三、アイシャ誕生3
「失礼、お名前を聞いて良いかな」
ホープは自分のペースでビリーに聞いた。
「俺はビリーだ」
「ビリーさん。計算は得意かな」
ホープが不思議な質問をする。
「俺は得意じゃねぇが、こいつなら出来る」
ビリーがヨーキを顎で指した。
「ふむ、お名前は」
「ヨーキです」
ヨーキは控えめな様子で応えた。
「53+38は」
「91です」
「91-17-25は」
「・・・・・・49です」
「13個入りのリンゴの箱五つでリンゴはいくつ」
「65です」
「125個のジャガイモを一ダースの箱に分けるとどうなる」
「十の箱がいっぱいになって十一個目の箱が五つ埋まります」
「ふむ、合格だ」
ホープはそう言って笑顔を向けた。
「一体何やってんでぃ。嫁入りテストか」
ビリーが聞く。
「いや、少しね。ケルト、ここの平均の売り上げを教えてくれ」
「一日当たり3380ポンス(パン一つが5ポンス)です」
ケルトがすぐに答えた。
「おいおい、だから一体何の話をしている」
目の前で起こっていることが理解出来ずにビリーは喚いた。
「この店を君に譲ることにするよビリーさん。一月十万ポンス稼ぐ店だ」
「じゅ、十万ポンス」
その額を聞いてビリーはひっくり返りそうになる。一方ケルトは不安な顔をしている。
「ケルト、君にはまた一つ酒場を経営するからそちらに移ってもらう。それが出来るまでに引き継ぎを済ませておいてくれ」
ホープがそう言うと、ケルトは安心した。
「これでどうだろうか、ビリーさん」
頭が追いつかないビリーに改めてホープが聞いた。
「あ、ああ。そこまでしてくれるんなら俺は構わねぇ。ヨーキはどうだ」
「はい、私も子どもの面倒と生活の憂いがないのであれば」
ヨーキが控えめに言う。その時ちらっとプルトを見た。がすぐに目を落とす。
「ああ、いや、その件だが。子どもは引き取らせてもらいたい」
ホープが少し済まなそうにそう言った。
「どういう事でしょう」
ヨーキが目を丸くしている。
「何、簡単なことだ。君はまだ若い。まだ将来がある。それが子連れでは大変だろう。それに子ども一人分の生活代が浮けば、そちらも助かるだろう。後はこちらのメンツの問題だ」
ホープが説明する。プルトにはその意味がわかっていたが、ヨーキ達にそれがわかっているかは疑問だった。
「そういうことなら、な」
ビリーがヨーキに聞いた。やはりわかっていないようだ。
「承諾すれば、一生会えなくなりますよ」
プルトが忠告する。そう言われて二人はようやく気付いた。
「プルト、黙っていなさいお前は。お前のためにやっていることだぞ」
ホープが圧を掛ける。
「毎月十万ポンスと娘の将来を取るか、今の生活を取るか、ですよ」
そして、ホープが言い直す。二人は色々イメージしてみた。二つの選択の後の状況を。お金があれば幸せに暮らせる。しかし、なければいつ死ぬかわからない生活をする。
「俺は・・・・・・、酒場を取りてぇ」
ビリーはそう言った。
「私は・・・・・・うっ」
と、急にコーキのお腹が痛み出す。 ヨーキから水がポタポタと落ちている。
「子どもが産まれます」
全員が顔を見合わせた。プルトがすぐに指示を出す。
「セバス、産婆の手配を早く 」
「産婆ならアメリーに頼んでいる 」
「産まれる―」
「馬車で病院へ連れて行った方が早い」
「馬の準備、出来ています」
「アメリーの家の方が近い」
「どこですかそれは」
「プレイス通り、343番地」
「わかるかセパス」
「すみません。夜だとわかりかねます」
「よし、プルトと私がヨーキを乗っけて行く。ビリーさんは申し訳ないが徒歩でお願いする。行き先は病院だ」
「仕方ねえ」
「ヨーキさん、もちますか」
「・・・・・・はい」
各々が各々の思いで発言する。結局行き先は病院となった。馬車が急いで駆けて行く。 病院に着くと、すぐにヨーキを処置室へと運ぶ。繊細でプライベートな作業なので、男性陣は、外で待った。時々、ヨーキの苦しむ声が聞こえてくる。
「ことにヒルドの事だが」
またビリーが来ぬうちに、と言った感じでホープが切り出す。プルトは一瞬目を合わせて、視線を落とした。
「ああ」
「結婚した以上生涯の伴侶はヒルドだ。あまり苛めるなよ」
ホープはあまりプルトにかけ過ぎずに言った。
「・・・・・・ああ」
プルトは応えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、赤ん坊はどうなった」
ビリーが駆け付けてくる。
「おぎゃー、おぎゃー、おぎゃー」
産ぶ声が響き渡り、処置室の扉が開かれた。
「元気な女の子です。お父様はどちらですか」
看護師にそう聞かれると、三人とも顔を見合わせ。その視線はプルトに集まった。プルトが中に入って行く。
「抱いてあげて下さい」
看護師に渡されて、プルトは抱かえた。珠のように可愛い女の子だった。
「アイシャ・・・・・・」
プルトが呟く。
「アイシャ」
処置室で横になっているヨーキが聞いた。
「たくさんの人に愛されて、たくさんの人を愛する者。その意味を込めてアイシャ」
プルトは誰に言うでもなく、赤ん坊を見つめながら言った。赤ん坊は喜んでいる。
「良い名ですね。アイシャ。その子も喜んでいるみたい」
こうしてその赤ん坊はアイシャと名付けられた。
「アイシャ、良い名だな。ただヨーキさん。その子に会えるのは今日までだ」
ホープが中に入ってきた。一瞬扉の奥に見えたビリーは俯いている。
「この子はセロイド家が受け取ることになった。今のうちに別れを惜しんでくれ」
ホープはプルトに赤ん坊をヨーキに返すように促がした。
「良いのです。そのまま連れてって下さい。抱けば嫌になります。未練が残りますから」
プルトは何も言うことが出来ずに、看護師に渡した。
「酷なことだが、出生記録にはつけないこととする。その方がヨーキさんにとって都合が良い。何もなかったこととして、これからを生きて欲しい。当然プルトとのことも忘れてくれ」
そう言ってホープは看護師と共にその場を去った。
「すまない。僕の一夜の過ちのせいで」
プルトは深々とヨーキに頭を下げた。
「・・・・・・何のことです。そもそもあなたは誰なんですか」
ヨーキが啜りながら怒って言う。 プルトは一瞬驚いたが、すぐにその意味がわかった。
「すまない」
そう言って出て行くと、出た瞬間にヨーキの大泣きが響いた。ブルドは目を瞑って静かに病院を去った。
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