ファムファタル2
十代前後の各国の王の子どもが集められた研修はカールにとっては思いのほか面白いものだった。面白く感じたからよく覚えているのかもしれない。
研修はどの国にも属さない、とある賢者の所有する土地で行われた。
この「どの国でもない土地」というのは、世界に点在しているらしい。それは何もない草原であったり、住宅地の一角、海辺のホテルなど、一貫性がなく、見ただけでは判断がつかないという噂だ。
研修施設に到着する前は、気位が高く気取った子どもばかりが集まる場なんてと憂鬱だったカールだが、実際顔を合わせてみればかつて通っていた学校のような雰囲気で拍子抜けをした。気位が高い者がいないわけではなかったが、行儀がよい者、そうでない者、真面目、不真面目、腕白、饒舌、寡黙……様々なタイプの人間が集まっていた。
集められた子どもは五十人程度だった。国からついてきた使用人は別施設で待機となり、研修期間中は子どもと賢者側が用意した人間だけで過ごすことになった。子どもたちは研修ごとにランダムにいくつかのグループに分けられ、研修担当の大人がそれぞれに付くという形をとっていた。
研修のはじめに、研修中のルールについての説明があった。
・自分の本名を名乗ってはいけない
・自分の住む国の名を言ってはいけない
・身の回りのことは自分でする
・人が話している時は遮らず話を聞く
・人の意見を否定しない
そういった内容だったと記憶している。
初日、広い講堂に集められ、説明を受けたあと子どもたちにまず求められたのは、自分の呼び名を決めて名札を書くことだった。普段呼ばれている愛称も不可で、まったく違う名前にする必要があったため、カールは頭をひねった結果「ラル」と名乗った。
普段と違う名前の自分が目新しい。戸惑いがないわけではないが解放感も大きかった。この場では「王冠と剣の国の王子カール」ではないのだ。魔法をかけられて「ラル」という別人になった気分がした。
名前が決まった後は近くに座る子ども同士をグループにして、自分の名前、どうしてその名前にしたのかなどの自己紹介をし合った。そのあとは宿泊施設の案内と手荷物の片付けだ。
それらが終わると次にとりかかったのは、自分たちの食事作りだった。ラルをはじめ、料理の本を読んだことも厨房に入ったこともない子どもに、食事をつくらせるというのはなかなか挑戦的な試みだったと思う。実際現場は阿鼻叫喚だった。しかし、混迷はコミュニケーションも生み、お互いがお互いに対して持っていた緊張もほぐれたのも事実だった。
食後の片付けの後、今日作ったものの良かった点、悪かった点、気づきなどをグループで話し合い、レポートとして提出したのも関係性をつくるという取り組みの一環だったのだろう。
そんな一連の流れの中で、ラルの目についたのがアヤだった。
当時から彼女は整った容姿をしていた。ただ、男女ともに華やかな容姿の子どもが多い中で飛びぬけていたかといえばそうではなかった気がする。少なくともラルが気になったのは彼女の容貌ではなかった。
アヤは周りが騒がしくしている中、淡々としていた。
その時はまだ呼び名も知らず、ラルとは同じグループでもなかった。隣のグループで熱心に手順書を読み、不明点は近くの大人に尋ね、まわりに教え、と忙しく立ち回っていた。そのグループは彼女中心に何とかまわり、彼女自身も決して料理の手際がよいわけではなかったが、着実に料理の工程をこなしていった。
目の前の課題に対して丁寧で、一所懸命。大人に評価されるタイプだなと思うと同時に、ラルは疑問を覚えた。
楽しくやれそうな立場にいるのに、どうしてあの子はあんなにつまらなさそうなんだろう、と。
研修内容はコミュニケーションと内省を重視しているようだった。もちろん、賢者や管理階級といったシステムの成り立ち、この世界の歴史といった講義も行われた。
だが、国名を言わずに自分の国を紹介しあったり、架空の国を用いてどうやって人口を増やしていくかといった議論を交わしたり、自分が王女、あるいは王子でなくなった時、何になりたいかなど、対話を中心に進められるものが多かった。そして研修の最後に自分が何を感じ、考えたのかをレポートとして提出するのだ。
ラルが見た限り、アヤはひとりのことが多かった。不機嫌というわけでも、無愛想というわけでもない。表情だけなら微笑んでいる。話しかけられれば会話もする。
けれど自分から周囲に対してかかわっていこうとはしていないように見えた。
まるで楽しく過ごすつもりがないようだ。
だから彼女のまわりは、いつもしんとしていて静かだった。




