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召喚された怨霊(みたいな)聖女、シロクマ(みたいな)王子の手を取る。  作者: 卯崎瑛珠


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2/2

後編

 

 魔術師たちの証言で、一部からは聖女として認定されたものの、王宮中枢部にはまだ疑う声がある。

 

 むしろスタンピード――魔獣がたくさん出現すること――なんて、聖女じゃなくて魔女では⁉︎ という声まであった。別になんでもいい。

 私はせめてもの抵抗とばかりに、周囲に必殺サダコスマイルをお見舞いしている。ニタア。こうなったら本当に呪う勢いだ。だいたい、よく知りもしないくせに悪口言うって、どういう気持ちなのだろうか。全く理解ができないので、近づけたくないという防衛だ。最近は、もっと気味悪く笑うにはどうしたらいいかな、なんて考えている。


 一方、英雄扱いになったのはグンターさんだ。それもそうだろう、たった一人で魔獣たちを倒しただなんて、凄すぎる。しかも死者ゼロ。どうやら国を超えて、その名声は響き渡っているらしい。

 それだけでもよかった、と思っている。

 

 いつも通り、夜が明けたばかりの薄暗い神殿の廊下を、二人並んで歩く。清浄な空気を肺に吸い込むと、本当に自分が聖職者になった気分だ。


「グンターさん、すっかり英雄ですね」

「……ミサキ殿のおかげだ」

「私、後ろで祈ってただけですが」

「そのおかげで、不思議な力が湧き上がってきたんだ」


 夢中で神様に加護をお願いしたけど、聞いてくれたんだ。ちゃんとお礼を言おう。


「グンターさんは、この国になくてはならない人だから。必死でした。へっへっへ」


 ヤバい。気色悪い笑いをしてしまったと見上げると、グンターさんは暗がりでも分かるぐらい、真っ赤になっている。


「暑いですか?」

「いや……あー、それより、報酬は決まったか?」

「なーんにも思いつきませんねー」

「決まらないと、帰れないぞ」

「帰りたくないですし」


 ピタリ、とグンターさんの足が止まる。目の前に祈りの間の扉があるから、開けてくれるのを待ったけれど、一向に動かない。


「本当か」

「本当、て?」

「帰りたくない、というのは、本心か」

「本心です。毎日祈るのも、グンターさんと話すのも、楽しいですから」

「っ」


 ますますグンターさんの顔が赤くなる。汗までかいている。体調でも悪いのだろうか。


「グンターさん?」

「ゴホン。またいつも通り、終わる頃迎えに来る」

「はあ」

 

 今までで一番、重たそうに扉を開けている様子に、私は戸惑うしかない。


『ふふふ〜いいもの見られたな〜』


 祈り始めると、開口一番、神様にからかわれるってこれ、どういう聖女なんだ。


「いいものてなんです?」

『秘密ぅ〜』

「神様って、意地悪なんですね」

『ええ⁉︎ あんなに祈りに応えて、助けてあげたのにぃ』

「目ぇ瞑ってたんで。全然わからなかったですけど。ありがとうございました」

『嘘ーーーっ』


 たとえ怨霊だ偽物だと悪口や陰口を言われても平気なのはきっと、グンターさんと神様のおかげだ。

 私には味方がいる、ってとっても心強い。それだけで満足しているぐらい。そうか、私の欲しいものって、心の拠り所だったのか。んじゃあ帰っちゃったら……無くなっちゃう、と気づいてしまった。


『そんな寂しい顔しないで。大丈夫だよ、きっと』

「神様?」

『それより、本当に呪えるように、力を授けようか?』

「いやそんな、物騒すぎるので」


 咄嗟に断ったけど、やっぱりもらっといた方が良いかな? なんて思ってしまった。

 

『ま、欲しくなったら言って。んじゃ今日はここまで、また明日〜!』


 相変わらず、軽い神様。でも、好き。


『ありがとう、わたしもだよ』

「だから、心を読まないでって」

『しまった! ごめーん!』

「ふふ」


 祈りを終えた私は、いつもと違ったらしい。迎えに来たグンターさんが、訝しげな顔をしている。


「ミサキ殿。何か良いことでも言われたのだろうか」

「ああえーっと神様に好きって言ったら、わたしもって」

「……そうか」


 グンターさんはなぜかむすりとして、のしのし大股で歩き始める。

 神様に失礼なことを言ってしまった、と気づいて、慌てて謝ろうとしたけれど、歩くのが早すぎて追いつくので精一杯。そういえばクマって、走るの早いんだよね、と無駄な記憶を思い返す。

