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恋知らぬ姫と月恋う王子  作者: 津木島千尋
あなたはどんな人なのかしら
20/25

ファムファタル4

 最終日、閉会の挨拶も終わり、一人ひとりと研修会場を去っていくのを横目にしながら、ラルはアヤに声をかけた。

『聞きたいことがあるんです、お時間少しだけいただいてもよいですか』


 アヤは相変わらず少し困ったような表情を浮かべ、その顔を見ながらラルは自分はこの人の困った顔ばかり見ていると思った。

『たしかラル君だよね。あまり人に聞かれたくない話かな?』

 問われ頷き返せば、荷物を持って講堂近くの部屋に移動してくれた。


 研修の際に使われた部屋で、三十人程度が使える机と椅子がある。窓はあるが日の傾きの加減だろうか、陽ざしはあまり入らず、室内は少し薄暗く感じた。他に利用をしている者がいるはずもなく、アヤとラルふたりきりだ。


『引き止めてごめんなさい』

 謝罪したラルに、アヤは気にしないでと首を振った。

『すぐには帰りたくないなって思ってたところだから大丈夫』

 聞きたいことって?と先を促されて、ラルは深く息を吸いこみ手に力を込めた。


『あの、とても失礼なことを聞いてしまうんですが、アヤさんは賢者に失恋したからずっとつまらなさそうな顔をしていたんですか』

 まったく予想していなかった内容なのだろう。アヤは目を大きく見開いて、まじまじとラルを見つめる。そして少しの間をおいて口を開いた。


『私、つまらなさそうな顔をしていた? そんなつもりはまったくなかったんだけれど』

 白い頬に両手を当て、表情筋をほぐすように撫でる。

『いつもあんまり楽しそうに見えなくて、昨日、賢者のそばにいられないのが悲しいって聞いたから、そのせいなのかって気になって』

 アヤは頬を触りながら、首をわずかに傾ける。


『研修は面白かったの。楽しかった。盛りだくさんで疲れたけれど。だけどそうね、いつもより少しぼんやりとしていたかもしれないわ。ここでは無理に笑っていなくていい、人に気を遣わなくていいんだって言われたから。それがきみにはつまらなさそうに見えたのかもしれない。気を付けていないと、私普段はつまらなそうな顔をしているのかも』

 口の端に自嘲めいた小さな笑みを形作る。


『ごめんなさい、そんなつもりで言ったわけじゃなくて、もっと笑えばいいのにって。でも笑うことに疲れていたなら、とてもわがままを言いました。ごめんなさい』

 いつも笑顔でいることに疲れている人に対して、自分のために笑顔を浮かべてほしいと求めるのは、相手の気持ちを蔑ろにしていることになるのかもしれない。

 口に出さず心のうちで願うくらいならば許されるだろうが、相手に強要するのは話が別だ。笑ってほしければ笑えるような状況が必要なのだということに気づいて、ラルは恥ずかしくなり視線を床に落とす。


『ちょっといじわるな言い方をしちゃった。気にしないで。楽しい雰囲気の中で、ひとり暗い顔をしている人がいたら気になってしまうわよね。……賢者様のことはね、失恋なのか、そうでないのか、私にもよく分からないの。つらかったのはどちらかというと、自分の願いが自分の力じゃどうしようもないことでかなわないってことのほうだったから』

 それは幼かったラルが夢見たことが、王子になったことで閉じられてしまった時の感覚に近しいものだろうか。まっすぐにしか進めない王子の道の息苦しさは、ラルにも身に覚えがある。

『ずいぶんと窮屈な道を歩かなければならないんだってことに、気づいてしまってそれで自然とつまらなさそうな顔をしていたのかもしれないわね』

 アヤはラルに労わるような微笑みを浮かべる。

『心配してくれたのね。ありがとう』

『心配というか、気になっていて。ずっと笑顔になってほしいなって。昨日、四人で話していた時、心から楽しそうに笑ったから、どうしたらあんなふうに笑ってくれるんだろうって』


 きのう、と呟いて、アヤは目を細めて頷く。

『昨日のあの話し合いは本当に楽しかった。気兼ねなく普段できない話ができたから。あんなふうに明け透けに話ができる機会はもうないかもしれない。私、昨日はちゃんと笑っているように見えたのね?』

『うん。楽しそうで、幸せそうだった』


『それなら、もう少し自由を感じられたら幸せになれる気がする。……でも自由ってなんだろう。幸せってなんだろうね。私、賢者が定めたルールが悪だなんて思ってはいないのに』

 ラルに告げるというよりは自問するような呟くと、窓枠の向こうの青い空へと視線を向ける。

『きっとルールを無視して自由に振る舞ってみせても、それは自由ではないし、幸せでもないの』


 むずかしいわと一言こぼして、アヤはラルを振り返った。その顔にはやはり外向きの笑顔が張り付いている。

『私の笑顔が見たいといってくれてありがとう。願いをうまくかなえてあげられなくてごめんなさい。心優しく聡いあなたは、心配しなくてもきっと素敵な王子様になれるわ。それに王子なんて肩書を失ったあとも素敵な大人になれる。自信を持って。それから自分を大切にしてね』


『……ありがとうございます、頑張ります』

 話したりなさを感じながらも言葉が続かずにいたラルだったが、その時アヤに迎えが来てしまった。

『現実に帰る時間がきちゃったわ。もう二度と会えないかもしれないけれど、どうか元気で』

 ラルのために浮かべられた笑顔は、最後までどこか淋し気な気配を湛えていた。



 もう二度と会えないなんて思いたくなかった。

 彼女を心から笑わせたかった。

 自由であればあの快活な笑顔が見られるというのなら、自由にしてあげたかった。

 カール自身の手で。

 

