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恋知らぬ姫と月恋う王子  作者: 津木島千尋
あなたはどんな人なのかしら
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懺悔

 見知った顔が大きな荷物を抱えているところに行き会い、とくにこの後予定もなかったので荷物運びをかって出た。ひとしきり恐縮されたものの、拒否されることはなく、横に並んで歩き出した。

 天気の話など当たり障りのない話をしたあと、切り出しにくそうな素振りを見せながら、口を開いた。

「お嬢様がああも人の好意に対して頓着しないのは、わたくしたちのせいなのです」

 何を語りだすのかとその横顔を見つめると、寂し気な微苦笑が返ってくる。

「この場限りの懺悔として、昔話を聞いていただけますか」


 わたくしは妹がお嬢様と生まれ年が同じで、母が乳母といいますか、世話係を務めておりました関係で、小さな頃からお嬢様を存じております。昔から可愛らしく、利発な方でした。

 お嬢様がお生まれになった頃には、お父君……旦那様はすでに国王となっておいででした。旦那様は一地方の領主から、議会で経験を積み重ね、王に抜擢された方です。奥様との結婚は領主時代のことでございました。両家の親同士が決めた婚姻であったそうです。

 奥様は王都の商家の出で、学生時代、母とは同級の間柄でした。賢く、美しい一方で、新しいもの、楽し気なものが好きな、行動派な女性であったと聞いております。

 そんな方が地方領主の妻として家に入り、邸内のことを差配し、領民に心を配り、やがては国王となった夫を支える立場になる。その過程には一方ならぬご苦労があったと推察いたします。翼をもがれるような思いもなさったことでしょう。


 奥様はご自分の経験からか、お嬢様には王女として後々困らぬよう、きびしく教育を施されました。どこに差し出しても恥ずかしくない姫君になるよう、誰からも後ろ指を刺されぬよう、お育てになられました。それはお嬢様にとって窮屈な教育方針であったでしょう。けれどもお嬢様は奥様の言いつけを破るようなことはなさいませんでした。奥様のご苦労を身近で見て、心を痛めていたいらしたからでしょう。自分が粗相をすれば、ご両親が恥をかくことになることもわきまえていらっしゃいました。


 自分がどのように人から見られるのか、他者に対して、場所によって、どのように振る舞うべきなのか、立場がそれぞれに異なる方々とはどのようにお付き合いすべきか。それは型にはめて、分類をし、分岐にそって適切に処理をするというものに近いかもしれません。そしてその工程に対して感情は不要なのです。お嬢様にとって人付き合いは、うまく処理をするものなのです。


 奥様ばかりを責めることはできません。わたくしの母は寡婦でございました。路頭に迷っているところを、奥方様に拾っていただき、お嬢様の世話係として雇用していただいたという経緯がございます。

 父と離縁したのちの母は、男性に対して少し手厳しい視線を持っておりました。奥方様にお仕えしている際、性的な面でいやな目にあったことがあるのでしょう。権力を持った男性の中には、性に対して開放的になりがちな方がいらっしゃいますから。父のみでなく、男性そのものに対して幻滅しておりました。

 母の薫陶を受けてしまったお嬢様は、男性の好意というものを勘定にいれないのです。頼りにするにはあまりにも脆く、はかないものという認識があるのかもしれません。


 そしてわたくしもまた一度嫁いで家を出たものの、夫とは別れて生家に戻ってまいりました。いつまでも生家にとどまっているわけにもいかないとなっていた矢先、お嬢様が一緒にこの国に来ないかとおっしゃってくださったのです。

 お嬢様は私が結婚した経緯も、離縁された経緯もご存じなのですよ。

 

 聡いお嬢様のまわりにはわたくしたちのような女ばかり。よい影響のはずがございませんでした。お嬢様は自らが経験をする前に、恋や愛の慣れの果てを学んで、そういうものだと飲み込んでしまった。そこで立ち止まってしまったのです。

 火の恐ろしさを身をもって知らず、知識として知っている子どもとでもいえばよいでしょうか。お嬢様は火に惹かれても決して手は出しません。そのように育てられてしまった。

 

 恋や愛を経ての結婚をしても、そこですべてがめでたく終わるわけではございません。その先の人生のほうがずっと長い。結婚をしてからが本番といっても過言ではございません。

 ただ、甘い夢のような時はやがて残酷に終わるのだとしても、確かにその一時はあったのです。そのことはお嬢様に知っていただきたいと、そう思っています。

 わたくしたちは誰一人として、お嬢様の不幸を願ったりはしていないのです。お嬢様に幸せになっていただきたい。

 

 お嬢様は、この国に来て、みなさまに出会えてよかったと思っております。

 わたくしたちのお育てしたお嬢様は「理想的な姫君」としてほめそやされはしましたが、引き換えに十代の若者としての青春は手放しておられました。夜空に浮かぶ星のように、誰からも遠く、美しい。でもそんな一生は少しさみしいとわたくしは思います。少なくともお嬢様にはまだ早い。


 あなたとお話をしている時のお嬢様の笑顔は、年相応の少女のものでした。ひまわりのように瑞々しく、生気に満ちた笑顔。あんなお嬢様の表情をわたくしは久しぶりに拝見しました。

 どうか。

 どうか、これからもお嬢様のことをよろしくお願いいたします。


「ありがとうございました。ここまでで結構でございます。お心遣いありがとうございました。お屋敷にもまた遊びに来てくださいませ」

 女性は目的地の門までたどり着くと、頭をさげて去っていった。門扉脇を眺めずともここがどういう場所かは知っている。この先にあるのは、王都が運営する児童養護施設だった。

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