 聖騎士がご機嫌斜めなのは、珍しい。いつもすれ違いざま嫌味を言う騎士やメイドたち、顔を真っ青にしている。

 

 そうよね、いつも温厚なクマさんは可愛いけれど、怒ったら怖いのよ。みんな、今頃気づいた? 私もだよー、えーん。

 

 お決まりのディナーでもグンターさんは終始無言。最初はいつも通りチクチク嫌味を繰り返していた王族の皆さん、グンターさんがギロリと睨んだらすぐに黙って、まるでお通夜みたいだった。

 

 私に何事か? みたいな感じで顔を向けてきたから、とびっきりのサダコスマイルをお見舞いしてみた。

 

 そしたらその次の日から、お祈り後ディナーは無くなった。結果良かったね?


   ◇


 九十日かかって、ようやく浄化は終わったようだ。魔術師さんたちが、王国内のそれぞれの場所を確認して、そう結論づけた。


 百年前の三倍かかったということで、なかなか大変だったけれど、陽気でおしゃべりな神様のおかげで楽しかった。他の国のことや、魔法のことなど、たくさんのことを教えてもらえた。


 そしてその夜は、盛大な夜会が執り行われた。

 私は出たくなかったけれど、国を挙げてのお祝いだと言われたら、致し方ない。ドレスは嫌だ! と必死で拒絶をして、聖女の白ローブ姿で許してもらえ、ホッとする。

 グンターさんは、鎧でなくて白い騎士服に、水色の布を斜めに掛けている。サッシュというらしいその布は『レガリア』といって、王族であるという意味があるのだとか。鎧がなくても、胸板が鎧みたい。


「グンターさん、すごい筋肉ですね」

「大事なものを守るため、鍛えているんだが……その手は一体」


 胸筋の誘惑に負けて、思わず両手の指を目一杯開いて、空中を何度も掴むポーズをしてしまった。触りたい欲望が溢れすぎている。我慢しろ私。


「えーっと気合いを入れています」

「ははは。そうか。何か言われても、気にしなくて良い」

「はい」


 音楽に合わせてくるくる回る人々や、煌びやかな衣装の人々が眩しすぎた私は、ローブのフードを深く被ることにする。収まりきらない長い黒髪が、脇からぼさーっと垂れているから、多分ものすごく怪しい人物になっているけど、許して欲しい。


「あれが、聖女とは」

「怨霊聖女という通り名も、頷ける」


 貴族たちは噂話がお好き、というのは事実なんだなとぼうっとしていたら、横に立っているグンターさんの体温が上がった。


「グンターさん?」

「ミサキ殿に国を救われたというのに、愚弄するとは」

「いいんですよ。こんな見た目ですし。パーっと後光とか派手に光ったら良いんでしょうけど。似合いませんし」

「そんなことはない。ミサキ殿は、立派な聖女だ。祈りの姿は、本当に美しくて神々しい」

 

 ううううう美し⁉︎


「俺は聖騎士で良かったと、心から思っている」

「わあ。嬉しいですねー」


 恥ずかしい。恥ずかしいったら、恥ずかしい。

 もだもだモジモジ怪しい動きをしていたら、グンターさんが気を遣ってくれた。

 

「ミサキ殿。もう出ようか」

「え、いいんですか!」


 パッと顔を上げたら、くすくす笑うシロクマさんがいる。大きいのに、可愛い。

 

「はは。いいだろう。どうせ俺たちの存在なんか、お構いなしだ。裏の庭園に、素晴らしいバラが咲いているんだが、見に行かないか? 温かいお茶と、甘い焼き菓子を用意させよう」

「行きます、行きます」


 二つ返事で歩き出すと、前に王女が立ち塞がった。背後にタキシード姿の男性を二、三人従えているが、見知らぬ顔ばかりだ。全員揃って顎を上げた傲慢な姿勢なのは、デフォなのだろうか。

 

