三、仮面の舞踏会6
一方。少し遡って。
「これだ。ほら、ここにアイシャって書いてあるだろう」
ネヌットが大きな絵を持ってみんなに語りかけた。
「本当だ、これは酷い。こんな絵を描かされるなんて」
ケルトだ。
「これは間違えなくアイシャかい」
ネヌットがヨーキに尋ねる。
「ああ、ああ、そうだよ。間違えなくアイシャだ。こんな辱めを受けているだなんて」
ヨーキが悲しみながら答える。
「ほら、そうとわかったら絵をしまいな。見てらんないよ」
モーリーだ。ネヌットは布で絵を隠す。
「この絵は責任持って私が買うよ」
ヨーキがそう言った。
「それにしても何が起きてるんだ」
ドーキである。
「近々、王城で王子様の披露宴ないし舞踏会が開かれるって噂だ。きっとそれが関係あるに違いない」
ケルトが言った。舞踏会の噂は下流市民の間にも広まっていた。ヨーキは遺言を聞いていたため、それはみんなに共有していたが、トーラのことだから守るかどうかは定かでないことも伝えていた。
何にせよ、あれから5年が経っており、アイシャが逃げ出したときのために遠くから見守っていたのだが、アイシャがなかなか逃げ出さないので、皆して訝しんでいたところだった。
今もなお、こんな辱めを受けて、逃げ出さないアイシャの心持ちがみんなには理解しがたいものだった。
「きっと、アイシャのことだから、セロイド家の血を自分が残すんだとか考えているんだと思う。それで、舞踏会の話を聞いて、なんでも言うこと聞くから、とか言ったんじゃないかな」
ヨーキが推測する。
「つまり、アイシャは舞踏会に出るために必死だってことか」
ドーキが言った。
「それなら、まあ辻褄は合うのか。でも、あのトーラがそう簡単に許すかな」
ケルトが言う。
「この絵を見る限り簡単そうじゃないね」
モーリーが言う。
「なんとかして行かせてあげたいなぁ」
ドーキが言った。
「まだ舞踏会までは時間があるから、なんとか行かせてあげることができるかもしれない。みんなの協力があれば、だけど」
ヨーキがみんなを見ながらそう言った。
「おう、何でもやるぜ、何か案があるのかい」
ネヌットが言った。
ヨーキがみんなに作戦を説明するのだった。
時間が戻って。一方、アイシャは。
叫び、戸を叩く力も無くなり、地下室にへたり込んで嘆いていた。
「どうして、どうしてなの。どうして私の人生は私から幸せを奪っていくの。ヒルド母様もプルト父様も、ヨーキ母さんもそして舞踏会までも奪われた。一体神様は私に何をさせたいの」
「もう諦めてしまうのかい」
急に扉の方から、潰れたような乾いたハスキーな声が聞こえてくる。アイシャは驚いて扉を見ると、閉まっていたはずの扉が開かれ、醜い顔の女性がそこに立っていた。
「誰」
思わずアイシャはそう言った。
「魔女さ。あんたを助けに来たんだよ」
魔女はそう応える。
「私を、助けに」
アイシャは疑問を並べるが、渡りに船である。助けてくれるのならそれに越したことはない。
「ありがとうございました」
そう言って、準備をしようとするアイシャ。
「待ちなさい。どうやって行くつもりなんだい。私が魔法で色々準備するから、そう慌てなさんな」
「魔法で。本当に魔女なんですか」
「ああ、本当さ。試しにあのネズミを馬車を轢く馬に変えて見せるよ。ほーれ」
そう言って魔女が指を立てて、くるくるネズミの方に向けた。するとネズミは外へと走って行く。後を追うと、本当に馬車が外に置いてあった。しかも、その様はまるでカボチャである。
「凄い。本当だ。これはカボチャを変えたの」
アイシャは声を漏らす。
「そうさ。まだまだこんなもんじゃないよ。ドレスも靴も、一式揃えてやるんだからね。こっちへ来な」
アイシャが魔女に付いて行くと、そこは自分の部屋だった。
「ほーれ」
と、入るなり、アイシャの部屋の箪笥に魔法をかける魔女。
「開けてみな」
アイシャがタンスを開けると、そこには艶やかなで美しいドレスとガラスの靴が置いてあった。
「うわー、凄い。これを着ていいの」
「勿論さ」
魔女はアイシャの反応に満足そうだ。魔女はアイシャがドレスを着るのを手伝って、髪の毛もセットする。
「見違えるほど綺麗じゃないか」
鏡に映った姿を確認して、アイシャは頷く。
「うん、私じゃないみたい」
そう言って、くるくるっと回って見せるアイシャ。
「あとはこれだね」
そう言って、魔女は一枚の紙を渡す。
「あっ、これは」
アイシャはそれを受け取った。それは、招待状だった。見ると、ちゃんとセロイド・アイシャの名前が書いてある。
「ありがとうございます、魔女さん」
「さ、準備が出来たなら行くよ」
「はい」
「馬車轢きも用意してやったよ、名前はネヌットさ」
魔女がそう言うと、ネヌットが挨拶する。
「初めまして、ネヌットと申します。アイシャ様ですね。今宵は快適な旅を送れますよ」
「初めまして、ネヌットさん。宜しくお願いします。この方はどこから連れてきたの」
アイシャが魔女に聞く。
「そこら辺の狐を変えてやったのさ、顔が狐みたいだろ」
魔女がそう言うと、何かを言いたそうにネヌットが口をパクパクさせていた。それをアイシャの目を盗んでしーっと魔女はやる。
「さ、お乗り」
「うん」
魔女に促されてアイシャが馬車に乗った。
「さて、アイシャ、ここからはよく聞くんだ。まず、この魔法は一日も持たない。夜中の零時の鐘の音がなったら、急いで帰ってくるんだ。服や靴は大丈夫なんだが、馬車やネヌットの魔法が解けちまう。いいね」
「はい、わかりました」
「それから、もし家族に見つかるようなことがあったら、偽名を使うこと。シンデレラとでも名乗っておきなさい」
「はい、確かにその方が良いかもしれません」
「よし、良い子だ。では楽しんできなさい」
「はい」
アイシャが元気よく返事すると、ネヌットが馬に鞭を打つ。馬がそれに合わせて一鳴きすると、走り出した。日暮れ前の太陽が後押しするようにアイシャを見送った。




