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009 異世界ピューマ

 急降下するピューマ。

 その牙が生徒を襲う――ことはなかった。

 直前のところで、俺の放った矢が命中したのだ。


「ガルァ……!」


 首を射抜かれ、ピューマは即死だった。

 口を開けたまま地面に転がる。


「ふぅ」


 安堵の息を吐く。


「伊吹! 伊吹じゃないか!」


「お前が俺たちを助けてくれたのか!」


「ありがとう! 伊吹君! 助かったわ!」


 狙われていたグループが俺に気づいた。


「伊吹先輩、すごい腕前です! 私なら人に当てないか怖くて何もできなかったと思います!」


 目を輝かせる真帆。


「ま、まぁな?」


 俺は「ハハハ」と苦笑いを浮かべる。

 正直、俺も矢を放ったあとに不安を抱いていた。

 ピューマではなく人を射抜いたらどうしよう、と。

 ただ反射的に体が動いただけのことだ。


「それにしてもヤベーなここ!」


「ああ、そうだな! こんな奴がいるとか聞いてねぇよ!」


 生徒たちは改めて礼を言ったあと、そそくさと城に逃げ帰った。

 周囲にいた別のグループにも声を掛けて一斉に引き上げていく。


 俺と真帆はピューマの前まで移動。

 生きていたらトドメを刺す予定だったが、無事に死んでいた。

 白目を剥いて舌を出している。


「やっぱりこいつも地球のピューマとは少し違うな」


「そうなんですか?」


「えらく体がふっくらしているし、尻尾が妙に短い」


「言われてみればたしかに……」


 俺はピューマの首根っこを掴んで持ち上げた。

 見た目通り、そこらのネコとは比較にならない重さだ。


「俺たちも城に戻ろう。果物は十分に収穫したし、コイツを食いたい」


「え、食べられるのですか? ピューマの肉って」


「食べたことはないが大丈夫だろう。肉は肉だ。味は期待できないけど」


 こうして、俺と真帆も城に向かうのだった。


 ◇


 昼過ぎということもあり、城の食堂には多くの生徒がいた。


「マジでチーターじゃん!」


「違うってピューマよ!」


「どっちにしてもすげー! そんなのが森にいるのかよ!」


 当然ながらピューマは皆の目を引いた。


「いやー、でもすごかったぜ! 伊吹の奴! やられる……と思ったらいきなり矢が飛んできてさ! ピューマの首を横からズドンッて射抜いたんだよ!」


 俺の助けた男子が大興奮で捲し立てている。

 話は彼に任せて、俺と真帆は奥にある厨房へ向かった。


「しばらくこの状態で放置だな」


 籠を作業台に置くと、まずはピューマの血抜きを行った。

 首元に包丁を入れて動脈を切り、大量の血液をシンクに流していく。


「伊吹先輩、ふと気になったのですが、血抜きってどうしてするのですか?」


「肉から血の臭いを取り除くため。要するに味の向上が目的さ」


「なるほどです!」


 真帆以外にも、多くの女子が「へぇ!」と続く。

 女性陣は好奇心に満ちた目でピューマの解体ショーを眺めていた。

 ただ、俺と接点がないからか話しかけてはこない。


「血抜きはこれでいいだろう。次は皮を剥ぐ」


 念のため、ギャラリーの女性陣に「グロくなるよ」と警告。

 何人かは離脱したが、大半が動じずに残っていた。


「伊吹君、よかったら工程を説明しながら作業してもらえない?」


 知らない女子が言った。

 顔に見覚えがあるので三年だろう。


「分かった。えーっと、まずは首を切断するね」


 包丁と石斧を使ってピューマの首を落とす。

 石斧は骨を折るのに使った。


「「「ヴォエー!」」」


 この時点で大半の女子が離脱した。

 ピューマはネコ科の中でも特にネコに似た顔をしている。

 猫を飼っている人からすると耐えられない光景だろう。

 マグロの解体ショーとはワケが違う。


「次に首から背中にかけて切れ込みを入れていくよ」


 一定のリズムで作業を進める。

 真帆は邪魔にならない距離を保ちつつ真剣な顔で見ていた。


「切れ込みを掴んで皮を()ぐけど、この作業はわりと力任せなところがあって、場合によっては皮と筋肉の間に包丁を入れて……って、あれ?」


 話しながら作業をしていると予想外の事態が起きた。

 言葉とは裏腹に、皮がペラペラと容易く剥けてしまったのだ。


「すごい手際です! 伊吹先輩!」


 真帆を筆頭に女子たちが歓声を上げる。


「いや、これは俺の実力というよりコイツの体の構造によるものだ」


 などと言いつつ、俺は「へへへ」と照れ笑いを浮かべた。


「とにかくこれで皮を剥き終えた!」


 鮮やかな赤い筋肉が露わになった。

 牛肉のサシを彷彿とさせる細い脂肪が全体に入っている。

