地獄巡り
地獄は、思ったよりもシステム化されていた。暗赤色の空。地平線の向こうまで続く黒い岩盤。そこに無数の列が、遊園地のアトラクション待ちみたいに整然と並んでいる。各地獄には日本語で書かれた看板まである。なんという親切設計。
「次、針山地獄ー」
「はーい」
呼び出しに、俺――神崎ユウヤは素直に手を挙げ、素直に列に並び、素直に前へ進んだ。目の前にそびえるのは、文字通りの針山。人の背丈を軽く超える岩山一面に、金属の針がびっしり突き立っている。
普通なら絶叫案件だ。だが、俺は一瞬だけ深呼吸して、覚悟を決めて、針山に突っ込んだ。
痛い。めちゃくちゃ痛い。足の裏から、脛、太腿、腹、胸、腕、喉、全身のあらゆる部位に針が突き刺さり、骨の内側まで貫通してくる感覚。内臓がズタズタに裂かれていくのが、嫌というほど分かる。
「っ……ぐ、ぅ……!」
だが俺は、歯を食いしばり、呻き声を殺し、耐えた。そして死に、リスポーン。
(……なるほど。ここ、完全に異世界だわ。)
死後の世界?地獄?そんなのはジャンル名の違いでしかない。現実とは別ルールで、別の理屈で、別の存在が管理してる世界。それ、もう異世界だろ。
(これはいわゆる修行イベント……!)
異世界モノにもいろいろあるが、今回はこのパターン。
序盤は地獄。
中盤で覚醒。
終盤で俺TUEEE。
つまりここは序盤の忍耐パート。主人公が一度どん底まで落とされて、「もうダメだ……」ってところから、才能とかスキルとかチートとかに目覚める、いつものあの流れ。
俺はまた針に串刺しにされながら、心の中でステータス画面を思い浮かべていた。
(耐久+1……いや、今のは根性補正入って+2だな……精神力も上がってるはず……多分……)
そう思えば地獄の責め苦も耐えられた。俺以外の亡者たちは精神が崩壊しているようで、虚ろな目でよだれを垂らてしたり、叫んでたり、ブツブツとお経を唱えてたり。俺もこの世界の仕組みを知らなければ、こうなってたのかもしれないな。今はただ耐えるだけだが、ステータスが上がりきったとき、その時俺のストーリーは動き出すんだ。そう信じて、自ら進んで地獄めぐり。
溶岩地獄では、灼熱のマグマに放り込まれ、体が一瞬で炭化する。
氷結地獄では、全身が凍りつき、内臓ごと氷の彫刻になる。
粉砕地獄では、巨大な石臼に挟まれ、骨ごとミンチになる。
血の池地獄だけはよくわからん。ぬめぬめしているだけで、痛くもかゆくもない。
焼かれた。
凍らされた。
潰された。
ぬめぬめ。
死んだ。何度も死んだ。視界が暗転するたび、俺の脳内には、別のテンプレがちらついていた。
(……これってもしかして、死に戻り系主人公じゃね?)
一度死んで、時間が巻き戻って、失敗をやり直しながら最適解を探していくタイプのやつ。
(なるほどな……。だから、こんなに何度も殺されるんだ。最初から「死ぬ前提」の設計なんだよ、これ)
「はい、次いきますよー」
事務的な声とともに、俺はまた立っていた。さっきまで焼け死んでたはずなのに、体も服も元通り。痛みだけが、記憶にリアルに残っている。鬼たちは亡者の苦痛を知ってか知らずか、あくまで事務的に次の地獄へと連れていく。
俺は文句を言わなかった。むしろ、確信に近いものを抱いていた。
(リスポーンあり。完全回復。死ぬたびやり直し可能……これ、無限死に戻りチートだろ)
デスペナルティなし、死ぬほど経験値稼げる仕様。ゲームで言うなら、ここはチュートリアルエリア。死ぬのは仕様、苦しむのも仕様、その先に「覚醒イベント」がある。――絶対に、ある!
