ言語を話すことが不可能、ということです』
『……詰みか』
『いえ』
バッタは、少しだけ翅を震わせた。
『完全に、ではありません。最近、異物の反応速度が変化しています。こちらの音声と仕草に対する反応が、以前よりも……わずかに、区別されている』
カマキリは、触角を立て直した。
『学習している、ということか』
『ええ。異物は発話できません。ですが――“聞く”ことは、できる可能性があります』
隔離区画の中で、異物がまた別の音を出す。
『※※※※……』
意味不明。だが、音の長さと高さは、少しだけ変わっていた。バッタは、それを記録しながら、どこか楽しそうに言う。
『不思議ですね。まったく異なる生物ですが、それでも、かなり合理的に言語そのものに接続しようとするとは』
『……これを危険な存在だと思うか?』
『いいえ』
バッタは、即座に否定した。
『この異物に、攻撃意図は見られません。むしろ……』
もう一度、異物を見る。必死に地面に絵を描き、こちらを見て、音を出している。
『とても、素直な知性です』
『素直?』
『ええ。分からないから、分かろうとしている。それだけですが……、向こうから歩み寄ろうと努力しているさまはとても好感が持てます』
カマキリは、しばらく黙って思案したあと、ゆっくり目線を卵に移す。
『それにしても、アレが卵を食べようとしたときは焦った』
『いつも冷静なアナタが慌てる様、見てみたかったですね』
バッタにからかわれて、カマキリは少しばつが悪そうにする。
『やめろ。……何かいろいろ考えていたようだが、まさか食べようとするとはな』
『この異物は突飛な行動が多いですからね。アナタの焦りを感じ取って、思いとどまってくれたようで助かりました』
また蒸し返されたカマキリは少し不機嫌そうになる。構わずバッタが続けた。
『この異物の発生と同時期に現れた物質。内部の胎動からして、卵であることは間違いないのですが……』
『……こんな色の卵は見たことがない。それにこの波動や匂いは……』
『ええ。この異物とも、我々とも、そしてこの世界の物質とも異なる、異次元のもの。我々の感覚器は明らかにこの卵を畏怖すべきものと感じています』
『コイツは何も感じてないみたいだ。……鈍いのか?』
『おそらく。ですが、その方が好都合でしょう。異物同士、どうなるのかしばらく観察させていただきましょう』
カマキリは、我々との意思疎通を断念して、また卵に構いだした異物をじっと見る。
『……変な生き物だな』
『ふふ』
バッタは、柔らかく音を鳴らした。
『ええ、とても。ですが…、この我々の閉じた世界にとって、こんな異物たちは……きっと、初めてでしょうね』
カマキリは、隔離区画の中で異物が行う奇妙な行動を、だんだん興味深く感じるようになっていた。




