あらためて実感
トンボに案内されてみると街は、思っていたよりも賑わっていて、でも、思っていたよりもずっと静かだった。虫人の街って言ったら、もっとこう、羽音がうるさくて、そこら中でブンブン飛び回ってるイメージだったんだけど――実際は違った。
誰も飛んでない。羽はあるけど、飾りみたいに背中に畳まれてるだけで、普通に二足歩行。元の世界で見たような細い脚ではなく、甲殻に包まれた逞しい二本の足でまっすぐ立っている。
俺のように、布で作られた服を着ている者はいなくて、体のところどころに飾りみたいなものを付けているぐらい。多分、体の甲殻が服みたいな感じなんだろうな。
それにしても…、
「……虫なのに飛ばないんだ」
あらためて言葉にすると、横を歩いていたトンボが、首を傾げた。言葉が伝わってないことからくる仕草だろうけど、「当たり前じゃん」と言われたみたいな気がして、ハハハ…と笑って誤魔化した。
虫人の街並みは、ほとんどが石造りだった。切り出した大きな石を積み上げた建物。壁は分厚く、窓は縦に細長い。屋根は丸みを帯びていて、ドームというか、貝殻みたいな形をしている。
中世ヨーロッパっぽい……ような気もするけど、微妙に違う。どこか直線が少なくて、全体的に曲線が多い。角が丸い。視界に入るもの全部が、少しずつ歪んでいる。
石畳の道も、妙に模様が規則的だった。ただのランダムな石敷きじゃなくて、幾何学模様みたいに配置されてる。デザインなのか、機能なのか、よく分からない。
……まぁ、町の造形なんてよく知らないんだけどね。俺は深く考えるのやめた。
歩いている虫たちは、見た目こそ虫だけど、雰囲気は普通に「人」だった。市場みたいな場所では、何かの袋を抱えて値段交渉してるやつもいれば、子供っぽいサイズの虫が石畳を走り回っていたりする。ベンチで本らしきものを読んでるやつもいれば、談笑してるやつもいる。まさしく平和そのものだ。上手く表現できないけど、異世界に来たぞという実感よりは、虫人たちの日常にただ俺が混じっているだけという、そんな取り残されたような気持ちになった。
「ピューヤ?」
ソネットが何かを察してか、声をかける。…うん、まだ始まったばかりだよな。そんなアニメみたいにポンポン展開が進んでたまるかってんだ。
そんなことを考えながら、言葉が通じないながらも案内をしてくれるトンボに連れられ色々街を観察すると、ところどころに見慣れないものが混ざっている。街灯代わりに使われている、空中に浮かぶ光る球体。壁に埋め込まれて、淡く発光している謎のパネル。地面から生えてる、金属板みたいなやつ。虫たちは普通にベンチ扱いで座っているけど、どう見ても石じゃない。触ると、微妙に温かい。
「……魔法的な何か、かな」
異世界だし、魔法文明って言われたら全部説明つく。でもひとつだけ、どうしても目を引くものがあった。
街の中央。石造りの建物群の奥に、地面から斜めに突き出している、巨大な構造物。縦に長い。異様に長い。角度をつけて、地面から突き上がっている感じで、まるで大地の奥から、何か巨大な岩柱がせり出してきたみたいな形だ。全体に苔や蔦が絡みついていて、ところどころの隙間から、鈍い金属光沢が覗いている。石とも金属ともつかない、不思議な質感。周囲の石造建築と比べて、微妙に雰囲気が違う。
「……なんか、でっかい遺跡? …みたいだな」
小声で言う。トンボは、特に気にした様子もなく、その方向を一瞥しただけだった。彼らにとってはいつもどおりそこにあるもの。でも俺からすると、ちょっとダンジョン入口っぽいというか、イベント発生しそうな場所にしか見えない。
「……まあ、異世界だしな。」
またそれで済ませる。ただ心の底では、あそこで自分がテンプレ的に大立ち回りするようなイベントを期待していたりして。
俺とソネットは、トンボに案内されながら、石畳の道を進んだ。街の中心部から少し外れた場所。虫通りが少なくなって、静かな区画に入る。建物は相変わらず石造りだけど、ここら辺は少し小ぶりで、住宅街っぽい雰囲気だった。水路が建物の間を流れている。
澄んだ水。地下から湧いてるらしく、途中で金属っぽい管が見え隠れしている。
「……これ、水道管?」
たまに街中で見かける、石造りの古代っぽい造りには不釣り合いに見える、近代的な構造物。違和感のあまりぽつりと呟くも、トンボは翅を鳴らしながら首をかしげるだけ。否定でも肯定ともわからない。
「まあ、便利ならなんでもいいか」
やや思考放棄気味。ここに飛ばされてから、ずっと情報過多で脳が疲労を起こしてるのかもしれない。小説やアニメでは見られないけれど、異世界に放り込まれた諸先輩たちも、最初はこんな感じで困惑したんだろうな、と思案する。
そう思いながら歩いていると、トンボが一つの建物の前で立ち止まった。周囲より少しだけ背の低い、丸みを帯びた石の家。入口はアーチ状で、扉はなく、布みたいなものが垂れ下がっている。
トンボが何か音を発して、入口を指差した。たぶん「ここがお前の部屋」的なやつだ。俺は一瞬だけ建物を見上げて、それから中に入った。
中は、意外と広い。石の床、石の壁。でも、中央には柔らかそうな繊維で編まれた寝床があって、壁際には例の金属板っぽい机。天井の一部には、淡く光る球体が埋め込まれていて、部屋全体をぼんやり照らしている。普通に、住めそうだ。
「俺ら、ここで生活すんの?」
誰も答えない。ソネットが、肩の上でピー、と鳴いた。トンボは満足そうに翅を揺らして、入口の方へ戻っていく。どうやら、ここからは放置らしい。部屋に一人と一匹。石の匂い、静かな光。遠くから聞こえる、街の音。
「……マジで異世界来ちゃったんだな」
テンプレ通りなら、ここから冒険が始まる。スキルが目覚めて、仲間ができて、世界の謎を解いて、魔王倒して、ハーレム築いて。……まあ、今のところ、虫しかいないけど。
ソネットは、机の上に這い上がって、部屋をきょろきょろ見回している。そして、何かぴょいぴょい言ってる。
「大丈夫だって。ここ、俺たちの拠点っぽいし」
そう言いながら、俺は寝床に腰を下ろした。石の街。謎の文明。地面から斜めに突き出した巨大な“何か”。虫だらけの異世界。全部ひっくるめて…
「ま、異世界だしな…」
どうやら脳みそのキャパオーバーらしい。今日のところは、ため息混じりのその一言で、自分自身を納得させることにした。明日から……、明日から頑張るから、今日はもう寝よう。




