男を落とす女神を落とす男~落とし神は恋愛に興味のない男を落としたいのに逆に落とされそうになっている~
慌てるな!この短編は落とし神の罠だ!
この地には数多の男子を落としてきた女神がいました。その女神に落とされた男子は彼女のことを『乙女神』とその美しさを讃え、またとある時は『落と女神』とその男を落とす様を崇めていました。そして落とされた男子は告白をしようとしますが、未だ成功者はいないようなのです。
『彼女にかかれば1週間の内に攻略される。』
そんな噂も広まるほどです。では質問をしましょう。
『もしそれが逆の立場になったら?』
『もしその女神がある男を落とそうとして逆に落とされようとしていたら?』
もしそんな時、私たちは一体どんな思いを抱くだろうか?嫉妬、羨望、応援等といろいろありますが、これから話すのはそんなレベルを超えたプライドと意地をかけた戦いである。ルールはただ一つ。そう、たったシンプルな以下のルールで勝敗はつく。それは
『落とせば勝ち。』
なのである。
◇◇◇
「今日も設定した時間より10分早く起きてしまった。」
今朝はピピピッというアラーム音とともに起きず、10分というボーナスを残して目を覚ました。アラームの設定時間を延長して二度寝でもしようかと一瞬思ったけれど、そこは気合で何とか乗り切った。
何故かと言えば、僕が学生寮で暮らし始めて早1年の学生で、親の手を借りずに登校に間に合わなければならないからだ。それに僕は二度寝を決めて、1限目をすっぽかしてしまった苦い経験がある。体がそれを染みこんでしまったのか、この日以降は二度寝をしないように努力をするようになった。
制服に着替え、いつものように寮の入り口の自動販売機でブラックコーヒーを買っていると後ろから声がかかる。
「よう、親友。」
「おはよう。西村くん。」
「今日も相変わらず寂れた顔をしているな。」
「一言余計だ。」
彼は西村慧。僕こと東山桂馬の数少ない学友の一人だ。いや、現時点での唯一の友人である。
彼とは入学式の時に学校に遅く残った時に昇降口で知り合い、そのまま話が合ってからの付き合いだ。
「それで数学の所なんだけど」
僕達は通学路を通りながら他愛もない勉強話をする。僕達は勉強好きという特殊な趣味を持つ者達で、言うなれば趣味が合ってできた2人組だ。周りからはよく変人と呼ばれるが、僕にとっては勉強に没頭できる時間、そして愚痴を言い合う程の友さえいれば良いと思っているので気にはしていないし、それだけで充実した学校生活を送っていると自負している。
しかし、親にそのことを話すと
『この調子で彼女ができるかなぁ~。お父さんは心配になるよ。』
『私たちは高校で知り合ったのにねぇ~。』
『はっはっはっ。廊下で食パンくわえながら俺の胸にダイブしてきたのはどこの誰だったかな~。』
『いやんあなたぁ~。』
と何故かイチャイチャし始める。いや、高校生の時点で恋愛とかは早すぎる。よしんばなったとしても、進学や就職で遠距離恋愛になる危険性がある。最悪、自然的に消滅とかなったら一生もののトラウマだ。そもそも恋愛については今まで興味を抱いたことはなく、これからもそんなふうに過ごしていくだろう。恋愛よりも優先してしまうものがある限りは。
「ああ、そういえば今日は我が南海高校に転校生が来るらしいぜ。」
だが今日は勉強の話以外にもトピックスがあるようだ。僕はこれでも情報収集に乏しいアナログ派で、ノートや本なら僕が一枚上手だが、西村は逆にデジタル派で、彼はインターネット関連についてはこの学校の右に出る者はいない。そんな彼は最新の情報を一番にゲットする情報収集力を持ち合わせている。どうやってその収集能力を獲得したかは僕の中での永遠の疑問点である。
「転校生?こんな6月の微妙な時期に...。」
「な?謎だと思うだろ?俺の情報の中ではまず珍しい転校例だ。と言われても、その転校生は俺たち男子高校生ならば誰しも知っているアイドルなんだけどな。」
「興味ないね。」
「アナロガーは恋愛につれませんなー。俺をも落とす女神様だってのに。ま、告白して玉砕したけれどな。あれはビターチョコレートくらいの苦い青春の一時だったぜ。」
