青天白日4
車が止まったのは、あらかじめ聞かされていたとおり一時間ほど経った頃だった。
王都から南東に位置する街で、駅を中心に商業地区が栄え、同心円を描くように住宅区域が広がっている。
ほどよく機能がまとまり住みやすそうな街というのがアヤの印象だ。ただ特筆するような史跡の類は見当たらない。車がとまったのも、大きな公園の入り口と思われる門近くであった。
気づかわしい様子でこちらを伺う運転手に微笑んで、アヤは傍らで眠る婚約者に声をかける。
「カール、起きて。着いたわ」
規則正しかった寝息がすっと引いていき、ゆっくりとカールが瞼が開く。浅く息を吸い込み、何度か目を瞬かせると自分の姿勢に気づいたのかさっと身を引いた。居住まいを正してアヤを見る。
「……ごめん、重かっただろう」
「そんなことないわ。気にしなくて大丈夫」
悔いるようにため息をつくカールを慰めるように笑みを浮かべれば、申し訳なさげにありがとうと返された。気を取り直した様子のカールは、手櫛で乱れた前髪を整えるとドアを開けて外に出る。
運転手が慌てた様子を見せるが、アヤもそれに倣って自分で扉を開けて後部座席から車外へ出た。
身体に触れる温かくさわやかな空気に、アヤは自然と息を深く吸う。
太陽は南中を過ぎ、徐々に西へと傾き始めているが、夕暮れには遠い。野外を歩きたくなる心地よい気温だった。
「おふたりとも。私的なお出かけとはいえ、わたしどもの仕事を勝手に減らされたら困りますよ」
周囲に視線をやりながら、運転手は軽く顔をしかめた。彼はカールが幼い頃から運転手として勤めており、だいぶ気安い間柄であると聞いている。アヤと出かける際も彼の運転であることが多かった。
「まあ、いいじゃないか、ドアを自分で開けるくらい」
「私もドアくらいひとりで開けられるところを見せたいと思っていたところなの。ごめんなさいね」
「まったく仲がよろしいことで」
おどけた様子を見せるふたりに、運転手はやれやれと肩をすくめた。
「それでこのあとのご予定はお変わりなく?」
「ああ、1時間から1時間半ほどでここに戻ってくるからそれまで休憩に入ってくれてかまわない。このあたりに来るのはだいぶ久しぶりだから、行きたい場所もあるんじゃないか?」
その言葉に老齢の運転手は目を細めカールを見つめると、ひとり合点がいったようにうんうんと頷いた。
どうやらカールたちは、この土地になじみがあるようだ。
「確かに懐かしくはありますな。……かしこまりました。くれぐれもはしゃぎすぎないように。お気をつけていってらっしゃいませ」
カールに伴われて園内へと歩を進めれば、ほどなくして広場に行き当たった。
円形の人工池の中央には芸術的なモニュメントに見えなくもない巨大な噴水があり、盛大に水を噴き出している。水がたてる音が耳に心地よい。
噴水を中心にした広場は花壇のほかにベンチや芝生が設けられており、人の姿が多い。
語らっている老夫婦の姿もあれば、読書をする青年、子どもと遅めの昼食をとっている母親、父親の姿もある。
わっと明るい歓声に振り返れば、学校帰りと思しき子どもたちが目の前を駆けていく。もう少し奥へ進むと遊具や運動場があるようだ。
カールは空いているベンチを見つけて腰かけると、アヤに隣に座るように促した。
アヤが隣に腰を下ろしても、彼はすぐに本題に入るつもりはないようだった。
「散歩日和で良かったよ。雨は雨で風情があるんだけれど」
行きかう人々を楽し気に見つめている。アヤもカールに倣って視線を周囲に向けるが、噴水を除けば特に目立って変わったものはない。市民の憩う公園の光景があるばかりだ。
「拍子抜けした?」
周囲へと目を巡らせるアヤをカールは面白げに眺めている。
「ちょうどあなたが私をここに連れてきた理由を推理しようとしていたところ」
「そういうと思ったよ」
彼は軽い笑い声をたてる。その姿は普段よりもだいぶ寛いでいるように見えた。王都から離れた土地、そのうえ公務ではないからだろうか。身にまとう空気が柔らかく、一つひとつの所作にも伸びやかさを感じる。
アヤが初めて見る姿かもしれない。
「あなたとここに来たいと思ったんだ。来て話をしたいと。あなたの目にはつまらなく見える場所かもしれないけれど」
「……あなたが今まで連れて行ってくれた場所とはまったく違うというのは分かるわ」
カールとの外出といえば、この国の歴史にまつわる史跡であったり、美術館や博物館、あるいは有名な料理店といったものばかりだった。それは王子の婚約者として見ておくべき場所、知っておくべき場所といってよかった。
放課後、気軽に利用する店を選んでいるのはリズであったから、遠出をしてまでカールがこのような場所を選んだことは意外だった。
ここは今まで訪れた場所と雰囲気からして異なる。王子が忙しい時期に婚約者をわざわざ連れてこなければならない場所には見えない。見えないが。
彼はアヤをこの場所に連れてきたかったのだ。
「もしかして、ここはあなた自身にとって特別な場所?」
「そう」
当たりと朗らかに笑うカールに、アヤは膝の上に置いた手を軽く握り、ぎこちない笑みを浮かべる。
王子としてではなく、カール個人にとって大切な場所であるというのであれば、それにふさわしい話をしたいということだ。心して向き合わねばならないだろう。
王子という肩書きを外したカールの気持ちと相対することにも、王女という役割から離れた自身の心を確認する行為にも、アヤはまだ気後れを感じる。
彼が求めるものを、自分が返せないことが悲しかった。己の内の欠落を知ることが苦痛だった。飾らず、偽らない本心を語りあうことはおそろしい。その結果得られるのがどんなものか予測できないのも不安だった。
それでも彼との対話から逃げ出すことはできない。この問題を乗り越えねば、カールとアヤの間にある問題は進展しないと知っている。
「……あなたの話を聞かせてくれる?」
カールは緊張した面持ちのアヤを覗き込むように見つめると、優しい笑顔を浮かべて「もちろん」と頷いた。
あと1話。




