爆誕!!
隔離檻の中央。三日間、何の変化もなかったあの卵に、ようやく異変が出た。表面に、細いひび。
「おっ」
俺は、ほぼ反射で立ち上がった。
「来た…。来た来た!」
ひびは、ゆっくりと広がっていく。音はしない。けど、内側から何かが動いているのが分かる。
(ついにだ……。ドラゴンか? フェニックスとか? こんだけ焦らしてくれたんだ。レアモンスターには間違いない!)
殻が、ぱきっと割れた。中から現れたのは…、
白くて、柔らかそうで、やたら脚の多い、ぷにぷにした幼虫が出てきた。
「…………」
一秒、沈黙。
「……普通に虫ッッッ!!!!」
思わず声が裏返った。
「おかしいだろ!!卵イベントってさ!もっとこう、“伝説感”とか“神秘感”とか!」
白いそれが、小さく鳴く。
「ピィ」
「……いや可愛いけどさ。可愛いけどさぁ……!」
俺はしゃがみ込んで、顔を近づける。ふにふに。目っぽいのも、よく分からない。
「まさか、ポケ〇ン的なやつ?最初は幼虫だけど、最終的に蝶になる系?」
「ピー」
白いのが、また鳴く。
「そうか…!テイマー系の異世界モノか!?これからめくるめくモンスターバトルが繰り広げられていくんだよ、きっと!」
そう言いながら、白い生き物を指でつつく。
「頼むぜ、相棒?」
白いのが、意味も分からず、また鳴く。
「ピー」
*****
その様子を、隔離区画の外から虫人たちは見ていた。バッタ系の学術型は、感覚器官を静かに動かす。
『……異物は、この個体を異常と認識していませんね。』
続いてカマキリが、低く音を鳴らす。
『拒絶反応、なし。恐怖反応、なし。むしろ……普通に受け入れている?』
『ええ』
バッタの声は、どこか慎重だった。
『あれは我々にとっては、発達不全に近い構造です。進化系統にも存在しない。…ですが――異物は、違和感を持ってないようですね。形態の不完全さを意識していない』
白い幼体が、ピーピー鳴きながら、ユウヤの方へじりじりと近づく。ユウヤは、それを普通に受け止めた。
『……』
バッタが、しばらく沈黙したあと、言った。
『この個体の処理、我々には不可能です。完全にこの世界の枠外です。ならば――、世界の枠外の存在に預けるのが、最も合理的でしょう』
カマキリは、ユウヤを見る。意味不明な言語を発しながら、意味不明な生物に話しかけている異物。だが、その態度だけは、妙に自然だった。
『……任せるか』
『はい。少なくとも我々よりは、正しく扱えそうです』
こうして、この世界の生態系に存在しない“出来損ない”は、この世界の論理に属さない“異物”に、預けられた。 誰も、その意味を説明できなかった。
ただ一つ確かなのは――この選択だけは、間違ってはいけない気がした。そんな、根拠のない直感だけだった。
*****
夜は、ゆっくり降りてきた。
空のどこかに固定された光源が、まるで誰かに布をかけられるみたいに、少しずつ薄れていく。完全に消えるわけじゃない。ただ、世界全体が半透明の膜に包まれて、昼よりも音がよく響くようになる。虫籠に暗幕をかけた、って表現が一番近いかな。
白い相棒(仮)は、相変わらず「ピー」としか鳴かなかった。最初は、素敵なルームメイトができたとテンションが上がったんだが、結局言葉が通じない相手が増えただけだとすぐに気づいた。
相棒は、俺のそばをうろうろして、時々鳴くだけ。虫人たちとも、相変わらず意思疎通はできない。俺が何か言うと、向こうは短い音を返す。でも、それだけで会話にはならない。
(……きっついな)
この世界に来てから、ずっと人と話してない。声を出してるのは俺だけで、返ってくるのは意味の分からない音だけ。一応向こうから反応は返ってくるものの、ほとんど独り言だ。
檻の中で、ぼんやり月を見上げながら、ふと思った。
(……暇すぎる)
