青い屋根の上で目玉焼きを
あーちゃんは、かたかたっとまどをあけました。
何もかもが新しいあーちゃんの部屋に七月の風が入ります。
あーちゃんは、心の中でさけびました。
(わぁー。気持ちいいーー)。
すぐ前のお家は、空よりもこい青い屋根のお家。
太陽にてらせれ、ぴかぴか、魚のうろこのように光っています。
そこにインコににた鳥がとまりました。
あーちゃんは、ちくんと胸がいたくなって、目をそらしました。
(あっ、だれか来る)
あーちゃんは、さっと自分の部屋のカーテンにかくれました。
がたがたっ、ごそごそ。
ひとかげが、二階の部屋のまどから青い屋根の上に出ました。
あーちゃんは、顔を半分だけカーテンから出し、じっとそのかげを見ました。
それは、しらが頭でわし鼻の、ダボダボのブラウスにダボダボのスカート、フリルがヒラヒラついたエプロンをしたおばあさんでした。
「へっへっへっ」
とへんなわらい声まできこえます。
(あのおばあさん、屋根の上でいったい何をするのかしら?)
あーちゃんは、いけないことと思いつつも、じっと目をこらしました。
おばあさんは、手に白く丸いものをもっていました。
そして、その白いものを片手で青いかわらにうちつけて、その上で、ぱかっと何か落としました。
すきとおったみずうみの中にお月さまがぷくっと浮かんでいます。
そして、じゅー。
(えーっ、目玉焼きーー!!)
あーちゃんは、びっくぎょうてん!
青い屋根の上で、とうめいなしろみがみるみるまっ白になっていきます。
じゅー。じりじり。
しばらくすると、おばあさんはフライがえしで、目玉焼きをうらがえしました。
そして、できあがると、その目玉焼きをひょいと口にほうりこんで、おいしそうにむしゃむしゃしました。
(うっわぁー!!)
あーちゃんは、なんだかとてつもなくドキドキするひみつをしった気分になりました。
しんぞうがどっくんどっくんしています。
あーちゃんは、両手で胸をおさえて、いきだけでふふふとわらいました。
次の日。
あーちゃんは、また自分の部屋から、青い屋根をのぞいていました。
がたがたっ、ごそごそ。
おばあさんが屋根の上にやってきました。
今日は、銀色のボウルと普通のスプーンよりかなり大きい銀色のスプーンをもっています。
おばあさんは、大きい銀色のスプーンですくった白いまぜまぜのみずをうすく青いかわらの上に広げました。
「う~ん。…………」
よくきこえませんが、なにやらぶつぶついっています。
おばあさんは、となりのかわらにこんどはさきほどより少なめの白いまぜまぜの水をうすく広げました。
「ようし」
とこんどはうんうんうなずいています。
しばらくして、キツネ色のすべすべしたお月様が出来上がりました。
(わぁー、いいにおい)
あーちゃんは、おもわず鼻をくんくんしました。
あま~くて、香ばしくてうっとりするこのにおい。
クレープだ!
あーちゃんの目はきらきらかがやきました。
おばあさんは、いちごとバナナをナイフでうすぎりにすると、きじに生クリームで顔をかいて、チョコレートをたらしました。
そして、口の中いっぱいにほうりこんで、むしゃむしゃしました。
(食べたいーっ)
あーちゃんは、ごくりとつばをのみこみました。
でも、一生けんめい足をつねってがまんしました。
そしてさらに次の日。
あーちゃんは、また自分の部屋から、青い屋根をのぞいていました。
のぞきみなんて、はしたなくていけないことだと分かっていても、やめられなかったのです。
がたがたっ、ごそごそ。
おばあさんがやってきました。
今日は、とうめいなびんに水をいれていました。
青いかわらの上におくと、うしろからまないたをだしました。
レモンをわぎりにしています。
(あっあのくさ、みたことある!たしかハーブのひとつだ)
おばあさんは、ハーブやレモン、そして赤いおちゃっぱを水のはいったとうめいなびんにいれていきます。
いれおわると、家の中にもどってしまいました。
あーちゃんは、いそいでお母さんたちの部屋へ行って、お茶の本をみました。
(あーー、さっきのこれだ!サンティーだ!)
あーちゃんは、きょねんキャンプでサンティ―を飲んだことを思いだしました。
さわやかなあじを思いうかべ、ごくりとのどがなります。
夕方になってもあーちゃんは自分の部屋にいて、青い屋根を見ていました。
がたがたっ、ごそごそ。
おばあさんがやってきました。
「ほっほっほ」
びんをかかえながら、わらっています。
そしてコップにこはくいろの水をそそぎ、いっきにごくごくのみほします。
(いいなぁ。わたしもおかあさんにつくってもらおう)
あーちゃんは、屋根のどこにとうめいなびんをおこうか、考えはじめました。
そして、またその次の日。
おばあさんは、白いこなの入ったびんと茶色いこながはいったびんをもって出てきました。
白いこなと茶色いこなをまぜて、うすくかわらに広げます。
そのままおばあさんは、夕方まで青い屋根の上にやって来ませんでした。
あーちゃんは、まどから体をのりだして、何を作っているのか見ようとして、そこに夕陽色のべっこうみたいなものがあるのを発見しました。
おばあさんがやって来ました。
あーちゃんは、急いでカーテンのうしろにかくれます。
おばあさんは、夕陽色のかけらみたいなうすいものをはがして、ぺろぺろなめはじめました。
(あめだったのーーーーー!!!)