「あなた。もう任務は終わったのだから、さっさと元の世界に帰りなさいね。目障りだから」


 ――開口一番、すごいこと言うなぁ、と怒るより先に感心してしまった。


 ぽかんと口を開けている私に、王女はキャンキャン吠えかかる。


「全く、気味が悪いったら! 本当に呪っていたんじゃないでしょうね⁉︎」

「(会う度に笑いかけたり、後ろを静かについてったりしていただけで)呪っていませんよ」

「わたくしは、この国の王女なのよ! もし何かしていたら、絶対に許さないんだから」

「……していません」


 聖女が帰る前に、スッキリしたかったんだろう。

 でも怖いなら、何もしなきゃいいのに。自尊心が高くて、権威をアピールしたい女性を今までもたくさん見てきたけれど、万人共通なんだな。なんてのんびり思っていたら。


「いい加減にしろ!」


 グンターさんの怒声が、ホール全体に響き渡った。ダンスや歓談に興じていた皆が、しんとなる。


「澱みを浄化してくださった聖女様に、その態度。天罰が下るぞ!」

「お兄様は、騙されているんですわ。記録と違ってこんなに長い時間かかるなんて。澱みは聖女の祈りでなく、自然に無くなったのではなくって?」

「なんということを!」


 ふん、と王女は鼻を鳴らして、上座にいる国王を振り返る。


「陛下もそう思ってらしてよ」

「……なんだと」


 うーん。やっぱり後光背負っておくべきだったかぁ……こんな地味なやつが祈ってただけだもんねぇ。


 客観的に見て、そう思われても仕方ないな、なんて私は思っていたけれど、グンターさんは違った。

 周囲の空気がビリビリ震えるほど、怒っている。


「何も求めず、九十日もの間、何の(ゆかり)もない我々のために祈ってくださったのだぞ」

「祈っただけでしょ。誰でもできるわ」


 うん、できますねえ。

 

「神と心を繋げ、聖騎士の加護を強めるなどということが、誰にでもできると。そう、言うのか」


 あ、できない、かも……?


「そんなの、迷信。お兄様の気のせいよ」

「今の発言は、神への冒涜だ」

「見たことないし、恩恵を感じたこともないものを、どう信じろというの?」


 現代っ子だなあ、王女様。でもさすがにその発言は、よろしくない。

 この世界で聖女になってみて、私なりにわかったことがある。


 さらに叫びそうになったグンターさんを手で制してから、私は一歩前に進み出た。

 王女の銀髪と濃い青の瞳は、グンターさんと同じ色だけど、全く違って、くすんで見える。


「信じるも、信じないも。人の心の有り様ですから、強制できるものではありません。けれど、はるか昔から神様はこの国を見守ってきました。信仰、という言葉では大袈裟かもしれませんが――要は、信条と習慣なんです。同じ国に住む人々を、結びつけるもの。それを否定したら、人々はバラバラになる。私は、そう思います」

「はあ?」

「同じ神様を尊び、感謝し、慈しむ。それだけで、人と人は、思い合える。それをこの国は、失ったんです。空気も澱むはずです」

 

 私は、グンターさんを振り返った。


「聖女として、百年の澱みは浄化しました。けれども、これから生まれる澱みについて、私は清める術を持ちません。もうここに、尊ぶべきものはないから」


 音の消えたホールには、次第に(さざなみ)のように人々の不安が生まれて、広がっていく。 


「聖女様の言うとおりだ。そして俺は、これをもって――この国との縁を切らせていただく」


 グンターさんが床に片膝をついて真摯に国王を見上げる姿は、迫力がある。

 驚きで目を見開く国王も王妃も、口をぽかんと開けたまま声が出ない。


「幼い頃虚弱だった私は、神によって生かされた。この身を捧げ、崇拝しているのは、そのためだけではない。普段から、慈悲を感じているからだ。聖騎士という地位を与えてくださったことには、感謝している。だが、聖女様を愚弄する言動には、ほとほと嫌気が差していた。信仰のない国で聖騎士などと、滑稽でしかない。ゆえにこれにて、出奔させていただく。では」


 一方的に言いたいだけ言ったグンターさんは、無言で立ち上がると、許可も取らず私の手を取ってさっさと歩き出す。


「え、ちょ」


 あかん! やりすぎてもーたかっ!

 

 戸惑いつつもおとなしく従う私に、グンターさんは歩きながら一言、

「……嫌か?」

 と聞いた。

 

「嫌じゃないです。ちゃんと説明して欲しいだけで」

「引き留められたら面倒だ。馬車の中で話す」


 私は返事の代わりに、ほとんど走るようにして、グンターさんについていった。ローブにぺたんこ靴で正解だった。コルセットにヒール靴だったら絶対追いつけなかっただろう。シロクマ、のしのし。とにかく速い。速すぎる。やばい、足がもつれる。


「あっ」

「ミサキ!」


 前に倒れかかった私を、がっしりとした腕が抱き留めた。二の腕、胸筋。ご馳走様です。


「……すまない、焦ったばかりに」

「いえいえ」


 姿勢を戻して歩き直そうとしたら、グンターさんはニヤリと笑って、私の体を持ち上げた。


「ぎゃぴ!」


 変な悲鳴が出たのは許していただきたい。

 横抱きにされて、運ばれるだなんて。これはかの有名な、お姫様抱っこというやつではないか。私の人生にそんなことが起こると、一体誰が予想できただろうか。お察しの通り、これでもかと動揺している。挙動不審である。完全に、『怨霊を退治する聖騎士』だろう。警備の人、ごめんなさい。

