二、ガラスの靴の持ち主3
カンッ、カンッ、カンッ
王子はもう一度扉を叩いた。
「はい、どうなさいました王子様。忘れ物ですかな」
「ガラスの靴もそうだが、今回は一般上流市民の屋敷を見学してみたかったのだ。すまないが、部屋を案内してくれ」
「屋敷の見学、ですか。しかし、急に言われましても、準備が」
「屋敷を見学するだけだ。なんの準備がいる」
「いえ、散らかっている部屋もあるので、王族の方を中に入れるのは些か抵抗が」
「構わぬ。ともかく案内してくれ」
「……はい」
メルトは渋々といった感じで、王子を中へと入れた。
中に入ると、会話を聞いていたのか、エラとアイシャと名乗る女性とトーラが出迎えた。
「王子様、改めましてセロイド家へようこそお出で下さいました。家族一同、歓迎致します。ただ、急な訪問ということもあり、少し片付いてない部屋などもありますが、ご勘弁下さいませ」
「構わない、では1部屋1部屋案内してくれ」
「はい」
トーラはすました顔を保ちながら、二階から順に案内した。
一階と二階を一通り説明して元の場所に戻ってくる。すると、以上でございます、とトーラが案内を終えた。
「ありがとう。しかし、先ほど案内されたときに、1部屋案内してもらってない部屋があったようだが」
王子が鋭く突っ込んだ。
「ええ、あれは部屋というよりかは物置でして、片付いていない具合が他とは比べ物になりませぬ。埃っぽいですし、王族の方を入れるのは流石に出来ませぬ」
トーラはつらつらと言う。淀みなく、感情が読み辛いその口調は、何かを隠しているようには聞こえない。
「構わぬ、見てみたい」
しかし、王子は引かなかった。オーナーの言う通り、地下に本物のアイシャがいるのだと、逆に確信する。
「こればかりはすみませぬ。お見せ出来ません。高く積み上がった物が倒れてきたりしたらことです。責任が取れませぬ」
「構わぬと言っている。責任は問わぬ。安心せよ」
「いいえ、こればかりは王子様が良いと言っても国王様が黙ってないでしょう。責任が取れぬ以上ご案内致しかねます」
トーラは焦ることもなく当然のことのように言う。
「そんなに私に隠したい何かがそこにあるのか」
しかし、王子は隠されれば隠されるほど疑いを強めていく。何より王子には確信めいたものがあった。仮面舞踏会には入れるのは上流市民のみ、その上流市民は全部調べている。唯一の漏れがあるとすればこの家だけなのだ。それにあの絵とオーナーの言葉である。絶対にここにいると言っても過言ではないのだ。
「もう家は案内しました、どうぞお引き取り下さい」
トーラは丁寧に、しかし強くそう言った。
「わかった。そこまで言うなら自分で行く」
王子はそう言って、一人で地下を探索することにする。すると、トーラ達が目の前を遮ってくる。
「どけっ」
「お引き取りを」
無理矢理割って入ろうとする王子を押し退けるように抵抗するトーラ達。従者も王子の手助けのためでばり、ちょっとした乱闘みたいになっていた。
「そいつらを縛り上げろ」
当然数でも勝る王子側が場を制圧する。こうして王子はようやく地下へと探索する。地下へ続く扉を開くと、下の方から、すすり泣くような声が聞こえてきていた。王子は自然と足を速めていく。
「シンデレラ、いや、アイシャ、そこにいるんだね」
扉の前に立った王子がはっきりと聞こえてくるすすり泣きに向かって言う。しかし、返事は返ってこない。
「今助ける」
王子は鍵を壊して扉を開けた。すると、柱にぐるぐる巻きにされ、口をスカーフで隠されたアイシャがそこにいた。
「今縄を解く」
王子はすぐさまに縄を切り、スカーフを剥がした。すると、アイシャは布を吐き出した。
「ラッセル。王子様なの。ありがとう」
アイシャは王子に抱きついて安堵する。王子はそんなアイシャはお姫様抱っこで抱えた。
「君にまた会えて良かった。もう会えないんじゃないかって不安だったんだ」
そう言いながら、階段を上がっていく。
「結婚してくれるね」
王子が優しい微笑みを浮かべる。アイシャは改めて告白されて、舞踏会での出来事は本当のことだったのだと思い知る。
「はい」
アイシャは、快く返事をした。
「でも、どうしてここがわかったの」
入り口にさしかかったときに、アイシャがそう尋ねた。
「それは、下町にいた酒屋のオーナーが君のことを教えてくれたからだよ。ほら、あそこにいる」
王子が指す方向には、オーナーが心配そうにこちらを窺っており、こちらに気付くとニヤリとアイシャに微笑んで去っていった。その姿を見て、あの時の魔女だと思ったアイシャは王子に下ろしてもらい、去りゆくオーナーを追って呼び止める。
「魔女さん待って。ありがとうございました」
アイシャがお礼を言うと、魔女はどこか居づらそうであった。
「いいんだよ。あんたが幸せになってくれたならね」
そう言うと魔女は去ろうとする。
「どうして私を助けてくれたの」
しかし、アイシャは呼び止めて離しません。
「わんわん泣き叫ばれたら、うるさくて眠れないからさ。気分だよ」
魔女は後ろ向きのまま言った。
「嘘つき」
アイシャのその言葉に魔女はビクッと身体が跳ねた。
「うん。どうして嘘なんだい」
しかし、声色は至って平然とする。
「声が嗄れて、顔もただれて、何があったかわからないけど、でもわかるの。ヨーキでしょ」
アイシャは確信を持って言った。
「な、何を言っているのかね。わたしゃよくわからんね。誰だいそのヨーキって女性は」
魔女はやはり後ろを向いたまま話す。いえ、実のところ魔女は顔を見られたくなかったのだ。
「ヨーキは私のお母さん。優しくて、なんでも出来る、私の大好きで、大切な生みの親だよ」
「どこでそれを……」
しかし、アイシャの言葉に後ろを振り返らずにはいられなかった。
「ほら、やっぱり……お母さん」
アイシャはヨーキに抱きついてヨーキも恐る恐るアイシャを抱き返す。王子も、事情を察したのか、静かにそれを見守った。太陽が沈む頃、夕日が暖かく二人を染め上げた。




