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異世界テンプレブレイカー  作者: 浮華 傾佻


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14/20

役立たず脱却

 その蜘蛛型を見て俺は、違和感と既視感を同時に感じた。


 彼(?)は、他の虫人たちのような直立二足歩行ではなく、俺の元いた世界の蜘蛛と同じく四つん這い(この場合八つん這い?)姿勢だった。虫人は、外殻などはあるものの、フォルムは人間に近い。ただ、この蜘蛛型は『これぞ蜘蛛!』って感じの姿かたちをしていた。

 一方で、俺のイメージと大きく異なったのは、一番前の脚二本を含んだ何本かが、まるで機械仕掛けのような造りになっていたところだった。さらに、左の後ろから二本目の脚は欠損している。


 蜘蛛は何も言わず、倒れた個体の呼吸孔を確認した。手にしていた細い器具の先端が淡く赤く光る。小さな炉の熱を移したのだろう。揺れる白線へ近づけると、糸は縮れ、焦げ、切れた。だがすぐ奥から、また覗いた。

 何度か同じことが繰り返される。焼けば引っ込む、離せば出てくる。呼吸はむしろ乱れていく。周囲のざわめきが大きくなり、しかし誰も一歩を踏み出さない。


「これ、中に本体がいるタイプか?」


 ソネットが短く連続して鳴いた。焦り気味だ。蜘蛛の脚がわずかに止まる。視線だけがこちらへ向く。


「これ、引っ張ったらまずい?」


 指でくいくいと引く仕草をしながら聞くと、蜘蛛から短く太い音が聞こえ、器具がわずかに退いた。ソネットを見ると、短く鳴きながら頭を縦に振った。


 穴の縁に出ている白糸を摘む。ぬめりも抵抗もない。糸というより湿った綿だ。軽く引くと、するりと奥から続いて出てきた。


「うわー、長っ」


 取り巻きが一斉に後ずさる気配がした。構わずゆっくり引く。途中で震えが強くなり、倒れていた虫人の体が大きく反る。止めた方がいいのか迷った瞬間、肩の上でソネットが甲高く鳴いた。続けろ、に聞こえた。

 一定の速さで抜く。急ぐと切れそうな感触があった。やがて束が途切れ、最後の部分が抜け落ちる。同時に、器具の熱が走った。老人が白線の束を焼き切り、残りを炙る。焦げる匂いが濃くなり、呼吸の乱れがゆっくり収まった。


 周囲の虫人たちがざわめき始める。さっきまでの距離ではなく、様子を見る距離だった。恐怖と安堵が混ざった音だと分かる。

 蜘蛛の老人は何も言わず、細い道具を一本差し出した。受け取ると軽く、持ち手は先っぽの熱を伝えにくい作りになっていた。次の個体が運び込まれ、老人は当然のように横へ一歩ずれた。

 そこに立つ前提の位置だった。助手をやれ、ということらしい。


 ソネットが歌うように小さく鳴いた。「やるじゃん」って言ってるように聞こえた。


 *****


 議会中枢区画の閉鎖報告室は、街のどこよりも静かだった。石造の壁面に古代の端末が埋め込まれ、淡い光が呼吸のように明滅している。外界の気配は遠く、ここでは時間だけが整列して流れていた。


 中央の台座に女王バチ型虫人がいる。支配の圧ではなく、場の均衡そのもののような静けさを纏っていた。対面のバッタ型学術虫人が記録板を開き、触角を二度ほど整えた。


『えー……観察記録を報告いたします。対象個体、人間種。現在、街区労働に自主的に参加中です。報酬が理解できているかは不明ですが、本人は満足そうです』


 一拍置く。


『彼の行動は突飛なものが多く、予測は不能です。自分を過大評価しているのか、たまに身の丈に合わない行動をとったりもします』


 端末の光がゆるく揺れた。


『現時点までで敵意は確認されません。ただ、不要な場面で関与する傾向があります。助けを求められていない状況で助けようとすると。大変、扱いに困るという声をよく耳にしますね』


 女王バチの触角がわずかに傾く。


『また、先日、医療区画へ自発的に侵入しました。その際、駆除係の補助を自ら実施』


 記録板をスクロールする。


『結果として、気門侵入症状の治癒に成功。記録上、類を見ない手技による除去でした。異種族の手指構造による摘出が有効であったと思われます。我々の身体構造では不可能な繊細な作業でした』


 わずかに声が軽くなる。


『さらに重要点。彼はクヴが付着したにも関わらず感染しません。付着すらせず、パラパラと簡単に剥がれ落ちます。除去師もこの特異な性質を認め、助手として採用することにしたようです』


 静かな間。


『記録上のワートゥは敵対的存在です。しかし当個体は攻撃性を示さず、文化行動も一致しません。同種として扱うと説明が破綻します』


 報告者の触角がわずかに下がる。


『理解不能というより、分類不能に近い個体です。』


『また……』バッタ型が別の議題に切り替える。


『クヴについての報告です。依然、低活性状態を維持。現在に至るまで対処療法で均衡を保ってきましたが……』


 一呼吸。


『しかし近年、致死症例が増加。かねてから懸念されていた環境適応の兆候があります。このままでは、駆除師による対症療法だけでは抑制困難となる可能性があります。今回、監視対象が治療において顕著な活躍をしましたが、それもやはりただの対処療法でしかなく、根本的な解決には至りません』


 記録板を閉じる。


『以上から、監視対象は危険性はなく、有用な個体ではありますが、それほど重要視するほどの存在ではないと思われます』


 沈黙が落ちる。女王バチがゆるやかに視線を向ける。


『異物は、何もない空間から急に現れたと言っていたな』

『はい。報告から推測すると、次元歪曲転移に近いものかと』

『……シグナルはワートゥともやや異なるとも言っていたな』

『はい。あくまで感覚ではありますが、外宇宙の位相を感じます』


 わずかな間の後、女王バチが笑みを浮かべた。


『この世界の埒外の存在。突如、現れた不完全態もそうだとか……。興味深いな』


 報告者が触角を上げる。


『観測を継続しますか?』


 バッタの問いかけに、女王バチが答える。


『ああ。……制限はいらない。自由にさせた方が面白そうだ』

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