 

「ははは――軽い。ちゃんと食べているのか?」

「食べてますっ。あ、でも、さっき言ってた甘いお菓子、食べたかったです」

「そうか。あとでたくさん食べよう」


 優しく目尻が下がる、濃い青の目を、至近距離で見つめたのは初めてのことだった。

 グンターさんがずっと前を向いているのを良いことに、遠慮なく顔を見る。まつ毛も、銀色。鼻が高い。なんか良い匂いがする。胸筋、柔らかくて温かい。安心する。


「あれに、乗るぞ」

 

 横抱きのまま、外に停められていた馬車に乗せられた。キャビンはとても大きく、前には馬が四頭繋がれている。中の座面はふかふかだし良い匂いがするし、カーテンは綺麗だしで、お姫様みたい! とテンションが上がった。私にも、若干の乙女心はあったらしい。


 車輪がガタガタと音を立てて馬車が揺れ出した頃、ようやくグンターさんは口を開いた。


「はあ。疲れたな」

「運ばせちゃって、すみませんでした」

「いや、ミサキ殿は軽かった。心労の方がな……とにかく強引に連れ去って、すまなかった」

「いえいえ。というか、用意周到すぎますね⁉︎ もしかして最初からそのつもり……?」

 

 グンターさんの太い眉毛が盛大に眉間に谷間を作っていて、私はまじまじと見つめてしまった。


「……ずっと、ミサキ殿に謝りたかった」

「謝るって、グンターさんからは別に悪いこととかされていませんが」

「いや。勝手に召喚しておいて、いつまでも勝手なことばかり……到底許せない」


 言われて初めて、グンターさんは私のためにずっと怒ってくれていたのだ、と気づいた。

 誰かが私を思って、怒ってくれるだなんて。そんな幸せなことがあるのか。

 

「……俺は、聖女を軽んじるような場所には、もういたくない。だが俺は王子だ。どうしたら良いか必死で考えていたんだが。ミサキ殿が元の世界に帰りたくないならば、国を出て俺と一緒に暮らしていけばいいと思いついた」


 たとえ貴族に無縁でも、王子が国を出るということがどういうことか。私なりに、分かるつもりだ。

 どうしよう、大変なことになっちゃった、とモゴモゴしているうちに、グンターさんは話を進めていく。


「先日南の森で会ったルッツを覚えているだろうか。彼に手紙で相談してみたら、すぐに来いと言ってもらえた。しかも聖女と一緒ならば、新たに神殿騎士団を作ると」


 話が、早すぎ・うますぎやしないかい。そう思ったぐらい、順調すぎる。

 

「えーっとこういうのって、実際は罠だったりしないですか」

「ルッツのことは、よく知っているつもりだ。俺と聖女に価値があると踏んだなら、罠より懐柔する方を選ぶ男だ」


 自信が、グンターさんから満ち溢れている。今までは周囲に気を遣って、身を縮こめていたのかもしれない。


「もしもミサキ殿が、今から行く国を気に入らなかったら、また他の国を探せばいい」

「ほわー⁉︎ 基準、私なんです⁉︎」

「もちろんだ。ミサキ殿が良いと思う場所で、一緒に暮らそう」

 

 向かいの席で真摯に語るグンターさんの目が、真っ直ぐに私を見つめている。


「これでも王子で聖騎士だったからな。財産は人より多いつもりだし、持てるだけ持ってきた。しばらく不自由はさせないし、何かやりたいことがあるなら、それをやるのもいい。商売でも、なんでも」


 私の知っているグンターさんは、遠慮がちで、慎重で、自分の考えを口にすることがほとんどなかった。

 きっと今私の目の前にいるグンターさんが、本当の姿なのだ。真っ直ぐで、信念があって、猪突猛進。


「あーのー、そーですね。とりあえず、元の世界に帰らないってことは確実ですし。えーっと、これからのことは、ゆっくり考えてもいいですか」

「もちろんだ」 


 ニコニコと満足げに笑ったグンターさんは、ようやく全身から力を抜いた。


 ――辿り着いた皇国でも大量発生した魔獣の数々を、私の祈りつき聖騎士は薙ぎ倒しまくった。ルッツからは直々に英雄の称号をもらい、グンターさんは名実ともに皇国に住む権利をもらえた。すごいね。

