表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/14

008 武器の作成と牧野真帆

 声を掛けてきたのは小柄の可愛らしい女子だ。

 髪は紺色のセミロングで、黒のタイツが細い脚を尚更に細く見せている。

 大人しくて真面目そう、というのが第一印象だった。


「うん、俺が伊吹だけど……君は?」


「1年の牧野(まきの)真帆(まほ)と言います!」


 真帆は深々と頭を下げた。


「牧野さんは俺に何の用?」


「えっと、その……何かお手伝いさせていただきたいです!」


 真帆は頬を赤らめながら言った。


「いいの? ありがとう」


「こちらこそありがとうございます!」


 何故かお礼を言われる。


「ちょうど今から武器と背負い籠を作ろうと思っていたんだよ」


「すごいです!」


 真帆が俺の隣にやってくる。

 距離が近くて、「うっ」と息が詰まった。

 女子に免疫がないので、相手が下級生でも緊張する。


「製作は俺がするから、追加の樽を分解してもらっていいかな? そこにある工具箱を自由に使ってくれていいから」


「分かりました!」


 真帆に指示を出すと、俺は武器の製作を始めた。


 まずは石斧からだ。

 厚みのある石を見繕い、他の石で研磨して形を整える。

 いわゆる「磨製石器」だ。


 そうしてできた刃を、柄となる木の棒に嵌め込む。

 嵌め込むための穴は、無人島だと磨製石器で削って作る。

 だが、ここでは便利な大工道具を使った。


「ところで、どうして俺の手伝いをしてくれるの?」


 木の棒に嵌め込んだ石の刃をロープで固定していく。

 ロープの強度が低いため強めに縛っておいた。


「き、昨日、皆に筌を教える先輩の姿がかっこよくて……!」


 真帆は樽を分解しながら答えた。

 手つきが妙に慣れている。

 昨日も同じ作業をしていたのだろう。


「カッコイイ? 俺が?」


「はい! すごく頼もしかったです!」


「早川と誤解していないか?」


「いえ! 伊吹先輩です! 間違いありません!」


 真帆は前のめりになりながら言った。

 なんだか必死になっていて可愛らしい。


(俺のことを見ている人もいたんだな)


 なんだか嬉しくなった。

 密かにニヤけつつ、次は弓矢を製作する。


 まずは弓本体から。

 樽の板を加工して形を整えていく。

 握りやすくするため、中央部分は他よりも薄く削った。


 弦は近くに生えている植物で作る。

 茎を剥いて繊維を抽出し、それを()り合わせて糸にした。


「伊吹先輩はなんでも作れるんですね!」


 真帆は「すごいです!」と目を輝かせる。

 木の樽の分解は終わっていた。


「植物を使って糸や紐を作るのはサバイバルの基礎だしね」


 弓を反らせて、両端を糸で結んだら本体の完成だ。

 なかなか取り回しの良さそうなショートボウである。


「牧野さんって弓は扱える?」


「い、いえ……」


 すみません、と頭を下げる真帆。


「気にしなくていいよ。扱えるならもう一つ作ろうと思っただけだから」


 必要がないと分かったので、今度は矢の製作だ。

 シャフト部分は、これまた樽の分解で得た木材を使う。

 ただし、弓と違って長さを調整する必要があった。


「問題は矢羽根だな」


「たしかに……。普通は鳥の羽根を使うのですよね?」


「そうそう。よく知っているね、牧野さん」


「本で読みました!」


「なるほど。で、見ての通り、ここには鳥の羽根がない」


 悩んだ結果、木材で代用することにした。

 もちろん樽から得たものだ。

 限り無く薄く削ってから羽根の形に整える。


「牧野さん、糸を作ってもらえる? さっき俺が弦を作ったみたいに」


「はい! 長さや数の指定はありますか?」


「長さは牧野さんの髪くらいで、数はたくさん」


「分かりました!」


 元気のいい返事とともに真帆が動き出す。


 その間に俺は(やじり)を作る。

 これは石斧の刃と同じ要領だ。

 ただ、石斧よりも丁寧さが求められる。


 命中精度に関わってくるからだ。

 同じことがシャフトや矢羽根にも言える。

 規格化しておかなければ、矢によって飛び方が変わってしまう。


「あの、先輩、一ついいですか?」


 黙々と作業をしていると、真帆が話しかけてきた。


「どうした?」


「私のこと、『牧野さん』って呼ばないでもらえますか?」


「えっ」


「先輩には名前で……『真帆』って、呼んでもらいたいんです」


「わ、分かったよ、真帆」


 真帆は嬉しそうに「はい」と微笑んだ。

 その様子を見ていて思う。


(もしかして俺に惚れている……?)