あの西村をも落とすならば、それはそれは美しい女神様なのだろう。しみじみと過去の世界にと飛び立つ親友を見つつも、自分にとっては縁もゆかりもない話として僕の頭は処理していった。
「そんなだから、みんなに『お前の彼女はシャーペンシル』なんて言われるんだって。」
「だから一言余計だ。僕はいたってノーマルだ。余分な情報を付け足さんでもよい。」
梅雨の降る横断歩道を渡り、僕達は学校の門を通る。木製の板は梅雨の雨水で濡れ、上履きのような水に弱い靴は下手をすれば水気を帯びてしまう。今日一日はテンションがどことなく下がる一日を予感しそうなものだった。
「転校生はあの乙浜からだぜ。」
「マジかよ!?隣町の有名校じゃねぇか。」
「しかもあの女神様だそうだ。」
「ヒャッハー。俺、今日の授業が終わったら告白するぜ。」
「やめとけ。やめとけ。あいつは高嶺の花すぎるんだ。」
「そうかな。やってみなきゃ分かんねぇぜ。」
「乗るしかない このゴッドウェーブに!」
今日の学校は一時的なお祭り騒ぎだった。あっちにいってもこっちにいっても転校生の話だらけだった。珍しい出来事に舞い上がってしまう気持ちは分からなくもない。
しかしだ。出来るならば教室の扉の前で陣取るのは止めてほしい。女神様を拝みたい気持ちはやまやまだと思うが、ご通行の方たちの意志を可能な限りでいいので汲み取ってもらいたい。
僕達は何とか興味半分下心半分の人垣を越えていつものように席へとこぎつける。周りを見ると、男子で構成された垣根とそれを見てヒソヒソ話をする女子、そしていつものように駄弁る僕達と3つに分かれていた。
「そもそもなんでこの学校に転校するんだ?正直に言って、ここは乙浜とあまり違いはないぞ?」
「情報によれば女神の祖父が介護センターへと預けられ、そしてそれを機にこの町へと移り住んだとある。まあ、一番近い学校が乙浜から南海へと変わったからだと予測できよう。」
「お前はどこまで知っているんだよ?インターネットにしては詳しすぎるだろう。ストーカーでもしてんのか?」
「ちげーし。未練なんてないし。そもそもお前がインタ-ネットの情報網の規模が分かっていないだけだっしー。」
分かったからヘドバンと声色を高くするのをやめてくれ。果汁ではない代わりに雨水が飛び散るから。
ピチャッ!
そんな僕の思いも親友に届かず、飛び散った雨水が僕の机を濡らしていく。おい、ノートが濡れて駄目になるだろう。親友なら、僕が嫌いなことくらい分かっているはずだと思うけど。
「西村くぅぅぅぅぅぅぅんッ...」
「すんません。調子に乗ってマジすんません。」
西村は即座に申し訳ない顔をしての謝罪とともに、ハンカチで僕の机の上を拭いていった。確かに勉強については意気投合するし、これでも1年の付き合いだ。でも、去年にかなりの回数で面倒ごとに巻き込まれているんだ。その原因も大体は西村である。
チャイムが鳴り、西村が僕の机を拭き終わると人垣が崩れる音が聞こえる。
「席につけ、男子ども。」
担任の先生が僕以外の男子(西村も含む)に着席を促す。それだけでお祭り騒ぎは消え、今度は担任の先生の方へと耳を傾き始める。よほど、転校生のことが気になるだろう。女子はそんな男子達を見て呆れているけれど。
「急な話かもしれないが、転校生が来ることになった。しかもこのクラスにだ。」
「「「我が世の春が来たぁぁぁ!」」」
随分遅い春だ。もう4月は過ぎているのに。後、うるさい。
「静かに。では転校生、入ってきて。」
担任の先生の言葉とともに扉が開くと、そこから後光みたいに眩しい女子高校生が入室する。流れるようにたなびく黒髪にリスのような愛らしい表情。容姿もとびぬけていて淡麗な様を見ただけで充分に見せつけられる。これに文武両道なんてつくんだ。確かに女神と通称をつけられても不思議ではないだろう。
「乙浜高校から転校してきました。早乙女愛莉です。至らない点もありますがその時はどうぞよろしくお願いいたします。」
小鳥のような可愛らしい声で自己紹介を行い、ヒマワリのような笑顔を向ける。たったそれだけでクラスは歓喜に包まれる。いや、クラスだけでなく隣のクラスまでもがそうなっていた。
