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恋知らぬ姫と月恋う王子  作者: 津木島千尋
婚約破棄とはいかがなものか
9/25

月を追いかける(下)

「……ねえ、あなたは、何を考えてあの場で婚約を破棄すると言ったの」

「友人たちのとる行動は推測していたんだ。わたしは……婚約者とその友人たちという枠組みを外した時、あなたが何を思うのか、知りたかった」

「私?」

 それはつまり、カール以外の選択肢が出来たときに、私が誰を選ぶか知りたかったということだろうか。

 みんな横並びに並んだ時、選ぶ自由を得た私は誰を選ぶのか。誰に助けを求めるのか。

 どこへ駆けてゆくのか。

 ……誰かを選ぶなんて私はそれまで考えたこともなかったのに。


「他の方法は選べなかったの……?」

 彼は視線を手元に落としながらも頷いた。

「アヤは目的と着地点を決めたら脇目も振らず走っていける。わたしはこんなに苦しんでいるのに、あなたはいつだって大人で揺るがない。あなたが傷つくのは分かっていた、傷ついてほしくてわたしはあの場を選んだんだ」

 そう告げながらも、痛みを堪えるような表情をしているのはカールのほうだった。

 私は身を乗り出し、手の先でぱちりと、カールの手の甲をたたいた。

 昔の私だったら、頬を張り倒していたことだろう。


「あなた、私を何だと思っているの。私のことであなたがつらい思いをしているなら、もっと早く話をしてほしかった。話し合った上で解決ができないなら、婚約解消だって納得できる。それなのに」

 私の前でのカールはいつも優しかった。

 穏やか笑みの絶えない、異国から来た婚約者にも気遣いのできる、まるで絵本の中の王子様のようだった。

 どんなに大人びていても、彼はまだ十六歳の少年だったのに。


 カールは私の手をとり、その手に頬を寄せると祈るように握りしめる。その手は熱い。

「そう、あなたは筋が通れば納得してしまう人だ。あなたがわたしを選ぶのは、わたしがあなたの婚約者だからだ。賢者が選んだ婚約者だからわたしを愛する。では婚約者でなかったら? 婚約者ではないわたしを、あなたがどう思うのか知りたかった。居並ぶ人間の中で、それでもわたしを選んでほしかった」

 絞り出すような声で告げられた願いを聞いて、私は自分の唇を軽く噛んだ。

「……なんてわがままなの、あなたは」


 私たちは出会った時から婚約者で、婚約者であるから相手を理解し、愛する努力をしてきたのだけれど。

 そうか。

 彼は私の恋がほしいのだ。まるで月がほしいとねだる子どものように。

「それはあなたにとって、大事なことだったのね。こんな騒ぎを起こすこともいとわないほど。友人との関係だって壊すかもしれないのに」

「ああ、そうだ。ただ本当はここまでの大事にするつもりはなかったのだけれど」

 声に苦笑が混じる。

 なるほど。カールにとってはあの夜会の場、子どもの世界でとどめるつもりだったのか。ならば、事を大きくしてしまったのは、私の行動のほうだ。けれどあの時、私はあれ以外の選択をすることができなかった。

 顔を仰向けたカールの眦には淡く涙が浮かんでいる。

 容姿はもう大人と言っても差し支えないが、彼はまだ十代だった。

 ただ自分ひとりを照らす月がほしいと言っても許される年だ。


「あなた、いつから私のことがそんなに好きだったの……?」

「はじめからだ。子どもの頃、出会った時から。アヤでなければいやだと、賢者に談判までした」

 視線をさ迷わせ、戸惑いを見せつつ、小さな声で応える。

「……知らなかった」

 周りからそんな情報を聞いた覚えも、劇的な出会いをした記憶もなく、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 彼の気持ちを知っていたら、こんなことにはならなかっただろうか。いや、婚約白紙の時期が早まっただけかもしれない。

 彼は私を恋い焦がれ、私にも同じ熱量を求めている。今回のことの根本にあるのは、私と彼の間にある温度差なのだろう。


 けれど私はカールに恋はしていなかった。

 恋という観点なら、私は誰にも恋をしていない。

 私は恋という視点をもってはいないのだ。

 この国に来たのは、それが王女としての役割だったからだ。カールを愛するのも、それが役目だから。

 私はカールに恋をしなかったから、婚約を解消されるのだ。

 大人の論理で動く世界では呆れられる理由だろう。けれど、私はとても納得してしまった。

 私の恋がほしいのに、私の空っぽの心には彼が求める気持ちはなかったのだ。


「この一年で、いつかわたしがこの状況に耐えられなくなるのは、分かっていた。あなたの愛とわたしの愛は異なる。わたしの隣にあなたがいても、あなたの心はここにはない。そしてもしかしたらいつか、あなたも他の誰かを恋うようになるかもしれない。わたしの隣で。わたしはきっとそのことに耐えられない」

 カールの手が私の腕にのび、そのまま引き寄せられ、抱き込まれた。

 怖くはなかった。考えてみれば、私たちはこんなふうに身を寄せ合うようなことも今までなかったのだ。

 胸に耳を寄せると、早鐘のように打つ鼓動が聞こえた。

 恋のきらめきを音にしたらこんな音になるのかもしれない。

 

「ありがとう、話をしてくれて。本当は私、怒ったり、なだめすかしたりしなければいけないのかもしれない。だけどあなたの考え方を尊重するわ。あなたと私の長い人生の話だもの。あなたが幸せになるように生きてほしい。……ごめんなさいね」


 婚約破棄をされる理由が私にはちゃんとあったのだ。

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