二、世界で最も強い毒9
「最後に、カーキ殿を呼んで下さい」
トーラがそう言うと、従者がカーキを呼んできた。
「トーラ殿、直接間近で会えたことに感謝します」
カーキは短くそう言うと、深々と礼をした。
「とんでもないことです。私こそ軍の少将様に会えて光栄です。しかし、すでに上流市民であり、確かな地位を持っているナーリャ家の次代当主様がこのような戯れに興味があるとは思いませんでした」
トーラも深々と礼をする。
「戯れなどではございません。家の存続を決める大事な場だと認識しております」
カーキは顔を上げ、トーラを射抜くようなまっすぐな視線を送る。
トーラはその目を見て、少したじろぐ。
「そ、それは確かにそうですが。正直な話、夫をここで決めるとは限らないですよ」
トーラはうっかりと本音を話した。
「んっ。どういうことです」
カーキは眉間にしわを寄せた。
トーラはしまったと思いながらも、それは顔には出さずに続けた。
「え、ええ。私の夫となれるのは、私が思う毒を持ってきた方のみです。該当者がいなければ、私は誰も選びません」
「そういうことでしたか。しかし私もそれには自信がある。私の毒を見て下さい」
カーキはそう言ってパンパンと手を叩いた。従者が運んでくるラックには白い布が被せられていた。カーキが布を取ると、そこには禍々しい色の液体が大量の小瓶に詰められていた。
「これは東の民が戦場で使う毒です。古くは人が狩りに使っていたもので、矢じりに塗ったこれをかするだけでも、たちまち絶命する威力があります」
カーキが淡々と説明する。トーラは小瓶を一つ取り上げ、まじまじと中身を見た。中身はドロっとしている。
「先祖代々伝わる、この毒こそ世界一の毒であると自負しています」
カーキは胸を張ってそう言った。
「なるほど、あなたの答えはわかりました」
トーラは静かにそう言った。
「私は多くを語るつもりはありませんが、トーラ殿貴女に惚れています。救世の女神だと思っています」
カーキの言葉はどこまでとまっすぐトーラを貫く。
「救世の女神。そのこころは何でしょうか」
「ご存知かと思われますが、私は今年で26になります。生き遅れの代名詞です。多忙だったというのが言い訳ですが、中々惚れるような人に出会えなかったのもあります。そんな折に出会ったのが貴女です。一目で惚れてしまいました。漂う気品、噂に聞く賢さ、そして何よりも代え難い美しさ。貴女は全てを持っている。貴女に出会えたことに感謝したい。そして、是非私の妻になって欲しい」
嘘偽りのないまっすぐな言葉がトーラを射止めんとする。
「とても嬉しいです。こんなにまっすぐで熱い言葉を聞いたのは初めてです」
トーラは少し赤くなって恥じらう。
「ただ、思うのです。どうして貴女はこのようなものを望むのかと。こんなものは貴女には似合わない」
カーキの目には自分の持ってきた小瓶が映っている。
「そうですね。そうかもしれません」
トーラはポツリとそんな言葉を漏らす。
「でも、もう戻れないのです」
そしてさらに小さい声で、トーラにしか聞こえない声でそうとも呟いた。
「今、何と」
「貴方に会うのがもっと早ければ、きっと運命も違ったのでしょうね」
これまた、小さい声でそう呟く。
「えっ」
「お戻りください。結果を言います」
今度は大きな声を出す。耳を澄ませていたカーキは急な声に驚いてしまう。
「えっ、あっ、はい」
トーラがボソボソと呟いた言葉はそんな言葉だったろうかと、カーキは首を傾けながら部屋を後にした。