(チョロいね、男子達は。...一人を除いて。)
一瞬、愛莉がスイセンのような笑顔に切り替わる。男子や女子はヒマワリに気を取られて気づいていないが、僕はハッキリとその笑顔を感じ取った。そしてさっきまでなかった警戒レベルを僕は引き上げていく。
彼女は女神様のように輝いているが、一方で心の奥に何かを隠している。白きその容姿も完璧なスペックも秘めた彼女の中に黒き何かを秘めている、と。
「ああ、眩しい。眩しいよ愛ちゃん。」
西村は駄目だ。完全にとろけてキモイ顔になってやがる。やっぱりお前、ストーカーしているだろ...。
「そんなわけねぇじゃん。」
西村は熱血顔でツッコミを入れてくる。いや、僕はまだなにも言っていない。そして声量を下げてくれ。
愛莉の自己紹介が終わると、男子による質問タイムが始まる。転校理由、好きなタイプ、嫌いなタイプなど私欲がほとんどな質問もそつなく愛莉は答えていく。回答の内容もその振る舞いも完璧で、それが好感度へと変換されていく様子が一目で分かる。隣のクラスからも参戦しているのは目をつぶるけれど。
(ウフフフフ。)
男子の好感度を順調に勝ち取っているからか、愛莉の笑顔がどんどん良くなっていく。皆はヒマワリを見て女神様と戯れているが、僕はヒマワリの陰に隠れているスイセンに気づいているからか反比例的に警戒レベルを上げている。
「質問したいのも山々かもしれないが、授業時間を変えるわけにもいかないからな。自己紹介時間はここまでだ。さて、愛莉さんの席だが」
「あの席にして下さい。」
担任の先生はキョロキョロと教室を見回すが、間髪入れずに女神様が座りたい席を指名した。男子達の羨望の眼差しが突き刺さり、後ろの席にいる西村はニコニコしている。
空席はこの教室内で3つ。廊下側、中央、そして窓側。彼女はそれらのうち、窓側を指さしていた。僕の左側には席がなく、変わりに窓がついている。そして隣は空席で、窓の反対側には無人の机が置いてある。
もうお気づきかもしれない。窓側の空席の場所は、僕こと東山桂馬の隣である。
「よろしくね。」(君が一番の難関かな?でもすぐに落としてあげるからね。)
僕の隣にある席から声がかかる。その声は幾万の男子を聞くだけで虜にするが、僕にはなぜか妖しい囁き声として耳に響いてしまう。
だが残念。もう一度言うかもしれないが、僕は高校時代を恋愛で過ごすつもりはない。あくまで高校は勉強をする場として僕は通しているのだ。もし僕が隣の女神様に落とされた場合、確実に高校時代が恋愛で塗りつぶされてしまうだろう。あの親の遺伝子をついでいるのだ。一度落とされたら二度と戻ってこれない危険性だってある。だからこそ、僕は誓う。
『女子に落とされることも恋愛感情を抱くこともなくこの南海高校を卒業する!』
と。
◇◇◇
一方、愛莉は最難関な隣の席の男子をどう攻略するかについて分析していた。
(まず彼を攻略するには恋愛のれの字を思い知らせる必要があるわね。その証拠に彼は視線を私からそらしたりなんてしていない。照れや恥ずかしいという感情を抱いていないのかしら?)
先ほど彼女は軽く挨拶をすることで彼に先制攻撃を仕掛けた。なぜなら、人の顔には色々な情報が詰まっているからだ。視線の動き、口角、素振り、呼吸。それらは間接的に相手の心情を読み取る重要なファクターとなる。彼女はこれらをファクターに今までの攻略の経験を織り交ぜることで、男子を悉く落としてきたのだ。
(自己紹介でこのクラスの男子達のレベルを測ってみたけれど、この男だけは明らかに私に興味を持つ素振りを見せなかった。はっきり言って屈辱だわ。)
しかし隣にいる男子、東山桂馬だけは何事もないように自分の攻撃を受け流していた。数多の男子を落としてきた挨拶攻撃をだ。それに加えて自分の容姿にもまるで目に留まる気配もなかったのだ。
(まあ、良いわ。まだ初日だし、相手が倒し甲斐のある奴だと分かっただけでも十分な成果よ。こういう場合は時間をかけてゆっくりと落とすのが効果的。この恋愛マスターこと、落とし神はこれくらいではくじけない!)
