地獄の中の地獄
河原に連れてこられ、しぶしぶ、俺も石を拾った。周りを見渡すと、白装束の子供たちが一斉にこちらを見ていた。その視線が、なんというか……戸惑いと困惑が混じったような、妙な感じで。
「……あ、俺だけ年齢層おかしいよね」
そりゃそうだ。平均年齢どう見ても小学生以下。二十歳の大学生が混ざってるのはどう考えても場違いだ。ちょっと恥ずかしくなりながら、俺はしゃがんで石を積み始めた。
鬼の説明を思い出しながら、親のことを考える。
(親を想う行為、か……)
父親の顔、母親の声、普通に思い出せる。むしろ、今さら死んだ実感が湧いてきて、胸が少し重くなった。両親には想像もつくはずのない間抜けな理由で死んだ自分は、親に合わせる顔などない。仮に親がここに迎えに来たとしても、死ぬに至った動機は墓場まで持っていこう。閻魔様、親にはどうか内緒で頼む。
やってみると石は、全然うまく積めなかった。少し積むと崩れる。角度を変えても崩れる。重心とかバランスとか、そんなの全然わからない。
「これ地味にむずくない?」
「……石の形、見たほうがいいよ」
隣から、控えめな声がした。
白装束の女の子。栗毛っぽいセミロングで、年は八歳くらい。その子は、平たい石の上に、少し丸い石を置いて、その上に小さめの石を乗せていた。
「……下は大きいほうが安定する」
「なるほど、土台が大事なのか」
俺はそのまま真似してみる。……おお、崩れない。
「すげぇ、君、職人だな」
「……慣れてるだけ」
「俺ユウヤ。よろしく」
「……スズ」
「スズね、覚えた」
それから数日。俺は完全に石積みにハマっていた。最初は全然ダメだったのに、重心、形状、摩擦、空間バランス……なんとなく感覚でわかってきて、気づけば異様に上達していた。もはやただの石積みじゃない。アーチ構造、逆三角形、バランスだけで浮いてるみたいな造形。
「……これもう現代アートだろ」
その様子を見て、積んだ石を崩す鬼――キヨが苦笑しながら近づいてきた。賽の河原まで案内してくれた鬼だ。こいつは子供が積んだ石を崩す役目のくせに、妙に気弱だからキヨと呼ぶことにした。
「おう!ご苦労さん! じゃあ……崩していいぜ」
「え、せっかくこんなにキレイに積んだのに…?」
「いや、積んだ石崩すのがお前の仕事だろがよw」
うん…、とキヨは申し訳なさそうに棒でつついて崩した。がらがら。芸術作品、無慈悲に崩壊。
「あー」
俺が声を出すと、周りの子供たちがクスクス笑った。なんだか、ちょっとした日常になっていた。子供たちとも自然に話すようになって、その中でも特に仲良くなったのが、ハヤトだった。大人しいけど、よく周りを見てて、自分の石が崩れても、他の子の石を直しに行くようないいやつ。
そんなある日、河原の奥で地獄には似つかわしくない神々しい光が出現した。光の中から、石像みたいな姿の存在が現れて、何人かの子供の手を取った。子供たちは泣きもせず、静かに笑って、その光の中に消えていく。
「……あれ、何?」
「地蔵菩薩です」
キヨが言った。
「親が天国に行く際うっかり迎えに来られなかった子や、親が極楽に直行した場合は地蔵様が輪廻に還してくれます」
「へぇ……」
俺は少し安心した。
「じゃあ、結構いいシステムじゃん。誰も置き去りにならないようになってるんだ」
キヨは、なぜか少しだけ困った顔をした。そして、
「……ハヤトくん、あまり仲良くなりすぎるの、良くないかもです」
「は?」
「いえ……その……」
「どういう意味?」
キヨは曖昧に笑って、そのままそそくさと離れていった。意味がわからなくて、モヤモヤしながら石積みに戻る。そんな俺の顔を見て、スズがぽつりと言った。
「……たまにね、誰にも迎えに来てもらってないのに、子供が消えること、あるよ」
「……消える?」
改めて周りを見渡すと、確かに、前にいたはずの子の顔がいくつか見当たらない。入れ替わりはあるけど……あれ、あの子、地蔵に連れていかれてたっけ?
その時、キヨが戻ってきた。
「さっきはごめんなさい」
「なあ、キヨ。消える子のこと、何か知ってるだろ」
俺は少し強めに言った。キヨは少し沈黙してから、静かに言った。
「……親が極楽に行く子は輪廻に帰れます。親が彼岸に渡る子も、救われます。……でも、それに当てはまらない子がいます。……何故だかわかります?」
嫌な予感がした。
「……親が、地獄行きの場合?」
キヨは、うなずいた。
「その子たちは、輪廻にも戻れません。でも……ずっと石を積ませ続けたら、この河原、いつか満員になります」
「……」
「だから……調整が入ります」
「調整?」
「地獄行きの親を想うことを辞めた子は“醜鬼”に喰われます」
血の気が引いた。その瞬間。
「――――っ!」
子供たちの悲鳴が響いた。振り返ると、黒く歪んだ影のような存在が、ハヤトを掴んでいた。
顔の輪郭がなく、目と口だけが空洞。鬼とも人ともつかない、醜悪な何か。
「ハヤト!」
俺は駆け寄って、引き剥がそうとした。……触れない。手が、すり抜ける。ハヤトを抱き抱えて逃げようとするが、体に根が生えてるように全く動かない。醜鬼がゆっくり口らしきものを開けて、ハヤトを飲み込もうとする。
どうしたらいい…!?キヨの言葉が頭をよぎる。
(石を積むこと……親を想うこと……)
「ハヤト! 親のこと思い出せ!お父さんとお母さんのこと、考えろ!」
ハヤトは、光のない目でこちらを見て、ゆっくりと首を振った。
「……僕、ずっと数えてたんだ」
「え……?」
「ここ来てから…、何日経ったか。数えてたんだ。いつかお父さん、お母さんが迎えにきてくれるって、信じて。今日で百年経った。もう……生きてるわけないよね。とっくに死んでるはずなのに、迎えにきてくれないんだよ…」
面倒見が良く誰にでも優しいハヤト。でも、心の奥では常に両親が迎えに来ないことに傷つきながら、それでもいつかは迎えに来るのを信じて…。地蔵菩薩に救われる子供たちを、ハヤトはどんな心境で見送っていたのだろう。俺は言葉が出なかった。
「……ずっとお父さん、お母さんを想って、石積んでたのに」
ハヤトは、かすかに笑った。
「もう……ずっと前から……顔も……思い出せないんだ……」
その瞬間。影が、ハヤトを完全に包んだ。一瞬で、消えた。声も、存在も、最初からいなかったみたいに。賽の河原に、石の音だけが残った。俺は、その場に立ち尽くしていた。
何も言えず、何もできず、ただ、呆然と。




