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恋知らぬ姫と月恋う王子  作者: 津木島千尋
婚約破棄とはいかがなものか
8/25

月を追いかける(上)

 カールが私の邸を訪れたのは、翌日の朝、朝食を食べ終わって一息吐いた時刻だった。

 連絡なしでの訪れには、少しはやい時間だ。

 しばらく応接室でお待ちいただきながら、私は私でカールに向き合う覚悟を決める。

 カールと直接話をするのはこれが最後になるかもしれない。

 どんな結果になっても、言いたいこと、聞きたいことに心残りがないようにしようと思った。

 

 室内でふたりきりで会うという気分になれず、気候もよいので、テラスにテーブルを用意させ、そこで話をすることにした。

 昨日はあれから気絶するように眠り込み、朝早く目覚めた。睡眠はやはり大事だ。

 気分はだいぶすっきりしている。


 中一日をおいて再会したカールは、春の柔らかな陽射しの中で、端整な顔も台無しの大変な仏頂面をしていた。疲れているのだろう、目元には疲労が色濃く見える。

 彼は紅茶をティーカップに注いで侍女が立ち去るまで、こちらを見ることなく薔薇の咲く庭先を眺めていた。


 その横顔を眺めながら、どう口火を切ったものかと考えていると、カールと目が合った。

「昨日、何人あなたの元を人が訪れましたか」

 堅い物言いに、彼の苛立ちを感じ取る。カールは感情的な時ほど、口調が丁寧になり、機械的な物言いになる。

「昨日? 昨日だけだったら、四人」

 昨日は、ジョージ、ウィル、エド、チャールズと頭の中で人数を数える。

 彼が尋ねたいことが何かを考えると、一昨日のリズも加えるべきだろう。

「……言い方を変えます。求婚をしてきた人数は何人ですか」

「五人ですね」

「全員か」

 椅子に深く腰掛け直しながら、大きな溜息をついた。眉間のしわが濃くなる。

 そう、私への婚約破棄を告げた場にいた全員が昨日までに何らかの形で私へ求婚をしてきたのだった。四人目、五人目は門前払いをしたにも関わらず、人づてに内容を伝えてきた。

 そしてカールは、人数はともかくとして、そのことを見越していたらしい。


「何か知っているの、カール」

 開口して真っ先に出てきた話題が彼らのことであるなら、婚約白紙と彼らの求婚とに関係はあるのだろう。

「アヤ、あなたは彼らから求婚されてどんなことを考えましたか」

 なんだか試験の設問のような物言いだ。

「好意自体は嘘ではないと思うけれど、政治的見地からの人が多いのではないかしら。国同士の交流の観点からしたら、必ずしも私と結婚するのはあなたでなくてもいい。今回の問題を丸く納めたなら、王の覚えもめでたくなるでしょうしね」


 大使から寄せられた情報では、王宮でも今回の話は初耳だったらしく、昨日は王自らカールへの事情聴取を行ったらしい。彼は一日王宮に拘束されており、身動きがとれない状態にあったようだ。


「事前に王への根回しは済んでいると思ったのに。お怒りだったでしょう」

「反対と説得の未来しか見えなかったから、両親に相談という選択肢はなかった。それ以外には何か考えましたか?」

「何か私の知らないところで別の筋立てで事が進んでいるのではないかと思ったわ。おかしいもの、五人全員だなんて」

 みな王子の友人になれるような、前途有望な人たちだ。有利不利は見据えた上での選択だろう。そう考えた時、私と婚約をすることで得られる利益は何だろうと思った。


 王からの評価が上がる、それだけのためにそんな選択肢をするだろうか。

 王は賢者が決めるもの。私を娶ったところで次代の王に選ばれるとは限らないのだ。

 私を娶ることで、我が国とのつながりは強くなるだろうが、それがこの国での権力基盤に寄与するかというと疑問だ。何しろ「水と祭礼の国」は遠い。

 だから私の知らないところで何か取引的なものが行われているのではないかと思った。


 カールは目元を緩めて私を見つめ、落胆の見える笑みをこぼした。

 そんな表情を見るのは初めてだった。

「当たらずとも遠からずだな。でもあなたが考えるような隠れた物語などはない。何もないんだ」

「ないのですか? 本当に?」

 念を押せば、ああ、と頷かれる。


「隠れた物語などはない。将来の布石としての求婚という面は確かにあるだろう。けれど、皆、以前からあなたに友情以上の好意を抱いていた。あなたは彼らの好意を友愛としかとらなかったが。わたしの発言で、彼らには機会が生まれた、だから行動した、ただそれだけだ」

 そんなばかなことが?

 思わず立ち上がりかけて、はっと我に返り、座りなおす。

 みんなが。好意。私個人に。

「……本当に?」

「本当に。アヤ、あなたが見なかっただけだ」


 言葉もない。

 彼らとの友情は、すべてカールを通して築かれたもので、カールの婚約者だからよくしてくれるのだとばかり思っていた。それ以上でもそれ以下でもないと。


「私、みんなに対して礼を失していたのね」

 ならばカールの目に私はだいぶ無頓着、あるいは冷酷な人間に見えたことだろう。

 ことさら彼らに対して、無礼な振る舞いをした覚えはないが、私の無自覚な応対は、人間性に疑問ありと捉えられてもしかたがないかもしれない。

「つまり今回の件は、私の蒙昧さにあなたは耐えられなくなったということ?」

「それも違う」


 カールは立ち上がり、自ら椅子を私の傍らに置いて座り直した。私も椅子を動かしてカールに向き直る。ほんの少し足を動かせば、カールの脛につま先が届く距離だ。


「自分の妻となる人に、身近な友人たちが秋波を送っているという状況をまず念頭においてほしい。彼らはわたしにとって尊敬できる友人であり、心やすい仲間であり、今後も切磋琢磨していく存在だ。わたしはわたし自身を彼らに劣っているとは思わないが、だからといって抜きんでて秀でているとも思っていない。そして彼らが思いを寄せるあなたが、私の婚約者である理由は、わたし個人の能力や性格ではなく、賢者の意思だ。彼らがどうしようもない部分でわたしはあなたを得ることになる」

 一気にそこまで話すと、カールはテーブルに手を伸ばし、残っていた紅茶を水を飲むように流し込む。


 頭の中で彼の言葉を咀嚼する。

 それは、正々堂々と戦ってもいないのに、優勝をするのがいやだ、ということだろうか。 私は賞品ではなく婚約者なのに?


「カール、あなた、その状況がいやになったから、婚約を白紙って言い出したって言っているの」

「他にも理由はある」

 が、その先は言いにくいようで、口を閉じてしまった。

 他にもということは、理由のひとつではあるということか。


 私はなんとカールに伝えるべきなのだろう。怒るべきなのか、悲しむべきなのか、判断がつかない。

 みんなが欲しがっている優勝賞品を、競ってもいないのに獲得をするのが納得いかないから、いらない。

 分かるような、分からないような理由だ。

 今ひとつ、本題が捉えられていない気がする。

 私は深く息を吸い込み、カールの青い瞳をじっと覗き込んだ。


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