彼女は普段の女神像を崩すことなく、心の中で東山桂馬のことを強敵認定していた。
◇◇◇
僕は今、非常に困っている。そう、とても非常に。
「桂馬くん。私、転校したばからだから教科書持っていないんだ。だから教科書借りていい?」
僕は早速、この女神様(邪神)に目をつけられてしまった。面倒くさい。僕のことは無視してくれよ。勝手に君の恋愛バトルに巻き込まないでくれよ。僕はモブキャラでいいんだ。寧ろそうなりたい。
「いいじゃないか貸してやれよ。ほら、机と机をぴったりとくっつけてさ。」
この野郎...。西村はどっちの味方なんだよ。今分かるのは、貴様が明らかにこの状況を楽しんでいることだ。君だけは僕の味方だと信じていたのに。
「駄目...かな?」
愛莉がここぞとばかりに追い打ちをかけてきた。捨てられた猫のように上目使いで懇願する。たったこれだけで周りの男子達はハートを撃ち抜かれていた。いや、お前たちがやられてどうするんだよ?
はぁぁぁ、しょうがない。もう断れる雰囲気じゃないし、拒否し続けたら授業が始まらないからな、やむを得ない。
「分かったよ。教科書は机と机の間に置くぞ。」
「ありがとね、桂馬くん。」(コマは多いに限るわね。)
wow!黒いさすが愛莉黒い。ものすごく悪い匂いがプンプンするぜ。だが大丈夫。僕の教科書は他の皆よりひと味もふた味も違うのだ。彼女もそれを見れば忽ち、別の人に教科書を貸すことになるだろう。
机と机を合わせ、その境目に教科書を置く。そして授業が始まるまで、僕は西村と話を...
「久しぶりだね、西村くん。」(一応、懐柔させておくか。)
「あ、いえ...こちらこそ///」
さてトイレで時間を潰すか...。英単語帳による英単語暗記を添えてな。僕は西村を置いて一人でトイレへと向かった。その間も西村は他の男子と混ざって愛梨とおしゃべりを楽しんでいた。後、入り口の人垣超えるのに苦労した...。
◇◇◇
予鈴がなり、僕はトイレから教室へと帰還した。流石に授業前には各教室へと戻っているために人垣は消えていた。
「あ、桂馬くんこっちこっち。」
愛莉は僕を見つけるなり、左手で来て来てとサインを送る。僕はなるべく視線を英単語帳に向け、できる限りスピードを遅くして机へと向かう。すると右手首を誰かが掴んでくる。犯人は悲痛な顔をした西村だった。うわぁ、びっくりした。一瞬、ゾンビと思ったぞ。
それによく見渡せば他の男子も全員、口から魂が抜け出そうになっている。僕がいない間に何が起こったというのか?まさか、密室殺人事件か!?
「やぁ、親友。」
「何だい、西(村)野ン?今はいっしょに遊べないからその手を離してくれないかな?」
「俺達は親友だ。親友には同じ痛みを分かち合うことで更に親密度が上がる友情を秘めている。最高の関係とは思わんかね?」
いや、お前は何を言っているんだ?まるで意味が分からないぞ...。後、その無駄にクオリティの高い演技はいらないからな。
「だから。そんな君に素晴らしい提案があるんだ。」
西村は左手で僕の右手首を握りつつ、右手を半分くらい上げながら笑いかけてきた。
「お前も告白をしないか?」
もし僕の記憶が正しければ、その質問に対する答は
「しない。」
100%NOだろう...。お約束というやつだ。
「告白しよう桂(馬)寿郎。そうすれば1秒でも2秒でも玉砕し続けられる。(メンタルが)強くなれる。」
持続時間短けぇ...。そして勧誘下手すぎるぅ...。演技するならクオリティを保ってろ。
「告白しないなら○す。」
ついには涙ぐんで、クラスの男子達が僕へと肉薄しようと迫ってきた。いや、お前達。単に僕を道連れにしたいだけだろうが。西村は違う目的だろうけれど。
「「「うるさーい。」」」
すると女子達が男子達に制裁を加え、あっという間に場をおさめた。彼女達の顔は閻魔のように怒りに満ちていた。
「さっきからギャーギャーギャーギャーうるさいんだよ。」
「いい加減、我慢の限界ですわ。」
「発情猿ですか...汚らしい。」
「いっぺん、○んでみる?」
取りあえず...お前達のことは忘れない。だって僕の目の前に広がる惨状を言葉にすることが出来ないからだ...。南無阿弥陀仏。
◇◇◇
数分後にチャイムが鳴って授業が開始した。男子連中は現在、女子達に成敗されて大人しくなっている。西村に一応声を掛けたが、『ごめん、俺よかれと思って』の一点張りだったため、自然治癒するまで放置することにしている
僕と愛莉は教科書を開こうとするが、教科書の上にきめ細やかな手が置かれていた。僕はその手に触れないよう教科書を側面から開こうとする。しかし、愛莉の手に込めている力が強いのかなかなか開く気配がない。いや、力をより込めれば開かないこともないがその場合、教科書が破れたりする危険性も充分にあり得る。
「開けないの?」
愛莉が僕に話しかける。頬杖をつき、僕の反応を楽しんでいる。ハイ、確信犯。
「いや、ここは先に手をつけた方が開くべきだろう。」
「えー私、今日は何ページから始めるのか分からない。だから桂馬くんが開けて?」(側面から開けられないから表紙から開けないと駄目だよね?)