 おそらく地球のピューマとは異なる肉質だ。


「次は部位ごとに切り分けていくよ」


 まずはざっくり前肢、後ろ肢、胴体の三つに分ける。


 前肢は筋肉質で赤身が多く、脂肪が少なくてターキーレッグのようだ。

 おそらく地球のピューマに最も近い部位になる。


 一方、後ろ肢は前肢よりも脂肪の比率が高かった。

 大腿部の厚みが凄まじく、なんとも食べ応えがありそうだ。


 しかし、なんといってもメインは胴体。

 背中の肉は全体的に柔らかく、脂の乗り方も高価な和牛と似ている。


「牛ならここが肩ロースで、ここがリブ。で、ここがサーロインだよ」


 説明しながら切り分けていく。

 可食部が少ないため、食堂の者たちとはシェアできそうにない。

 この場にいる10人足らずのメンバーで食べることにした。


「あとは適当に切って焼くだけなんだが――」


 俺は肋骨に目を向ける。

 しっかりと内臓を覆っていた。


「――少し怖いが内臓にもチャレンジしてみるか」


 ということで肋骨を開いた。

 肝臓と心臓を摘出し、「おお!」と一人で感動する。


「どちらもウルトラビッグサイズだ」


 肝臓は光沢があってブヨブヨしている。

 さながらフォアグラのようだ。


 心臓も色合いが良くて表面に脂が乗っている。

 こちらは胴体と同じく和牛に似ていた。


「ちょっと毒見をしてみるよ」


 肝臓を薄くスライスし、コンロの火で軽く炙る。

 それから思い切って食べてみた。


「うんま! なんだこれ!」


 口に入れた瞬間に溶けた。

 経験したことのないクリーミーな味が口内に広がる。

 毒があるかは分からないが、あったとしても後悔しない味だ。


「伊吹先輩、私も食べたいです!」


 真帆が言うと、他の女子たちが「私も!」と続く。


「皆で食べよう! ただし自己責任でな!」


 俺たちはピューマの肉を堪能した。

 どの部位も臭みがなくて食べやすい。


 味は見た目通り高価な和牛に似ている。

 和牛と比較した場合、脂が甘くて濃厚な感じがした。

 少量でも満足度が高い。


「柚子と合わせたらさっぱりしていい感じですよ!」


 真帆が教えてくれた。

 絞った柚子の果汁に浸したり、柚子の皮を刻んでまぶしたりする。

 さわやかな味わいになった。


「あとは塩があれば味を引き締められて最高なのになぁ」


「でもここだと塩の調達は難しいですよね。海水がないので……」


 そう言って後ろ肢にかぶりつく真帆。

 肉汁が豪快に飛んで顔にかかり、周りの女子が笑う。

 本人は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。


「海水に頼らずとも塩を抽出する方法だってあるよ」


「そうなんですか!?」


 俺は頷いた。


「塩は必須だし、近い内に作れるか試してみよう」


 その後も真帆や他の女子たちと話し、楽しく過ごした。


 ◇


 夜になると、昨日に引き続いて集会が開かれた。

 今日あったイベントを皆で報告し、これからの行動を考える。

 早川がリーダーシップを発揮しているおかげで快適に進んだ。


 集会の結果は昨日と大差ない。

 基本は現状維持だが、「森に入るなら武器を持とう」という話になった。


 武器には槍が選ばれた。

 作り方が非常に簡単で、且つ、誰にでも手軽に扱えるからだ。

 ちなみに、作り方は適当な枝をカットして先端を火で炙るだけである。

 皆は弓矢を望んだが、俺が槍を提案した。


 集会のあと、俺は一人で城の外にいた。

 試したいことがあったため適当な民家に向かう。


「あったあった」


 目を付けたのはランタンだ。

 一見すると只のオイルランタンだが、よく見ると違う。

 オイルの投入口が異世界特有の窪みになっていたのだ。


「俺の予想が正しければ――」


 窪みに魔法石を嵌め込む。

 それからオイルランタンと同じ要領で動かすと。


「――やっぱり!」


 ポッと火がついた。


(よし、ランタンが使えることは確認できた)


 好奇心が満たせたので、俺は城に戻って休むことにした。

 だが、ランタンから魔法石を外した時――。


「む!?」


 森のほうからカサカサと茂みの揺れる音が聞こえた。

 遠くから聞こえたし、普通の生徒なら気にしないだろう。


 しかし、無人島で生活してきた俺には分かった。

 今のは風によって木の葉が揺れた時とは違う音だと。

 つまり――。


「獣か?」


 音の方角に顔を向ける。

 すると思いも寄らぬものが見えた。


 光だ。

 何本もの木々を隔てた向こうに小さな灯火があった。

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