 いや、気のせいだろう。

 女に免疫のない童貞の思い込みである。

 暴走しないよう自らを戒めておいた。


「鏃は真帆の作った糸で固定するとして、あとは矢羽根を固定するための接着剤だな」


松脂(まつやに)とかあればいいのですが……」


「そうそう。あれはいい接着剤になる……って、真帆は本当に詳しいな。それも読書で得た知識かい?」


「はい! 私、本が好きなんです!」


「なるほど」


 真帆の言う通り自然由来の接着剤としては松脂が定番だ。

 しかし、俺たちの手元に都合良く松脂は存在しなかった。


 だったらどうする?


 森に入れば松脂が得られるかもしれない。

 ――が、今は森に入ることができない状況だ。

 なにせ森に入るための準備をしている最中なのだから。


「よし、余り物で作ろう」


「余り物?」


「実はいいものがある」


「いいもの!?」


「俺たちが便宜的にアユと呼んでいる魚だ」


「え、アユから接着剤を作れるのですか?」


「松脂に比べると手間が掛かるだけどね」


 面倒だが難しくはない。

 骨や皮、鱗などを煮詰めるだけでいい。

 それによって抽出したゼラチンが接着剤の代わりになる。

 冷えるとカチコチに固まるからだ。


「そんな方法があったなんて……! 知りませんでした!」


 ――こうして、接着剤も調達できた。

 矢羽根とシャフトがくっついて矢が完成する。


「残すは背負い籠だけだな」


 これも木で作った。

 薄く削った物を編んで籠の形にしただけだ。

 形が崩れないよう、底には鉄製の大きなリングを入れている。

 かつて樽の(たが)だったものだ。


「肩紐にはお手製のロープを使って……完成だ!」


「なんだか既にやりきった感じがしますね」


「本番はこれからなんだけどな」


「あはは」


 作りたての籠を背負い、俺たちは森に入った。


 ◇


 森の中は木々が密集しておらず、日光が差し込んでいた。

 落ち葉と土からなる歩きやすい道が全体的に広がっている。

 まるで何者かの手によって間伐などの手入れがされたかのようだ。


 いや、実際に誰かの手で管理されている可能性が高い。

 土の露出している通り道がところどころ白っぽくなっているからだ。

 雑草を枯らすために塩でも撒いているのだろう。

 海に近い場所の土で見られる光景だ。


「この辺で果物を収穫しよう」


 しばらく歩いたところで足を止めた。

 周囲の木にはブドウのような房に生ったイチゴが大量にある。

 手を伸ばすと届くものから、少し登らないと採れないものまで。

 他にはパイナップルサイズの柚子もあった。


「よいしょ、よいしょ」


 丁寧に収穫作業を進める真帆。


「うおりゃー! どりゃー!」


 一方、俺はスピード重視でガンガン採る。

 時には石斧で枝ごと叩き折ることもあった。


「そんなに食べるんですか!?」


「いやいや、これは紗良や璃子、それに皆の分も含んでいる」


「伊吹先輩は優しいですね……。やっぱり素敵です」


 にっこりと微笑む真帆。


「持ちつ持たれつさ。俺だって今朝、誰かの捕ったアユを食ったわけだし」


 何本かの木々を隔てた先で、他の生徒もイチゴを収穫している。

 ただ、木の籠がないのでい少し採っただけで作業を終えていた。


「武器や籠を用意しているのって私たちだけみたいですね」


 チラリと真帆の様子を窺うと、顔を赤くして俯いていた。


「恥ずかしいか?」


「はい……。先ほどから色々な人に見られていますし……」


「気にするな。多数派が常に正しいというわけでもない」


 俺からすると他の奴等がおかしく見える。

 見知らぬ森へ入るのに武装しないなど愚の骨頂だ。

 もしも獰猛な獣と遭遇したらどうするつもりなのだろう。

 ――などと思っていると。


「真帆、やっぱり俺たちが正しかったぞ」


「え?」


「あそこにピューマがいる」


 俺は少し離れた木を指す。

 イチゴの木で、樹上にピューマが潜んでいた。

 上の方の枝に伏せて獲物を見下ろしている。

 狙っているのは男女のグループだ。


「まずいな、あいつら気づいていないぞ」


 対象のグループは呑気に立ち話をしていた。

 ある男子に至っては木に片手を突いてもたれかかっている。

 ピューマの狙いはきっとそいつだ。


「言わないと!」


 真帆は両手をメガホンに見立てて大きな声を出そうとする。

 しかし、彼女が警告するよりも先にピューマが動き出した。

 木から飛び降りたのだ。


「ガルァアアアアア!」


 牙を剥くピューマ。


「な、なんだ!?」


 グループも敵の存在に気づく。


「「「うわあああああああああああああああ!」」」


 森に悲鳴が響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