「先生は最初に28ページを開けてくださいと言っていたぞ?」
すると観念したのか、愛莉は教科書を28ページ目に開き始める。このターンは僕の勝ちのようだ。
「残念。さりげなく手と手を触れ合わせるチャンスだったのに。」(どこまで女子に興味ないんだよ。)
小声で愛莉は僕をからかい、微笑んだ。でもその微笑みの裏は逆に悔しがっていることだろう。細めた目からは恨めしそうな思念が飛び出し、僕をグサグサと突き刺してくる。正直これだけでボクノゴコロハボドボドダ!
そして僕は知らないかった。これが彼女に火をつけることとなるのを。
まず授業で板書をしている時、右肩から柔らかい感触が伝わってくるのだ。そして耐えられずに戦犯の方を向けば、肩の所にスルリと手を置いてソフトタッチしている愛莉がいる。これにより、甘酸っぱい匂いが包み込み、2人だけの世界を作り上げる。
「駄目だよー。しっかりと先生の言うことに耳を傾けないと。」(布越しだと物足りないでしょ?)
さっきの仕返しのつもりだろう、いや100%仕返しだ。現にソフトタッチするだけでなく、肩をもみもみして集中力を分散しにかかってきている。もっと構ってほしいと僕に促しにかかっているのだ。しかも布越しの感触に慣れてしまうと、
『直接触わられるとどうなってしまうのか?』
とか思ってしまうからなおのこと恐ろしい。注意しようと試みるとサッと手を引いて授業に集中し始めるし。
次に授業で先生の方に耳を傾けていると耳に息が吹きかけられる。当然戦犯は隣にいて、振り向くと右頬を指でツンツンされて強制的に前を向かせられる。本当は振り向いて一言物申したいのにそれが出来ないしもどかしい。吹きかけられた息からはまた別の爽やかな匂いがしてくる。
彼女は蜂蜜レモンの香りを身にまとい、ミントのブレスを吐く怪獣のようだ。
「なんのつもりだ?狙いはなんだ?」
振り抜けないので僕は前を向いたまま、戦犯である愛莉に詰問を開始する。表情は見えないが、絶対に悪い顔をしているのは嫌でも予想できる。
「えー何のことかなー?」(そんなの君を嫌でも私に意識させるために決まってるでしょ。分かっているくせに。)
「とぼけるな。こんなことを休み時間にやらない時点で確信犯だろ?意図的な行動なのは分かっている。」
そのまま無限ループに突入しそうなので、僕は暗に愛莉にやめさせるように目的を提示させる。でないと、授業に支障が生じてしまう。
「じゃあ交換条件。授業で手を引く代わりに今日の放課後に学校を案内して。」(そしてじわじわと追いつけた後に落とす!)
飲んではいけない。これが彼女の狙いであることは嫌でも分かっている。ここは触られたことすら感じない程の集中力で乗り切るしか...。
「首を縦に振らないともっとすごいことをしちゃうかもしれないよ?例えばこうとか。」
愛莉は肩を触っていた手をそのままYシャツの中へと侵入させようとした。こ、コイツはァグレートですよ!
