三、アイシャ誕生4
主人公がまだ一言もしゃべってないのは秘密。
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ブルトは家に帰ると、ヒルドの部屋へ向かった。部屋に入ると、巡回で来た医者がちょうど帰る所だった。
「様態はだいぶ落ち着きましたが、まだ無理はさせないで下さい」
医者がそう言って帰っていった。プルトは部屋で見送って、そのままボーッとしていた。
「お部屋でお休みにはならないのですか」
ヒルドが見て声をかける。
「ああ」
プルトは返事のあと一歩だけヒルドに近付くが、それ以上は動けなかった。
「どうしたのですか。 私は今日はここから動けませんが、街娘ならお好きに呼んでも構いません。次は負けませんから」
ヒルドが起き上がってそう言った。
「いや違うんだ」
そう言って二、三歩更に寄る。
「今日は街娘は呼ばない」
そしてボツリとそう言った。
「そうなんですか。それだけでも嬉しいです」
ヒルドはニッコリ笑った。プルトはその顔を見ると険しい顔になり、俯いてしまう。しばらく沈黙が続いた。
「星空を見に行きませんか」
その様子をじっと見たヒルドはそう声をかけた。
「身体は良いのか」
プルトがそう言う間にも、既に起き上がっている。ヒルドは大きな伸びをした。
「これでも武家の娘ですから、少しは身体も動かさないと」
そう言って、プルトの手を取ってリードした。プルトは手を握られて、こんなにも小さく柔らかく力強い手をしてるのだな、と思った。
「見て下さい。星がたくさん輝いています」
夢見るような目でヒルドは満天の星空を仰ぎ見た。プルトも久方振りに見る満天の星空に声が漏れる。そのまま二人で散歩をする。しかし、いつしかプルトは上を見るのをやめて、目の前の闇を見ていた。
「私は、私はどうすればいい」
プルトがボツリと漏らす。ヒルドは繋いでいる手を両手で持ち、目の前に立ち塞がって視界を遮ぎった。
「お望みのままに思いきり。思いきり進んで下さい」
ヒルドは祈るようにしてそう言う。
「あの夜空を見て下さい。たくさんの星が輝いています。たくさんに輝く星がある中で、一番輝いているのは何だと思いますか」
「それは・・・・・・月ではないかな」
夜空で一番大きなもの。それが月だ。今日は何故だか見当たらないが、普通はそうだと思う。
「今日は新月みたいですね」
ヒルドは寂しそうに言う。
「そうです。月です。月が最も輝いてます。そして私が人生で見つけた月は、貴方様です。プルト様」
プルトはヒルドの目を見た。その目は美しく輝いていた。
「私は罪深い男だ。一人の女性を愛したのに、家に反発するという理由だけで一人の女性を身籠らせた」
プルトはヒルドから目を背け、闇を見つめる。
「その上、結婚をすると、妻には見向きもせずに、街娘と戯れ続ける日々。遂には妻が心労で倒れた」
ヒルドは静かに聞いている。
「それでもトーラへの愛は消えない。と、思いたかった」
プルトは夜空を見上げてみる。
「私にとっての月はトーラのはずだ。ただこうして月が闇に覆われると、何が何だかわからなくなる」
手を掲ざし、月を探し始める。
「トーラも恋しい、赤ん坊も愛しい、ヨーキも素敵な女性だ。そして君も、私をこの上なく愛してくれる」
そうしてヒルドを見た。
「私はここ一年以上、たくさんの罪を犯したようだ。許されざる罪もその中にはたくさんある。私は許されない男だな。許されてはいけない男だ」
プルトは目を瞑り、顔を伏せた。ヒルドが手を胸まで持っていく。
「吾、新月の下に汝を許す。新月とは何とするか知っているか。新月とは闇を示す言葉ではない。迷う者を魔に引きずり込むものではない。新月とは、太陽の名の下に、新しい月を生み出すものなり。罪を許し、迷う者を前に向かせるものである」
ヒルドが目を瞑りながら、そう言葉を唱えた。プルトは涙が出てくる。
「汝が家の垣根を越える罪を許す。汝が女を堕とし入れた罪を許す。汝が妻があるのに娘と遊ぶ罪を許す。汝は月の下に許される。ただ一つ。新月を見よ。真月を見よ。真の月を見るのだ。見付けるのだ。一番輝くは誰なのか。生きるものには幸あらん。新しい月に出会うのだ」
プルトは涙が止まらなかった。目の前が滲んで見える。ただその涙を拭こうとは思えなかった。全てを流しきりたい。この新月の下に。
「もしそれでも、私を選んで下さらないなら。私は形ばかりの妻となり、旅に出ましょう。それをお許し下さい」
どうやら彼女はどこまでも自分を好きでいてくれるようだ。プルトはそう思った。正直ヒルドの愛を心から信じたことはなかった。ナーリャ家にはセロイド家が必要で、だからこそ自分を選んだのだと、選ばなければいけない部分があったのだと、そう思っていた。しかし、目の前の娘は心から、純粋に自分を好きなのだ。振り向いて欲しいのだ。その身を全て捧げても。それに気付いた時、自分のトーラへの愛など、ちっぽけなものだな、とプルトは思った。
「私はどうやら見付けたようだよ。本物の新月を」
そう言ってプルトはヒルドを抱き寄せた。
「今まですまなかった。 もっと早く気付いていれば」
「私は今、報われています。これから共にたくさんの幸せを築きたいです」
プルトには肩が濡れていくのがわかった。本当にすまなかった。心の中でそう念じる。
「もちろんだ」
それでも言葉は前向きに、未来へ向かって進ませた。この日、この夜、この場所で、プルトは永遠の愛を誓った。
「魔女がそこまで話し終えると、目の前にたくさんの光が見え始めました。遠くからうっすらと声も聞こえてきます」
「ちょうど良いね」
「魔女が言いました」
「もう一人で来るんじゃないよ」
「そう言って魔女がスッと森へ消えて行きます」
「あ、ありがとうございました」
「僕はそう言ったのだけど、魔女の返事はありませんでした」
「ヘンテルー、ヘーンテール」
「明かりを置いて行っています。あの暗い森の中を明かりをなしに移動出来るのだろうかと心配になりました」
「ヘンテルー」
「とにもかくにも僕は明かりを持って皆の元へと戻るのでした」




