一、再会3
ラルフがいつもの通りに仕事を終え、帰り道につくと、一人の女性が街を見ながら立っているのに気付いた。
「おい、そこのあんた。どうしたんだい、こんな時間によ」
辺りはもう暗くなってきていた。今から帰るのは少し危険が伴う。夜の山はとりわけ暗く、道に迷いやすいのだ。ラルフはそれが心配で声を掛ける。しかし女性は返事は疎か、振り返ることもしないのだった。ラルフはまあまあ大きな声で言ったつもりだったが、聞こえなかったのかもしれない。そう思って少し近付いて更に大きな声を出してみる。
「おい、そろそろ帰らねぇと日が暮れちまうぞ」
かなり大きな声を出すと、木霊が遅れて聞こえてきた。しかし女性はウンともスンともしなかった。おかしいなと思ってラルフは側まで近付いてみることにした。すると、女性が何かぶつぶつと言っているのが聞こえてくる。
「プルト様。ご覧になって下さい。今、空は太陽に焦がされて、赤く燃え上がっています。 もうじき、燃えて消し炭のように黒くなっていくでしょう。私達を燃やす愛も、薪をくべなければ同じく消し崖になってしまいます。その火が燃え尽きた時、私達は星となってあなた様を見守ります故、どの星が私達であるかをお探し下さい。私達の子のテラは良い子です。今は静かに眠ってくれています」
ラルフには詳しい事はわからなかったが、何やら身投げの意志があるのはわかった。そしてよくよく見ると女性は赤ん坊を抱いている。これは一大事だとラルフは止めようとすると辺りが暗くなるのと同時に女性が歩き出し始めてしまう。ラルフは急いで肩を掴んだ。とても小さい肩だった。
「お嬢さん。何があったか知らねぇが、まだ先のある赤ん坊を道連れにするのは頂けねえな」
「お離し下さい。もう私にもテラにも未来はないのです」
女性はひどく抵抗した。そのため、ラルフは腰の当たりを掴み直すことにする。赤ん坊が泣き出し始めた。
「おぎゃー、おぎゃー、おぎゃー」
「人が人の生死を決めることには賛成出来ねぇ。そんなに死にてえなら一人で死ね。その子は俺が引き取ってやる」
ラルフはそのまま力ずくで引っ張りあげる。
「離して下さい。お望みなら赤ん坊は差し上げますから」
トーラは腰を持たれているので前へ進めない。それどころかこのラルフがなかなか力強いときている。
「あんたそれ本気で言っているのかい。俺はおしめの替え方もろくにわからんのだぞ。それに俺の望みはあんたら二人が死なないことだ」
ラルフは今度は肩を腰に当て、そのまま二人とも一緒に抱き上げると、丘の上に持って行く。
「離して下さい。下ろして下さい。今の私に生きる希望はないのです」
トーラは足をバタバタとさせて降りようとするが、ラルフも負けじと運んで行く。涙がハタハタと飛び散った。
「せめて事情は聞かせてもらう。何も知らずに放っておけるか」
ラルフはそう言って、丘の上にやっとトーラを降ろすのだった。ぜいぜいと息を切らしている。トーラはへたり込み、赤ん坊と一緒になって泣いていた。
「一体どういう事情なんだ」
ラルフは少し息を整えてから言った。
「プルト様と、プルト様と会わせて下さい」
トーラは絞り出すようにそう言った。ラルフはあんまり頭を使うのは得意ではなかったが、それが恋によるものだということはわかっていたので、その言葉から色々類推してみる。
「つまり、その······プルトっていう上流市民と恋に落ちて、邪魔が入って身投げしようとしたってことか」
右に左に頭を揺らして考えついたことだった。トーラは泣くのをやめて顔を上げる。
「どうして、わかるのですか」
どうやら当たったらしい。
「そりゃ詳しいことは知らねぇけど、上流市民と下流市民が結婚出来ないことは知っている。身投げしようとするくらいのことだから、それくらいのことじゃねぇかと思ってよ」
ラルフは少し当たったのが嬉しくて、考えを発表した。すると、トーラは俯いて、赤ん坊を宥め始める。
「そりゃ詳しく聞かねぇとわからねぇけども、一つだけ言えることはある」
ラルフがそう言うと、トーラはもう一度顔を上げた。
「それは、なんですか」
「死なねぇことだ。死んだら元も子もねえ。生きてりゃ何か方法はある。絶対だ。死んだ親の受け入りだ」
トーラはそれを聞くとポツリと漏らした。
「生きていれば何か方法はある」
考え込むように呟くトーラを見て、ラルフは言葉を掛ける。
「なあ、一先ず話してみてくれないかい。俺は頭は悪いけど、それでも無い知恵絞って一緒に考えるからよ」
ラルフが手を差し出すと、トーラはその手を少し見つめた。そして、しばらく見つめた後、その手を取って立った。
「わかりました。話させて下さい」
「ああ、ありがとよ」
そう言って二人はラルフの住む山小屋に行くのだった。 ラルフはトーラの話を聞くと、宣言通り無い頭を捻って考える。




