婚約者
カールの第一印象は覚えていない。
ある時、管理階級の子どもたちが集められ、三日ほど宿泊施設で研修が行われた際に出会っているらしいのだが、私にはとにかく研修が大変だったことしか記憶にない。屋敷に帰ったあと疲労で寝込んだほどだ。
講義、グループワーク、レポート提出。毎日襲い来る課題をこなすために、色々な同世代の子どもと話をしたが、いずれもその場限りの交友だった。
あの研修を当時の私は社交の場というよりは、学びの場だととらえていて、出来るだけ色々吸収して帰ろうと心に誓っていたのだが、本当はそんなに真面目に取り組まなくても良かったのかもしれない。
その研修自体が婚約者選定の一過程であったと聞いたのはだいぶ後のことだった。
候補者の中からさらに絞り込みを行うための場であったらしい。カールの写真を見せられても、とにかくいろいろな子と話す機会が設けられていたせいか、グループワークの時に一緒にいた気がする、くらいの認識だった。そのときに何を喋ったのかも覚えていない。
実際対面した時の印象は、背が高いだった。私が渡航前に彼が我が国を訪れた時のことだ。私が十八、カールが十五歳の時のことだった。
写真や手紙、電話での挨拶といったやりとりは時折していたが、実際会うと印象が異なった。
繊細な美貌を持った年下の少年だと認識していたけれども、私の背よりも高く、体つきもしっかりとしており、少年という言葉に違和感を覚えるほどだった。
「こんにちは」
少し青みを帯びた金髪に碧眼の彼を間近に見て、月にもし王宮があるとしたらそこに住まう人々は彼のような容姿をしているのかも知れないと思った。
彼を見ていると満月の月夜の透明さが思い起こされた。
おとぎ話のようにぼんやりとしてあいまいだった婚約や結婚というものに、具体的な輪郭が宿った気がした。
私は彼にどう見えているだろう。
黒い髪や黒い瞳。決して高いとはいえない背丈。異なる民俗。
実物を見てがっかりされていないといい。
もし内心落胆しているのであれば、出来るだけ早く言ってほしい。今ならまだ、すべてを取りやめて間に合うから。
そんなことを思っていたことを覚えている。
「こんにちは、カール殿下。遠路はるばるようこそおいでくださいました。お会いできてうれしいです」
「こちらこそ」
頭を下げた私に彼は手を差し出した。その手を軽くつかんだ時、その温かさに私は確かに安堵したのだった。
あの時、あなたは何を思っていた?
いくらでも尋ねる機会はあったのだから、聞いておけばよかった。迷いがあったならその悩みを。
私たちはそんな些細なことも話せていなかった。