三、再婚7
ヒルドの葬式が終わり三ヶ月が経った頃、プルトはトーラを呼び出した。場所はそう愛の丘である。
「私も随分老けたものだな」
プルトは丘の上でトーラと会うと、一望できる街並みを見てそういった。
「それを言うなら、私も随分老けました。今や二児の母です」
トーラもプルトに合わせて言う。
「私もアイシャの父親だ」
プルトがなぜ今になってトーラをここに呼び出したかは、今のプルトの発言からだけではわからない。トーラはじっと様子を見ることにした。
「懐かしいです。前にプルト様とここに来たのは、まだテラが生まれたばかりの時でした」
もしも、再婚のことを考えてくれているのなら、この話題はちょうど良い物差しになる。
「ああ、そうだったな。セバスに見つかって、引き裂かれたのだった」
引き裂かれたという表現を使った。ということは少しは気にしてくれていると言うことだ。
「今日はどんな御用向きで」
トーラが核心を突く。
「ああ、ヒルドのあの言葉が、ずっと気になっててな」
「あの言葉、と言いますと」
トーラは思い当たらないわけでは無いが、どれのことかはっきりしないので、知るぬふりをする。
「四ヶ月前、君がヒルドのお見舞いに来て、その時にヒルドが起き上がっただろう。その時の言葉だ」
これはトーラも良く覚えている。トーラが見舞いに行ったときで唯一ヒルドが話した日だ。
「ヒルド様の遺言、ですね」
「そう、遺言だ」
そう言ってプルトは天を仰いだ。
「よほど、ヒルドは君を信頼していたと見える」
プルトは天に昇ったヒルドを見ているのだろうか、目を細めるように天を見ている。
「とても、光栄なことです」
トーラは恭しく返事をした。
「うん」
そして、プルトは目を瞑る。その短すぎる一言からトーラは何かを感じた。
「迷ってらっしゃるのですね」
トーラが指摘する。
「うん……。よくわかるのだな」
プルトは目を開いて答える。
「誰でもわかります。プルト様の様子を見れば」
「そうか」
ハハッとプルトは笑ってみせた。
「君はどうなんだ」
重いしっとりとした言葉だ。トーラは自分の気持ちを聞かれているのだと理解した。
「私の心は、私の心は変わっておりませぬ。あの日から」
訴えるように言う。
「したらば、ヒルドは大当たりだったわけだ」
ふふっと、プルトが笑みを漏らす。
「そうですね。でも、諦めようとしていたのは事実です。それだけヒルド様は素敵な方でした」
トーラはあくまでプルトが向けるヒルドへの愛を否定しない。
「私もそう思う。そう言ってくれると誇らしいよ」
「でも今は、そんなヒルド様もいなくなってしまいました」
そして、事実を突きつける。
「そう、だな」
歯切れの悪い回答が返ってくる。
「私じゃ役不足かもしれません。でも、私が貴方の心の隙間を埋めることが少しでも出来るなら、私は貴方のそばにいとうございます」
トーラは祈るようにそう言った。
「うん、ありがとう。嬉しいよ」
プルトはトーラを見て、ニカッと笑って見せる。どこか他人事めいている。トーラはそう思った。
「何をそんなに気にしているのです」
トーラはふとそんな指摘をする。
「ふふっ。それもお見通しか」
プルトは哀愁の漂う笑顔を景色に向けた。そして、顔が締まる。
「いや、なんてこともない。プライドの話さ」
「プライド」
トーラが聞き返す。
「上手く言えないが、私は最初にここで君への愛を誓った。それなのに、その後、それよりも強くヒルドへの愛を誓った。どちらもその時その時で真剣だったし、正直な気持ちをぶつけていた。全身全霊の愛だった」
プルトは一通り言ってから唇の端を噛んだ。
「前者の方はよく存じてます」
トーラはそんなプルトを解放出来ないかと言葉を繋げる。
「ここに来て、また愛を誓うことになると、どうにもやるせない気持ちになるのだ。自分自身が信じれないというべきか」
そこにあるのは焦燥だった。
「私は、私は信じれます。プルト様は真面目な方です。そして、強い方です。でも、私は思うのです。人間は元々弱いもので、愛する人の前では弱さを見せるべきだと」
何も焦らなくて良い。何も苛立つ必要は無い。その先に眠るのは愛なのだから。トーラはそう思った。
「ありがとう」
プルトはそう言って深呼吸した。
「君の弱さは、どこにある。この八年君は強く逞しくなった。まさか君が上流市民になり、僕の前に現れるとは、つゆほども思わなかった」
そして、トーラに向き直る。
「私はプルト様の前では弱い女でしかありません。プルト様がいないと思うと、泣きじゃくるような女です。ただ、同時に母でもありました。テラとエラの母でもあったのです。母として強くあろうとは思いました。それだけです」
どんな思いで生きてきたか、それを説明した。
「そうか、母として強く、か。確かに母は強いものだな」
ブルトは地平線を見る。
「私は、強い父になれるだろうか。テラとエラとアイシャの父親として」
ようやくここまできた、とトーラは思う。ようやくプルトは前向きになった。
「プルト様は一人ではありません。私がいます」
プルトの悩みの全てを受け止めたい。トーラはその一心である。
「そうだな、君がいる。私は一人ではないのだな」
「はい」
「では改めてここに誓おう。トーラ。君を愛すると。あのときの誓いを今、叶えるときが来た。この紅蓮の太陽に誓って私は改めてトーラ、君を愛すると誓う。この想いは全ての闇を照らしてくれるだろう。私はそう、信じる」
久方ぶりの誓いの言葉に、トーラの目頭は熱くなる。
「誓いを喜んでお受けします。トーラ・ノーシス改め、トーラ・セロイドは生涯貴方を支える妻となります」
こうして、プルトはトーラと再婚することになった。
「そんなの、そんなの不公平だ」
「僕は立ち上がった言いました。不公平だと言ったが、何が不公平なのかはわかっていない。ただ、そんな言葉が出てきたのです。他に言葉を知りませんでした」
「そう興奮しなさんな。ただの昔々の話じゃよ」
「魔女が半ば笑いながらそう言いました」
「でも、でも、これじゃあヒルドがあまりにも可愛そうだよ」
「僕はヒルドに感情移入していました。まあ、トーラに感情移入する輩は危ないやつとも言えます。そこのところをいくと、僕はよい子だと言うことです」
「そう思えるのなら、聞かせた甲斐があったというものだ。さ、もうお帰り。日が暮れてしまう」
「魔女がそう言うので外を見ます。すると、確かに日が陰ってきていました。僕は慌てて立ち上がりました」
「また、来るから」
「僕はそう言って走って行く。気持ちの切り替えが早いものだと自分でも思います」
「もう来るんじゃないよ」
「魔女がそう叫ぶが、僕はそのまま走って行きました」