 

 ちなみに、王国からは「戻ってこい!」としつこく手紙や使者が来たので、致し方なく一度だけ戻って、王の間でサダコスマイル・スペシャルバージョンを披露した。フューチャリング神様で、黒い光をゾワゾワと発する魔法効果つき。後光じゃなくってごめんね、ごめんねーっ。


「これ以上しつこくしたら、本当に呪いますよ」


 怨霊聖女宣言にはものすごい効果があって、二度と呼ばれなくなった。乙女的には、複雑だけど。


 実際神様、私たちについてきちゃった。ルッツに言ったら、ポンと神殿を建ててくれちゃって。さすが皇子様。

 

 おかげさまで、石膏像にお祈りする日課は、短い時間にはなったけれど、欠かしていない。

 そうしたら、南にあるせいか、雨が多くて水害に悩まされていた皇国に、晴れの日が増えてきた!

 みんな、すごく喜んでくれている。今では、私に会いたいってたくさんの人たちが神殿を訪れてくれている。根暗な私は、黙ってお話聞いて、頷いているだけだけど、みんなが笑顔なのがとっても嬉しい。


 農作物も、すくすく育つようになって、お布施だって言って季節の野菜や果物を持ってきてくれる。元々自炊していたから、それらを料理して振る舞ったら、また喜んでくれて。

 

 和気藹々と暮らしているのが、嘘みたい。時々ルッツもふらりと神殿にやってくる。


「ミサキのご飯が食べたい!」

「ルッツ、また来たの? 皇子って暇なんだね」

「暇じゃないよ。ミサキのご飯が美味しいんだよ!」

 

 そうやって、お腹いっぱい食べていく。皇子だっていうこと時々忘れちゃうぐらい、相変わらず気安い。

 

 逆に、神様がいなくなった王国は、衰退の一途を辿っているらしい。


 グンターさんは、母国のことはすっかり吹っ切れたようで、神殿騎士団長としての任務を生き生きとこなしている。部下を鍛えて訓練したり、忙しそう。

 しばらくして、なぜか豪華なタウンハウスを建て始めたグンターさんは、神様に何度も何かのお伺いを立てているのだけれど、私には内容を教えてくれない。


 なんだろう? 何もないといいけどな、と気にしつつ、ある日いつも通り神様に祈ったら。

 

『ねえミサキ。グンターのお願いを許すために、いっぱい試練を与えたんだけどさあ。全部クリアしたから、もういいよって、グンターに伝えておいてくれる?』

「……はあ」

 

 祈りを終えて部屋に戻る前に、グンターさんの部屋を訪れた私は、そのまま神様の言葉を伝えた。すると――

 

「うおおおおおっ!!」


 シロクマが、吠えた。


 あまりの声量に驚いて絶句した私に気づいて、グンターさんは慌てて謝り始めた。


「すまない! あまりにも嬉しくて……いつミサキ殿がルッツに攫われてしまうか、ハラハラしてしていたから、余計に」


 グンターさんは不安げな顔で私の目の前に跪くと、恐る恐る大きな手を差し出した。いつも私を支えてくれている、頼り甲斐のある温かな手が、少し震えている。


「ミサキ殿。真面目で心優しくて思いやりのある、俺だけの聖女。一生側にいたい。守りたい」

 

 私のために、国を捨てて。神様の試練をクリアして。豪華な家まで建てて。だいぶ重い。重いぞグンターさん。現代女性なら、ドン引きレベルだ。

 でも、嬉しい。嬉しくて、たまらない。シロクマみたいに大きくて可愛いこの人と、これからもずっと一緒にいられるんだ。


「愛している。俺と、結婚してくれないか」

 

 根暗な私は、良い返事の仕方が分からなくて。

 


 ただ無言で――その手を取った。



お読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
>逆に、神様がいなくなった王国は、衰退の一途を辿っているらしい。 そこを詳しく!と思う私にこそ浄化が必要なのでしょう。 瘴気まみれなわたくしに清涼感抜群なお話、中々に効きました。
淡々と冷静に、異世界と『聖女』の立場を受け入れるヒロイン……新しい! でもソファの座面をサワサワする仕草や、シロクマみたいで優しいヒーローと、心を通わせて行くシーンにホッコリしながら、楽しく読ませて頂…
軽快で引っ掛かりのない、綺麗な文章で凄いなーと思っちゃいました! 聖騎士って、こういう人物のことを指すのだと思います☆ グンターさん、相手の内面を見る目が素晴らしい〜!!! やはり、シロクマさんなだ…
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