だから、歌った。転移前によく聴いてた歌を、特に上手くもない歌声で。この世界には存在しないであろうメロディ。この世界には存在しない言語。でも、音だけは響く。俺の喉から出た振動が、空気を揺らして、あたりに広がる。
白い相棒が、こちらを見てぴたりと動きを止めた。
「……?」
俺は気にせず、歌い続ける。ちょっと音外しながら、歌詞もところどころ曖昧で、正直、自分でも下手だと思う。その姿を白い相棒が、じっと見ていた。
しばらくして――
「ピュー……」
いつもの鳴き声。でも、少しだけ違った。音程が、合ってる。俺がフレーズを切った直後に、同じ音程で鳴いた。
「……え」
思わず、歌を止める。白い相棒も、鳴くのを止める。俺は、試しにもう一度歌った。今度は、さっきよりゆっくり、音をはっきり区切って。すると、
「……♪」
今度はメロディをしっかりと再現して鳴いた。これはもう偶然じゃない。
「……お前、もしかして。今の、合わせた?」
当然、返事はない。でも、白い相棒は小さく身体を揺らしながら、俺の歌ったメロディを模倣している。俺は、胸の奥が、少しだけ熱くなるのを感じた。言葉じゃないし、意味も通じてない。でも、同じメロディを共有してる。同じ音の流れを、感じ取ってる。それだけで、この世界に来てから、初めて「ひとりじゃない」って思えた。
だから、また歌った。今度は、少しだけ本気で。音程も、リズムも、できるだけ丁寧に。白い相棒は、すぐに合わせてきた。
「ポー♪」
さっきより、少しだけ音が変わってる。俺の声に、寄せてきてる。完全には合ってない。でもー―――
チューニングしてる?俺の声の音に、合わせようとしてる。
「……なんだよ」
喉が、少し詰まった。
「お前さ…、賢いじゃん」
白い相棒は、意味も分からず鳴く。
「ピュイ♪」
でも、その音はただのノイズじゃなかった。この世界で、初めて、俺の声に“返ってきた音”だった。この世界に落ちてきて、初めて、ちゃんと息ができた気がした。
*****
それから、白い相棒は、やたらよく動くようになった。今までは、俺のそばでピーピー鳴くだけだったのに。最近は、檻の中をうろうろ歩き回って、急に立ち止まって鳴いて、また別の方向に行って、鳴いて。
「……なんだお前、落ち着きないな」
白い相棒は、ピーッと鳴いて、今度は檻の外にいる虫人たちの方を向いた。そして、
「ポィュ! ピュイ!」
やたらテンポよく鳴き始める。カマキリも、バッタも、ちらっとは見るけど、特に反応しない。白い相棒は、しばらく鳴き続けてから、ぴたりと止まった。沈黙。そして、ゆっくり、こっちを振り返る。
「ポー……」
声、ちょっと弱い。
「……?」
白い相棒は、また鳴く。
「ぴー」
今度は、俺の方を見ながら。そのまま、ちょこちょこと歩いて戻ってきて、俺の足元にぺたっとくっついてきた。
なんとなく、なんとなくだけど。
「……あー、今の、外の人たちに話しかけてた?」
返事はない。でも、白い相棒は、俺の指の近くで、ピーッと鳴いた。
「……通じなかったんだな」
白い相棒は、そのまま、ころんと横になる。元気ないわけじゃないけど、さっきより動きが鈍い。俺は、苦笑いした。
「そりゃそうだよな。俺も、全然通じてないし。この世界、言葉むずすぎ。」
白い相棒は、ピー……と小さく鳴く。その音、さっきの歌のときより、ちょっとだけ、俺の声に近い気がした。気のせいかもしれない。でも…
(……お前も、同じなんだな)
通じない世界で、通じない相手に、必死に音を投げてる。俺と同じことをしてる。白い相棒は、俺の膝に登ってきて、そのまま、ぴーっと鳴いた。
「……まぁ。そのうち、何とかなるだろ。ならなかったらまたその時考えよう。」
白い相棒は、俺の声を聞いて、また鳴く。
「ピョイ♪」
今のは確かに、“合わせようとしている音”だった。ジタバタ動いてるだけの虫にしか見えないのに。でも、必死に世界に接続しようとしてるのだけは――なぜか、分かった気がした。




