幸福と富の守り手
容姿も性格も自分の好みで、相性もわるくなそうって思っていた女の子が困っていたら、手を貸そうってなると思いませんか? え、求婚はやりすぎ? いやだって周りがみんな結婚を申し込んでいるんですよ、だったらその波に乗ろうかなって。はは、すみません、怒らないでくださいよ。
王子が本気で婚約破棄を言い出したなんて思ったのは、あの中ではお姫さんくらいだったでしょう。日々王子がどれだかお姫さんの歓心を買うために右往左往しているか、彼女の前でいかに恰好をつけているか、俺たちは知っていましたからね。
そう睨まないでくださいって。本当のことでしょう。
だからね、ちょっと驚いたんです。お姫さんが、言葉をそのまま受け取ったことに。彼女は本気なのか冗談なのか、理由は何か、そんな質問さえしなかった。
そのことに対して危うさを感じましたね。
俺たちが思ったよりこじれているんだなって。
王子は無茶なことを言って、お姫さんの反応を見たかったんだと思いますが、彼女は怒りもせず、泣きもせず、その場の雰囲気を壊さないために笑顔を浮かべてあの場を立ち去った。
事を荒立てないって観点で言ったら正しい行動だったのかもしれません。でもね、あの場はそこそこ来客数はあったものの、同年代のやつらが集まる、いわば身内の集まりだったんですよ。そこまでかしこまったものじゃなかった。
体面なんて気にせず、お姫さんが王子を問い詰めて感情を高ぶらせるくらいだったら、全然ありだったと思います。王子もそのくらいは覚悟してたでしょ? あんな乱暴なことを言い出したんだから。むしろそれが狙いの反応だったのでは?
お姫さんの反応が予想の範囲内のものであれば、あの場で俺たちだけで対処ができたんじゃないかなと俺も思いますよ。たぶんですけど。
だけど彼女はあの場でもきちんと王女様でしたね。私的な場ではなく、公の場として捉えて対応をしていた。だから自分の気持ちよりも、場と体面を一番大事にしたし、王子の発言も公のものと考えての行動になった。
もっと気楽に楽しんで欲しかったんですけどね。彼女に楽しんでほしくて開催された集まりだったし。
俺はね、あの時、どうしてお姫さんは王子に対してこんなに余所余所しいんだろうって思ったんです。あの人は偉ぶったところがないし、知的好奇心旺盛で行動力もある。基本物事を前向きに考えるし、ものを深く考えるタイプだ。相手の気持ちや都合もきちんと聞くし。
それなのにどうして王子の前ではこんなに上っ面な感じになるんだろうって不思議でしかたなかった。絵に描いたようなお姫様のように振る舞う。
王子と上っ面で済む関係でいたかったのか、王子に対して深く踏み込まない理由が何かあったのか。
そんな怖い顔しないでくださいよ。
え、なんでお前がそんなに姫のことを知っているのかって? え、お姫さんから何も聞いてないですか。聞いてない、そうですか。そうなんだなあ。そっかあ。
ああ、でも俺からも話さなかったですね。俺の場合は、面倒くさいことになるのが分かってたから。
お姫さんがらみになると途端に面倒くさい男ですよ、王子は。自覚してくださいよ。
彼女のほうは、さすがに面倒くさいとかって理由じゃないと思います。
俺の勝手な想像だから、お姫さん自身にどこかで確認してほしいんですけど。
王子のことを、私事を言う相手ではないって思ってるのかもしれないです、あの人は。
商売相手とかを例えにすると分かりやすいかな。どんなに親しくしていても取引先には引く一線ってあるでしょう。
そういうものが彼女の中にはある気がします。
俺がお姫さんの内面を知っている件ですけど。
リズが「街の案内」と言って、お姫さんをあちこちに連れまわしてたのは知っているでしょう。青果市場とか、女子に人気のケーキ屋とか、アクセサリー店とか。あとは川べりの道を散歩したり、路面電車に乗ったりなんかもしてたなあ。リズは王子とは行かないような、学生が普通に行くようなところに連れて行っていたんです。
そういう場所は、生まれながらにしての王女様には目新しかったんでしょうね、楽しそうでしたよ。俺も他のやつらも荷物持ちとか護衛役とかって名目で何回か付き合ったってわけです。お姫さんは王子の横にいる時と違って、溌剌とした感じがしました。ちょっと綺麗で礼儀正しいけれど、普通の女の子って感じだったなあ。
まあ、リズの手腕には脱帽ですよ。すごいなって素直に思いました。
お姫さんには青春の思い出を作りつつ、一方で俺たちとお姫さんの関係性を深めたわけですから。敵には回したくないって思いを新たにしました。
気持ちは分かりますけど、本気でへこまないでください。王子が一所懸命にお姫さんにふさわしい王子様の皮をかぶっていたのは知ってますし、それが間違いとは思わないです。お世辞じゃなくね。
「王女様」の顔をしたお姫さんの隣には、「王子様」の顔をした王子でないと並べないと思います。
俺たちが求婚できたのも、「王女様」でないお姫さんの顔を知っていたからかもしれないですね。
少し話を戻しますけど。
いつだったか、お姫さんは小動物が好きなんじゃないかって話になって、俺の家が白羽の矢が立ったんです。王子もご存じでしょう、うちの親父さんが動物好きで家には猫も犬もそこそこいるんですよね。そんなわけでお姫さんをうちに招くことになった。
言っておきますけど、もちろんリズも一緒でした。うちの使用人もいましたし、うちの母親もいましたからね。
お姫さんは犬が気に入ったようで、子犬とうちの庭を走り回ってましたよ。うちの犬の世話係に飼いやすい犬種とか、飼い方とか聞いてね。いつか飼いたいって話をしていたなあ。
あ、やめてくださいよ。思いつきで犬を贈るとか考えてるなら。
動物を飼うってことは、その子の一生を引き受けるってことなんです。人間の寿命がせいぜい五十~六十年ってところでしょう。犬の人生は十年ってとこだ。自分の人生の五分の一から六分の一、一緒にいることになる。どれだけその子のために時間や金や心をかけられるか。最期まで飢えさせずに看取れるか。そういうことを考えて、覚悟を持ってから飼う存在なんですよ。
だからお姫さんもいつか、と言った。
今から思えば、彼女は自分はこの国にとってまだお客さんに過ぎないって思っていたのかもしれません。招かれたよそ者。異人。
ずっとそう思っていたならお姫さんが可哀そうですね。淋しいとも感じます。
誰からも褒められるような王女様を演じるしかなかったのかもしれない。
嫌われたら、遠い異国で居場所がなくなるわけですから。
そう考えると王子の婚約破棄宣言は一層ひどい話ですよね。一番言ってはいけない言葉だったんじゃないですか。
そんな子どもっぽい男はやめて、俺と結婚したほうがまだマシじゃないかなあ。はは。
睨んでも怖くないですよ。
社会とか世界とか、政治とかがまったく絡まない話ばかりするっていうのは、おふたりの立場では難しいでしょう。でも個人的な……もっと些細な好き嫌いだったり、やってみたいこととかやりたくないこととかを話してみるところから始めたらどうですかね。
そういう些細な日常のことを積み重ねていった先に婚約とか結婚がうまくいくんだと思うんですけど、どう思います?
あと王子はちょっとずつ素を見せたほうがいいですよ。格好つけて付き合うには限界が来ていたからあの婚約破棄騒ぎになったわけでしょう。
寛容なお姫さんは、王子が理想的な王子様じゃなくても嫌ったりしませんよ。
恋に落ちてくれるかどうかは、分かりませんけどね。
サブタイトルは話者の名前に由来したものです。