「あぁ、若いころ行ったスリランカを思い出すねぇ」
とおばあさんが言ったのをあーちゃんは聞き逃しませんでした。
あーちゃんはきょねんのたんじょうびに買ってもらった「ちきゅうぎ」で「スリランカ」をさがしました。
夜までかかりましたが、スリランカを見つけました。
(すっごい遠くなんだぁ)
あの茶色いこなは「シナモン」とよばれるものかもしれないとベッドに入って考えていました。
ちきゅうぎがシナモンのことをしゃべっておしえてくれたのです。
おかあさんのアップルパイには、「シナモン」が入っています。
「まだあーちゃんには早いから」とあーちゃんにはシナモンなしのアップルパイです。
だから、よけいに気になるのです。
(シナモン、シナモン、どんなあじ?)
(ゆうひのあじがするのかな?ゆうひのあじってきっとおうちに帰りたくなるようなやさしいあじだよね。いいなぁ、わたしもなめてみたい)
あーちゃんは、どきどきしてその夜おそくまでねむれませんでした。
そして、またまたその次の日。
あーちゃんは、また自分の部屋から青い屋根をのぞいていました。
今日のおばあさんは、それはそれはうすい魚のひものをもっています。
おばさんは、それを屋根の上に並べました。
じゅー。
みりんが焦げるいいにおいがします。
ぐぐっ。
(おさかなはきらいなはずなのに……)
ぐう。
のどだけでなく、お腹もなっていまいました。
その時です!
あーちゃんの部屋に入ってきたミーコがまどから青い屋根に飛び乗りました。
そして、ひものにかぶりつきます。
「あっ、ミーコだめっ!」
そう言って、あーちゃんは口を押えました。
しゃべっちゃったーーーーー!
あーちゃんは、一瞬大好きなゆうちゃんに言われたことを思い出しました。
「あーちゃんの声、インコみたい。へんなの。」
あーちゃんは、そのあとからしゃべらなくなりました。
お父さんとお母さんは、そんなあーちゃんを心配して、夏の間だけ山のお家に引っこしてきたのです。
あーちゃんは、不安そうにおばあさんを見ました。
おばあさんも、あーちゃんを見ました。
おばあさんは、ニンマリしました。
「おじょうちゃん、こんにちは。」
あーちゃんは、何も答えられません。
「おやおや、おたくのねこは実においしそうにたべるわねぇ。おじょうちゃんもいっしょにどうだい?」
そういって、おばあさんは、ひょいとひものをつまんで、大きな口に入れ、ほっほっと息をしました。
その時のおばあさんの幸せそうな顔といったら。
あーちゃんは、いてもたってもいられなくなりました。
じゅーじゅーじゅーじゅー。
ひものはますますこうばしいよいかおりをただよわせています。
(このままじゃ、ミーコに全部とられちゃう)
「私も行っていい?」
「もちろんさ。げんかんのかぎはあいているよ」
あーちゃんは、部屋を飛び出し、かいだんをおりました。
その勢いにおどろいたお母さんが、台所で言いました。
「あーちゃん、どうしたの?どこいくの?」
「となりのおばあさんのところへ行ってくるね! それと、お昼はお魚にする!! 」
お母さんは、みそ汁のふたをひっくり返しました。
「あーちゃんが、しゃべった!!」
外に出ると、おばあさんが屋根の上から手招きしています。
あーちゃんは、ドキドキワクワクして、青い屋根の家のげんかんをあけました。
白い壁に手をついてくつをぬぐと、グレーの木のかいだんを一気にかけ上がっていきます。
「こっちだよ」
ドアが開いてある二階の部屋から声がして、まどのそばへ行くと……。
きらきらしたたくさんの青。
「うわぁ!海みたい!」
「おじょうちゃん。ようこそ。さぁ、青い屋根の上、いいや海の上でひものパーティをしようじゃないか」
あーちゃんは元気よく「はい!」と返事をしました。
「あっっい」
ほっほっほっしながら口に入れた、ちょっぴりこげたひもののあじはお母さんのシチューと同じくらいだいすきになりました。
それから、あーちゃんとおばあさんは大のなかよしになって、よく青い屋根の上で目玉焼きをいっしょに焼いています。
ガスコンロが壊れて、考えあぐねて屋根の上でお料理していたら、いつの間にかおばあさんも楽しくなってしまったのですって。
『おもしろいおばあさんでしょう。あーちゃんも、おしゃべりあーちゃんになりました。』
と、あーちゃんのお母さんが嬉しそうに話してくれました。
そして、ゆうちゃんから手紙がきたことも教えてくれたのです。
「あーちゃん。いつかえってくるの?また、いっしょに遊ぼう。ぼく、さみしくてインコをかったんだ。」
あーちゃんは、ゆうちゃんを青い屋根の上にしょうたいするつもりです。
「ねぇ、おばあさん。今度ダチョウのタマゴで、目玉焼き作ろうよ。ゆうちゃんに見せたいの。」
「そうだねぇ。そうしよう。」
このぴかぴかに光った青い屋根は、もうしばらく二人の、いいえきっと三人のとっておきの場所となりそうです。
おわり
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