三、大団円1
僕は頑と動かない魔女に呆れかえっていた。途中ネヌットが来てこっそりと、事情を教えてくれた。それならば、僕のやれることは時間稼ぎだけだ。時期に村長達はこちらへとやってくる。どうすれば村長達の気を僕へと逸らして時間稼ぎが出来るだろうか。思案した結果導き出したのが魔女から聞いた昔話だった。手向けの言葉としてこの物語を捧げたいという言い分なら聞いてくれるだろうか。それぐらいなら、許してくれそうだ。
かくして、僕は物語をどう伝えるかを反芻して考えた。
「深い深い森の中、暗いくらい森の中」
村人達の声が聞こえてきた。
「魔女がそこで暮らしてる。その森に魔法をかけ」
どうやら、魔女の噂を口にして恐怖を押し退けているようだった。
僕は一つ、肝を据えて、深呼吸をしてから外に出た。一言、魔女に言葉を残して。
「絶対に、殺させないから」
僕が話し終えると、大蛇は居直り、厳かな声で言った。
「他愛のない話しだ。こんな話を聞いたからと言って、我の気持ちが変わると思うたか」
「いえ、これは最初に説明したと通り手向けの言葉です。長くなってしまい申し訳ありませんでした」
ここまでだ。ここまでが僕に出来ることだ。晩が明けるまでは何とか粘った。薄暗い夜空がほんのりと明るくなっている。これ以上は無理だ。
「ではこれより、魔女狩りを、魔女の処刑を執り行う」
大蛇はめいいっぱいの声で森を震わせた。上がるたいまつが日の光を浴びて、さらに一層輝く。それがゆっくりと魔女の家へと下ろされていく。
僕は唇を噛みしめた。グレーゼルが心配そうに駆け寄ってきて、手を握ってくれる。
と、急に、馬の嘶きが遠くで聞こえた。
来た。僕はそう思った。
「待って下さい。王子様と王女様が来ました」
僕は必死に叫んで、たいまつが家に点くのを阻止する。
「何、こうしてはいれん。早く焼き殺すんだ」
大蛇はそれを聞いて慌てて指示を出す。
僕は発言が裏目ってしまったところでさらに焦る。そして、もみくちゃになりながらも火が点火されるのだった。
すぐさま、家が燃え上がってゆく。大蛇はほっとし、火を眺めていた。朝日に照らされると火はぐんぐんと大きくなり、あっという間に家を飲み込む。無数の火の蛇が家を貼っていくようだった。煙もぐんぐんと空に伸びていく。僕はその様を呆然と見ていた。
「くそ、間に合わなかったか」
どこからともなく男の声が聞こえてくる。見ると豪華絢爛な衣装に纏われた男と女が頭を抱えていた。直感的に王子だと思った。思ったが、もう遅い。
「すぐに消火を」
王子らしき人がそう指示すると、付いてきた幾人かの従者達が水を持ってきて、消火を始める。しかし、火の勢いは止まらない。
「僕も手伝う」
僕はすぐそこにあった井戸から水をくみ出し、側にいたグレーゼルとともに消火を手伝う。それでも、火は空へと逃れる。
「ええい、村の者どもよ。どうしてじっとしているこれは王命だぞ」
王子らしき人がそう言った。と、大蛇がざわつき返答する。
「王命と言われるが、私どもはその王命に従ってこの小屋を、魔女を焼いているのです」
「残念だが、前王は病により崩御された。故に魔女狩り令も撤廃されている。現王はこの私ラッセルだ」
「いつの間に」
「信じられない」
「いや、しかし」
大蛇が困惑しているところで、ラッセル王が追い打ちをかける。
「この小屋に住むのは私の母親だ。もし、焼け死ぬようなことがあれば大罪人として村人全員を処罰する。嫌であれば早くあの火を消すんだ」
その言葉を持って大蛇は青ざめ退散し。村人達が必死になって小屋に水をかけていく。その甲斐もあって、小屋は崩れ散る前にその姿を黒くしながらも炎からの難を逃れた。




