謎の家
気になっている、しおりに書かれた住所らしきものの話になった。
そしたら「一緒に行ってみよう」とデートを兼ねて散歩することになった。
くだらない話が好きだとミツユキ君は言った。
それなら得意よ、と、言うと笑ってくれた。
とっつきにくいひとなのかと思ったら、
そんな印象を残してしまうのを気にしているらしい。
変わりたいのか、周りに変わって欲しいのか分からない時がある話をしたり。
きょうだいがいて、両親もいて、普通っぽい家同士だと言ってみたり。
通り過ぎた猫を見て、見かけたらある程度追いかけたくなる話をしたり。
そうしている間に、目的の場所についた。
静かな居住区に、庭付きの古い一軒家だ。
庭が正面にある客に見せるタイプの敷地だが、頑丈な柵がある。
そこには色んな種類の植物が生えているようだ。
家屋の中から、ハープと綺麗な歌声が聞こえる。
◇聞こえた歌の歌詞メモ◇
どこまでも広がりそうな空に
木陰は優しく木漏れ日を奏でる
ドクダミにタイムにカモミール
お茶の時間に遅刻はするな
ここは魔女の薬草園
香りも油もあなたを癒やす愛の庭
シュアザローナを召し上がれ
何度も娘や孫のふりをして
会いに行くのはもう疲れ
あなたを想ってガラを摘む
この場所であなたを待っている
変わらぬ姿で待っている
痛みは切なく響くけど
いつかまた会えると
歌を紡いで言の葉を織ってるよ
美しく切ない歌に聞き入っていると、
ミツユキ君が「すいませーん」と声を透した。
するとハープの奏でと歌声は途切れて
木製の玄関から天然癖毛の長い髪の美女が出てきた。
ブラウスにロングスカート、ぺたんこ靴。
思わずため息が出そうな良い匂いのする美女。
もしかしたら大人びてみえる少女かもしれない。
少し気位が高そうな印象。
彼女は可憐な声で「いかがなされたの?」と聞いてくれた。
しおりの話をすると不思議がられた。
カバンの中から「ノットタイトル」ごと取り出して示す。
彼女は本としおりを受け取り、確認を取った。
「たしかにここの住所だわ。筆跡に身に覚えもない」
「わざとじゃありません」
彼女は苦笑した。
「劣化の仕方から、少し古いメモであることは分かってるから大丈夫よ」
「あ、はい」
彼女はしおりを挟み直して本を閉じて、私に返した。
カバンに片付ける時に、ミツユキ君が「あっ」と大きめの声を上げた。
「なに?」
「もしかしてそれ、ノットタイトルっ?」
「え、貸してあげてもいいよ」
「本当に?嬉しいっ」
「あなたたちは、ごきょうだい?」
「「え」」
「ああ、可愛い恋人さんたちなのね。私もその本、持ってた頃だいぶ読み込んだ」
「「本当に?」」
「え、ええ・・・」
私「どんな場面が好きですかっ?」
「時間があるならお茶でも出そうかしら」
ミツユキ君「話、したいっ」
とにかく本の話や飼ってた犬が靴下の上に眠っていた話なんかをした。
始終、くだらない話だったかと思うけど、楽しかった。
謎の家の家主は彼女で、彼女は名前を「マチルダ」と言うらしい。
美味しい紅茶と手製のクッキーを出してもらった。
さっき歌っていたのは「木漏れ日の約束」と言う曲らしい。
「楽しい話は久しぶりだわ。もしよかったらまたいらして?今度はもっとましなおもてなしを用意するから」
次の休日にまたミツユキ君と会に行くことを約束して、この日は帰宅した。