「やめ、やめろ。分かった。分かったからその手をやめろ。なんだか不味いことになりそうで怖いから。」
「何が不味いの?」(肩ガッシリしてんじゃん。うわ、ヤッベ。肉体の部分は最高品質じゃん、コイツ。)
「全部がだ。とにかく放課後に学校の案内だな。忘れるなよ。」
僕の回答に満足した愛莉はそれ以降、手を引っ込めて授業を真面目に受け始めた。ふぃ、ようやく集中して授業が受けられる。集中できなかった分は挽回しないと。
「えい♪」(ヤ、ヤバい。コイツの手、野球でジャイロ投げそうじゃんハァハァ。って私は落とす側なんだからしっかりしろ。)
僕が油断する所を狙って愛莉がその左手を僕の右手へと重ねてきた。彼女の手はスベスベでもっちりとしていた。普通の男子だったら、この時点で撃沈するだろう。
「うおっ!」
あまりにも唐突だったため、思わず僕は大声をあげてしまい、先生に注意を受けてしまった。おかげで周りから笑われ、西村にどやされる羽目になってしまった。お前いつの間に回復したんだよ...。
自分でも信じられないくらいに顔に熱が集まる気配がする。だが断じて、これは隣の悪魔に誘惑されたわけでも落とされたわけでもない。授業を真面目に取り組むという自分の信念に背いてしまったという醜態に恥辱を感じたからこうなっただけだ。勘違いするんじゃないぞ。
◇◇◇
「ウフフフフ。」
私、早乙女愛莉は今も順調に男子達を落としていっている。昼休みはほとんどの学生が集まる食堂に乗り込み、男子達に挨拶&告白されている。
(今日も私は美しい。酷い扱いを受けていた昔とは180度違う景色が今も私を取り巻いている。)
始まりは小学生。この頃の私は男子に容姿でからかわれていた。男子が女子をからかう理由は話のきっかけを作りたい、反応が見たい、その場を盛り上げたいのようなものが大半を占めているだろうが、私の場合は違った。
甲状腺機能低下症。私は幼い頃にこの病気を発症した。この病気は高齢の女性に多く見られるのだが、私のように10にも満たない女性でも発症することがあるそうだ。そしてこの病気は私に残酷な運命を決定づけた。
むくみや体重増加。それによる肥満体型、硬い乾いた毛、乾燥した厚いざらざらの皮膚。男子にとってこれほどからかいやすいものはない。学校で男子に見つかればブタとかキモイの罵詈雑言。普通ならば言い慣れればまだ耐えられるレベルだろう。
しかし私は聞いてしまった。私とは違う、生まれながらにして才色兼備を勝ち取った勝ち組の同性の話を。
「早乙女さんってかわいそうよね。」
「ええ、ええ。あれでは、殿方に告白されるどころか見向きもされないことでしょう。」
「そう考えると、毎日毎日告白されてうんざりしている私なんてまだ幸せな方なのかしらね。」
悔しかった。本当に。そして呪った。とても。
なりたくてなったわけではない、この病という呪いを。生まれたときにこの呪いをかけたであろう神様を。世の中を。だけど変わらない。いくら恨んでも現状は変わらない。
私は元来大人になってはじめて通るであろう壁にぶち当たっていた。そんな壁を小学生の、それもか弱き女子が乗り越えるなど無理な話だ。
私は母にその出来事を伝えた。母は泣いて私を抱きしめた。あれだけ醜いと蔑んだこの体をまるで壊れやすい宝玉を扱うようにして優しく抱きしめたのだ。そしてその後の母の言葉が今の私の基盤へと繋げることになる。
「だったら落としていけばいいのよ。それこそ神も落とすくらいの美貌を今から作り上げて、容姿至上主義の男子共をそれこそ袖に振る気を起こらないくらいにね。」(そして願わくは、どんな誘惑でも落ちることのない、芯ある男に巡り会いますように。)
それから私は様々な努力をした。疲労しがちな体質に鞭打って有酸素運動をしたり、醜い容すらかすむくらいレベルの素養を得るために立ち振る舞いを磨いたり、周りに負けないくらいに文武両道をおもんばかったりして。
そして小学校を卒業する頃には全ての男子生徒に告白されていた。生まれてはじめて努力が実った瞬間を、地獄から天国へと這い上がったと感じるくらいの達成感を私は味わった。それをバネにして中学ではさらに磨きをかけていった。成長期真っ盛りの時期であることを利用して、人の目につかないところでひっそりと。そんな生活を送っているうちにいつしかこう呼ばれるようになった。
乙女神
落とし神
と。だから今日も私は男子を落とし、誰でも地獄から這い上がれることを証明し続ける。そのために東山桂馬。君も例外なく落としてみせる。そしていつしかあの方にもう一度出会って、それから。
◇◇◇
僕は現在、西村と2人で屋上で弁当を食べている。男子達は我先に食堂へと向かっているようだが、西村だけは屋上に向かう僕へとついてきた。ふっ、物好きめ。これで授業前のことは水に流してやろうではないか。