控室で、鬼たちがひそひそ話している。
「……あの人、毎回“よし”って顔して死にません?」
「耐久力アップとか、精神力アップとか、ぶつぶつ言ってるよな……」
「そんなのあったら、亡者がみんな地獄のメニュー克服しちゃうだろうに。普通、気づくだろ…」
「期待に満ちた目で拷問に入るの、ちょっと怖い」
「なぁなぁ、次はどの地獄行っちゃう? あ、それとも新しい地獄作っちゃう?w」
「ヒィッ……!」
おっと、威圧感スキル、いつの間にかゲットしちゃってたわ☆
「あ、おい! そこの! ちょっとコイツ連れていってくれ!」
「えっ? でもこの人って……。僕、賽の河原担当ですよ?」
「コイツも親より先に死んでんだ!仕様上問題ねぇだろ!?じゃあ、任せたぞ!」
そう言われて、細身で気弱そうな鬼が、おずおずと近づいてきた。
「えっと……あの……こちらへ……」
「お、新メニュー?」
赤黒い地獄の風景が、ゆっくり遠ざかる。デカい河を渡り、針も、溶岩も、石臼もない、妙に静かな方向へと連れて行かれながら、俺は内心ワクワクしていた。
(来たな……イベントエリア。たぶんここ、重要フラグ立つやつだ。)
*****
霧が晴れると、そこは河原だった。いや、「河原っぽい何か」と言ったほうが正確かもしれない。川は流れているのに音がなく、空はあるのに雲も太陽もない。白く濁った景色の中に、小石だけが無数に転がっている。
「……あれ? ここ、地獄?」
俺は周囲を見回して、首をかしげた。鬼は半歩後ろから小さな声で答えた。
「賽の河原です…」
「さいの……?」
「三途の川の手前です。あの世というより……現世寄りです」
「え、じゃあここって、まだ完全にあの世じゃないってこと?」
「まあ……そうなります」
俺のテンションが一気に上がった。
「え、じゃあさ! 向こう側行ったら戻れるんじゃね? ワンチャン生還ルートあるやつじゃん、これ!」
鬼は一瞬黙ってから、静かに言った。
「……あなたの体、現世でぐちゃぐちゃらしいです」
「」
「トラックに轢かれて、内臓も骨も、だいたい原型ないです」
「……あ、そうなんだ」
一気に現実に引き戻された。確かに、川渡って戻ったところでゾンビコース確定だ。俺はしゅんとして河原を見た。そこには、白い服を着た子供たちがいた。全員、黙々と、小石を拾っては積んでいる。
「……みんな何してんの、これ」
「石積みです」
「見たまんまw そう言えば、賽の河原の石積みって、なんか聞いたことあるな。何で石積むの?」
「……親を想う行為です」
「……どういうこと?」
俺が聞き返すと、鬼は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「本来、魂は死後に審判を受けます。善人は善い行き先へ、悪人はそれ相応の場所へ」
「うん、まあ、それはわかる。閻魔様いたし」
「ですが……子供は別です」
「別?」
「子供は、生きている間に善悪の業を積んでいません。選択も、責任も、ほとんど経験していない」
鬼は淡々と続けた。
「つまり、審判に値しない存在です」
「……え、それって」
「天国にも、地獄にも、行き先が決められない。行き場がない魂です」
俺は言葉に詰まった。
「じゃあ……ここって」
「はい。賽の河原は、“決められない魂”のための場所です」
鬼は河原にいる子供たちを見渡した。
「親より先に死んだ子供たちは、ここで親を待ちます」
「……待つ?」
「親が死んで、こちらに来た時、一緒に三途の川を渡るために」
「……」
「石を積むのは、その間の行為です。親を想い続けるための、時間の使い方ですね」
俺は、黙って子供たちを見た。誰も泣いていない。誰も騒いでいない。ただ、終わりのない作業みたいに、石を積み続けている。
「……それってさ」
喉が少し乾いた。
「親、来なかったらどうなるの?」
鬼は、視線を逸らした。
「……」
鬼は気まずそうに目を伏せたまま、何も言わなかった。