研修から帰ると賢者のかけた魔法は解けて、ラルは「王子のカール」に戻った。

 ただ以前ほど厭世観や倦怠感、焦燥感もなく、自然とした状態で自分や周囲と向き合えるようになった気がした。賢者も両親も、肩の力が抜けたカールの姿に安堵を覚えたようだった。


 時間が経ってもアヤのどこか憂いを帯びた笑みばかりを思い出した。自分が思った以上に幼く、不勉強であるということにも。言いたいことも整理して満足に話すことができない。だからお仕着せられていると感じていた学びに対しても積極的になった。


 変化を見せたカールに対して、賢者は研修中にどんなことがあったのかを聞きたがった。茶会の席で事のあらましを話すと、彼女はたいそう楽しげで、意味ありげな笑みを浮かべた。


『それはそれは。その子のことが忘れられないんだ』

『そうだけど、だからなに』

『賢者の魔法をひとつ使ってあげようかな~って。でも魔法には代償があるし、すぐに解けるものだから、本当にかなえたい願いは自分でかなえるしかないのよ』

 表情はにこやかだったが、最後はいつになく少し真面目な口調だった。


『なにをいっているのかよくわからない。そもそも魔法って?』

『きみとその女の子をあたしの力で再会させてあげるってことよ~』

『そんなことできるの!?』

 ぱっと顔を輝かせたカールに賢者は胸を張る。

『こう見えて、あたしはこの国の最高権力者なのよ~。魔法も使える使える~』

 歌うように告げながら、身体を踊らせるように左右に揺らす。


『でも無条件の魔法なんて存在しないのよ。かなえたい願いだけかなえるなんてできないの。面倒くさい色んなことも一緒に押し寄せてくるけれどそれでもいいなら~。悪魔と契約するとでも思ってもらえばいいわ~』

『? 悪魔ってなに』

『あ、そうね、知らないわね。悪者だと思ってもらえばいいわ。そういうあんまりよくないものと契約くらいしないとその子とは二度と会えないってことよ~。まー、このご時世、初恋は実らないものだけどね~』


 最高権力者が己を魔物と同じような存在だと宣うのはいかがなものかと思いつつも、カールはその誘いに乗った。それ以外アヤと再会する手段を思いつかなかったからだ。カールは彼女がどこの国の王女なのか、それどころか本名さえ知らなかった。


 賢者が使ったのは、魔法ではなく、魔法のような権力ではあったけれど、アヤはカールの婚約者となり、ふたりは再会した。彼女は美しく成長していたが、以前にもまして物憂げな様子だった。幼かった自分の言葉を借りるなら「つまらなさそう」。


 彼女は研修の時のことをよく覚えていないようだった。研修の後だいぶ寝込んだという話だったので記憶が曖昧になったのか、それとも研修自体に印象的な出来事がなかったから忘れたのかは定かではない。ただカールはそれを悲観的に考えるのはやめた。ラルが存在したのはあの一時の時間のみであったし、それにあの時の自分は何もできない子どもだった。無力な姿を覚えていてほしいわけではなかった。


 身体も成長して、学びも深め、今の自分ならあの時の願いをかなえられるとカールは思った。

 誰かのための笑顔ではなく、彼女が心のままでいられるように。

 そう考えていたのに。


 ともにあった一年。

 結局カールはアヤに美しい仮面を被らせたままだった。その社交的な笑顔を隣で見ていた。そしてそんな彼女に惹かれていく友人たちの姿も。

 優しく、美しく、賢い、みんなでつくりあげた素敵な王女様。

 そんなものに彼女をしたかったわけではないのに、いつの間にか自分も理想の女を彼女に求めてしまっていたというのだろうか。


 そして自分以外に時折見せる笑顔が自分の求めるものに近い気がして、なぜ自分がその立場にいないのだろうと苛立ちも感じた。

 カールには、アヤの心がラルとして会話をした時よりも遠く感じていた。


 婚約を破棄したいと、本気で考えたことはない。

 彼女を笑顔にしたい。彼女の笑顔がみたいという願いは変わらなかった。

 けれどあの夕闇の中で、自分が手を離したほうが彼女の幸せなのではないかと思ったのも本当のことだった。

 彼女には自分でなくてもいい。むしろ自分でないほうがいいのではないか。

 そんな疑念が胸の底にこびりついていた。愚かな自分の考えを彼女に否定してほしくもあった。

 それに婚約を破棄すれば少なくとも彼女は、彼女が好きだったという賢者の元に帰れるのだ。


 騒動が一段落して色々な条件が明示されたうえでカールとアヤの関係はふりだしに戻った。ここからもう一度やり直さなければならない。

『幸せってなんだろうね』

 記憶の中の少女の言葉にカールはまだ答えを返せていない。

二章はいったんこちらにて終了です。

三章はすべて書きあがったら更新するようにします。三章で完結予定。王子と姫の関係をもうちょっと何とかします。


少し長めの夏季休暇だったので3万字くらいでさくっと読める読み物を書いてみようと思って書き始めたのですが、思いのほか長くなってしまいました。筆の進むままに書き進めていたので、あちこちで設定破綻が起こっていそうです。すみません。最後まで書き終わったら調整します。


読んでくださった皆様ありがとうございました。ブックマークをして読んでくださった方々もありがとうございます。ページビュー数以外でも読んでくださってる方がいると分かるのは、とても励みになりました。反応いただけるのはありがたいです。少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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