「それでどうだよ?乙女神は。無機物なお前にもちょっとは恋愛感情を持てたんじゃないのか?」
「無機物とはなんだ、失礼な。それに演技とはいえ、僕に襲いかかろうとするのは控えてほしいものだ。それが伝説の元不良、南中の暴れん坊なら特にな。」
「はは。やっぱバレてた?」
そう。西村は最初から僕をクラスの男子と同様に道連れにしようとはしていない。彼はただ面白がっているだけなのである。
「...なあ、やっぱり愛莉とくっついてゴールインしないか?お前だったらワンチャンいけると思うけどな。」
「バーカ。僕は高校では真面目に勉強するキャラで通すんだ。これだけは西村に頼まれても変更しないぞ。」
「へーへー。俺からはもう何も言いませんよ。余計な事するとまた北中の鬼に土下座する羽目になるからな。」
「おい、その『北中の鬼』というワードは僕の前ではNGだったと警告したが。」
「まじメンゴ。」
北中の鬼。それは北川中学校における僕の異名である。あの時は思春期特有の病気にかかって黒歴史を量産しまくっていた。あの時は完璧という言葉にすがり、いろいろな分野でトップというトップを取り続けていた。しかもその範囲は学校内に留まらず、学校外でもその実力を発揮しまくっていた。
恥ずかしい。いろいろな事柄を英語で名付けまくった事も、調子にのり過ぎて無茶した事も今では全て消し去りたい歴史だ。特に2年前に正義の戦士ごっこをして女の子を救いまくった日々は今では馬鹿げているとしか思えなかった。大怪我をして親に心配をかけさせた時、いつもイチャイチャムーブをかましていた父も母も珍しく涙を流していたものである。高校受験を控えていたこともあって、僕はその時に自分の病気から回復し、学生らしい生活というものを高校から送る決意をしたのだ。
「恋愛も大事だと思うけどな。後、『南中の暴れん坊』とお前もNGワード出したからおあいこさまdぜ。」
西村が何かをブツブツ言っているが、僕には聞こえなかった。ただ分かるのは、親密な友達といろいろやり、卒業後のことを見据えて勉強に取り組んでいくのがベターな高校生活であることに間違いはないということだ。
それを成し遂げるには、愛莉に落とされるという事態を防ぐことが必要十分条件なのである。女神かなにかは知らないが、僕はお前に落とされるつもりはないからな。
◇◇◇
放課後。僕は転校生を学校案内するというラッキーイベントに遭遇していた。そう、はたから見ればだけど。
「これからこの学校を案内しようと思うが、その前にツッコミをしておこうか。」
「何に?」
「なぜ手をつないでいる?普通に後ろをついていくだけでいいだろ?」
現在、僕の右手が愛莉の両手に囚われてしまっていた。授業で予めその感触を味わっているから驚くことはなかったが、それでも周りから注がれる羨む視線には流石に耐えられない。早くこの時間が終わればいいのに。
「離れて迷子になるのは嫌だから?」(その大理石のような理性をゆっくりと削ってやるわ!)
「疑問文に疑問文で返すなよ...。せめて肯定文で返してくれ。」
相手をするだけ時間の無駄だ。最低限のコミュニケーションのみで学校案内をして即座におさらばする。ただそれだけだ。僕は僕の責務を全うするだけだ。僕はため息を一回ついて足を前に出していった。
「ほら、行くぞ。」
「はーい♪」(指と指を絡めてっと。)
元気いっぱいな返事とともに指の一本一本にも柔らかい感触に包まれていく。怨嗟を込めて見てくる男子には恋人つなぎのように見えるかもしれない。僕にとってはタコの触手に捕まったようにヤバい状況でしかないのだが。もしこれを心地の良いものと認識してしまったら即GAME OVERだろう。
(ふーん。しつこく責めるのは有効みたいね。この手の感触は...ドキドキが漏れ出ている『反応』だぜ...ジョルノ・トウヤーマ 。)
◇◇◇
僕は放課後の校舎を案内するとしても教室やそれに続く廊下は別に大丈夫だろうから、体育館、1階全体、2階以降の各移動教室、グラウンドの場所と行き方を教えればいいとたかをくくっていた。
まずは体育館。そこではダンス部の練習をしていて、当然そこに彼女は食いついていった。
「あれはどんな活動をしているの?」
「ダンス部だな。応援団と合同で運動部の試合に応援に行ったりするんだ。っておい。」
紹介している間に、愛莉はなんとダンス衣装を借りてすでに着こなしていた。しかもわざとらしく露出している部分を見せつけてくる。ダンス部の隣で活動していたバスケ部、卓球部、バトミントン部などの運動部はその姿に釘付けになっていた。お前ら、真面目に部活しろ!
