第三部 三年後の再会
あれから三年が経った。
大学を卒業し、莉菜は地元の出版社で編集の仕事をしている。
日々の忙しさに追われ、恋愛も仕事も、失敗や戸惑いの連続だった。
そんなある梅雨明けの午後、治樹は街中の小さな書店に立ち寄った。
彼は今、設計事務所のアシスタントとして働き、週に数日だけのゆったりした生活を送っている。
ふと目を上げると、店の隅で一冊の文庫本を手にした女性がいた。
長い黒髪を無造作に束ね、白いシャツにジーンズ。
彼女の姿は、あの頃と変わらず、どこか落ち着いた空気をまとっていた。
「……莉菜?」
彼女が顔を上げ、ほんの一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。
「治樹さん……」
声は以前より少しだけ大人びていて、しかし懐かしい響きを帯びていた。
「久しぶりだね。三年……くらいかな?」
「そうですね。卒業してからだから、そんな感じかも」
「忙しかった?」
「ええ。編集の仕事は厳しいけど楽しいです。恋もいくつか経験して、ようやく自分が何を欲してるのか少しわかってきました」
「俺も似たようなものだよ。歳はとっても、心はまだ彷徨ってる」
莉菜はカバンから、以前の映画の半券を取り出した。
「覚えてますか?」
「ああ、あれは君が渡してくれたんだね」
「結局、一人で観に行きました。席の隣は空いてたけど……」
「その席、まだ空いてる」
「今度は一緒に座りたいな」
治樹は微笑み、静かに頷いた。
「午後四時、カフェ・ローリエで待ってるよ」
莉菜の頬に、淡い赤みが差した。
その日の夕暮れは、いつになく優しかった。