二、プルトの死5
「子ども達は今どこ」
トーラが思案しながら言う。
「はい。アイシャ様は買い物に、テラ様はお見合い中。エラ様は川に遊びに行っています」
メルトが迅速に答える。
「なるほど」
そしてまたトーラは少考し、
「メルト、ヨーキを呼んできて」
鋭くそう指示を飛ばした。
「はっ」
メルトはすぐさまに部屋を飛び出した。もうすぐだ、もうすぐきっとショーが始まる。メルトの興奮は鳴り止まない。
程なく、メルトはヨーキを連れてきた。ヨーキは洗濯物を取り込んでいたところだった。下卑た笑いを浮かべるメルトを訝かしく思いながらも、今のご主人様であるトーラのお呼びということでやってきた。
「はい、何でしょう。トーラ様」
「いえ、そう言えばどうして貴女は家政婦をやっているのかと思って、色々話を聞いてみたかったの」
「私が家政婦をやる理由ですか。そうですね」
ヨーキは少し考える。アイシャと一緒にいたいからだが、それをトーラに知られるわけにはいかない。
「プルト様には昔お世話になったことがありまして、その恩義を晴らすためですかね」
当たらずも遠からずのことを言う。
「ほお、プルト様に。どんな恩があったのです」
ヨーキは突っ込まれるとは思っておらず、少しうろたえる。
「そ、そんなこと聞いてどうするのですか」
「興味があるのよ。教えて」
トーラは悪びれずに言う。
「お金に困っていたときに酒場を恵んでくれたんです」
慌ててこれまた当たらずも遠からずなことを言う。
「酒場を」
トーラは驚いたふりをする。
「どうしてプルト様は貴女に酒場をプレゼントしようとしたの」
そして、更に突っ込んだ。
「さ、さあ。私達はそれまで日雇いでかなり貧乏してたから温情で頂けたのかと」
「それはおかしいわね。酒場なんてそうそう簡単に手放すものでも、渡すものでもないはずです」
じろっと、トーラの目が蛇のようにヨーキの身体を伝う。
「理由があるんでしょう。隠さないで言ってみなさい」
トーラにバレればヨーキはこの家にいられなくなる。言うわけにはいかない。
「知りません。何もありません」
「嘘をおっしゃい」
そこで急にトーラが怒声を浴びせた。ヨーキはびっくりする。
「アイシャを産んだのよね」
そして、また優しい口調に戻る。しかし、内容は優しいものではなかった。バレている。一瞬でヨーキには冷や汗が出てくる。
「何のことでしょう」
ヨーキは一回は知らぬふりをする。
「調べはついているの。観念して言いなさい。アイシャを産んだのよね」
トーラは依然、優しい口調だが、確実にヨーキを追い詰める。
「はい」
そして、ヨーキは頷いてしまう。
「メルト、拘束して」
トーラに命令され、メルトはすぐさまヨーキを拘束した。ヨーキに為すすべはない。腕を後ろで拘束され顔が突き出される。
「どうやって、プルト様を誘惑したの」
トーラに顎を持ち上げられる。
「私は何もしてません。ただあのとき、プルト様は恋に悩んでいました。私はそれを慰めただけです」
ヨーキはプルトの言葉を思い出す。このままではアイシャと離れ離れになるかもしれない。無実だということを伝えなければいけない。
「恋に悩んでいた。どの恋のこと」
トーラは優しく笑っている。目に狂気を携えながら。
「それは、知りませぬ。相手の名前は言ってませんでした。ただ、下流市民の方に恋をしたようだということはわかりました」
「そう、下流市民との恋で悩んでいたのね」
一瞬、トーラの目から狂気が消える。ヨーキは今だと思った。
「私は慰めただけです。自由に恋愛が出来ないなんて、不憫ですねって」
「それでどうしてあなたは抱かれたの」
トーラの目には狂気が戻る。あまり聞かれたくないことを聞かれた。出来れば自分の口からは言いたくないことだが、状況が状況だ。
「これは、後に聞いたことですが、私は利用されたのです。プルト様が政略結婚を破棄するために」
これは、家政婦になるときにプルトから聞いたことだった。その時はショックと怒りでプルトを平手で叩いたものだ。ただ、それでプルトへの想いも吹っ切れたとこがある。
「そう、そうだったの」
トーラは少し考える。また、目から狂気が無くなったように見える。助かったか。ヨーキはそう思った。
「よく喋ってくれました。殺すのは勘弁してあげます。それでも私は許せないのです。アイシャとあなたが。相続の話が出てから、ずっと。アイシャは私と同じだけの財産を得て、あろうことかただの家政婦であるはずのあなたまでもが財産を得て、調べてみるとプルト様の寵愛まで受けていたというではありませんか。これは許されざることです」
ヨーキは無言で聞く。何かをされるようだ。冷や汗が出る。
「二度とこの家に近づけないように、おまじないをしてあげます。きっと、気に入ると思いますよ」
トーラが小瓶とハケを持ってくる。小瓶には何やら透明の液体が入っているようだ。ヨーキは直感的にあれはやばいと理解する。身じろぎするが、メルトに固く拘束されてて、どうしようもない。
「暴れないで。ただお化粧するだけよ。まあ、これは老け薬と言われる毒薬だけどもね。メルト、頭を抑えて」
メルトは空いていた片手を使って、ヨーキの頭を鷲掴みにする。髪の毛まで拘束されて、ヨーキはいよいよ身動きが出来ない。
「やめてください」
「すぐ終わるわ。喚かないで」
そう言って、トーラはヨーキの喉を強く殴る。ヨーキは一瞬、痛みと衝撃で息が出来なくなる。当然、声も出ない。ヨーキは激しく咳込んだ。喉が潰れたようだ。
「それじゃあ、いくわよ」
トーラはことさら優しい口調で、狂気を当てる。ジュワっという音とともに、ヨーキのかすれた悲鳴が響き渡る。ヨーキの喉は潰れたまま変になる。顔は皮膚が爛れてゆき、見るに耐えなくなる。
「もういいわ。離してあげなさい。ほら、水よ。骨まで届く前に洗い流しなさい」
ヨーキは必死になって顔に水を当てる。水が染みて痛いが、それどころではない。
「もう二度とこの家に近づかないこと。もし破れば、次はこの程度じゃ済まさない。良い」
水で酸を洗い流し、落ち着いたヨーキの顎を掴みながら、トーラはそう言った。ヨーキは恐怖で頷くばかりだった。
「醜い顔。とっとと出ておいきもなければ今度は全身に塗るわよ」
トーラが吐き捨てる。ヨーキは慌てて外に出ていった。