「な、何しているんだよ?」
「え?ダンス部の体験をしているんだけど?」
「悪いがそういうのは別の機会にしてくれ。時間は有限なんだからさ。」
「はーい。」(結構、デザインとか気に入ってたんだけどなー。)
不満げな顔をするな。こっちは早く終わらせて1秒でもO☆SA☆RA☆BA☆したいんだからさ。僕はせっせと愛莉を体育館から引きずり出し、次の場所に案内することにした。これ以上、運動部の皆さんの練習を妨害するわけにはいかないし、そのまま告白タイムに突入しそうな勢いだったし。
次は学校の1階。ここでは職員室、保健室、図書室など教室以外のルームがある。ちなみに僕の所属している部活は勉強部で、図書室の奥の部屋が活動場所である。なお部活メンバーは現在、僕と西村の2人だけであるが。
「絶対にはぐれるなよ。いいか、絶対だぞ。」
「はーい♪」(フリですね、分かります。)
本当に分かっているだろうか?フリではない真面目の方だからな。おい、そのノルマを達成しなければという顔はやめろ。あ、早速茶道部に連れていかれた。ここは文化部のアーケードだから少し立ち止まると新入生や転校生は連れ去られるというのに...。
そこで僕は閃いた。折角だから代わりに彼らに案内してもらえばいいのではないか。このまま違和感なく愛莉の学校案内を彼らに擦り付ければ万事解決だろう、と。
そこで僕は近くの男子生徒に依頼をすることにした。その内容は『僕の代わりに早乙女愛莉を案内してくれ。僕は急用ができたから。』というものだ。適当な依頼かもしれないが、彼は快く引き受けてくれた。
勝った。
計画通り。
僕は軽快に自分の教室へと戻っていった。その間に自動販売機でコーヒーを買って飲むことにした。あー生き返るぅ。このコーヒーは今の僕の心を反映しているかのようだ。
「クックック...。フハハハハ!ハーッハッハッハッハッハ!!これで邪魔者はいなくなった。他の者は僕を信じている。奴が帰宅するのも時間の問題だ。どうだ、愛莉。完全に僕の作戦勝ちだ。僕の勝ちだァ。」
風に当たろう。風に当たってクールダウンをしつつ、勉強妨害の仕返しの達成と今日の災難を乗り切ったご褒美を享受しよう。
教室には運よく誰もいなかった。僕はすぐに自分の荷物を整えて屋上へと向かった。西村は一人で勉強部の活動をしているが、あいつは駄目だ。合流したら開口一番に愛莉について聞いてくる。それに今日は愛莉の学校案内を理由に休んでいるから戻ったらアウトだしな。
だから案内範囲から外れるであろう屋上に僕は待機することにした。いつの間にか雨は上がっていて、屋上に陽ざしが照り付けている。まるで僕の勝利を祝福しているような天気だった。後はこのまま時間が過ぎるのを待てばいいだろう。僕は空を見ながら英単語帳を読みふけった。
◇◇◇
ガタンッ!
30分後くらいだろうか。屋上の扉が開く音がした。僕は英単語帳を閉じて物陰に隠れることにした。やって来たのは愛莉と複数の男達だった。
馬鹿野郎ォ!男子ども、何を連れて来てやがる!?ふざけるなァァァ!
僕は心の中でそう叫んだ。
「駄目だろう?誰彼構わずにそんな誘惑しちゃあーよぅ。」
「誘ってんだよなぁ?そうとしか言えないよなぁ?」
どうやら愛莉は落としてはいけない存在まで落としていたようだった。落とし神かなんだか知らないが、自業自得としか言えないだろう。
「私はそんなつもりは1ミリもないんだけど...。」(逃げたアイツを追わなければならないのに...。)
「落とし神だろ、女神様よぉ?嘘つくんじゃねぇよぉ?」
「ほんと文化部の野郎は駄目駄目だよなぁ。弱すぎるし雑魚いし。」
文化部はどうやら学校案内中に彼らにボコボコにされたようだ。ちゃんとエスコートしろよお前ら。
あ、ハイ。お前が言うなですか、そうですか。そう囁くように僕に風が吹いてくる。むしろ文化部の連中よりも悪だろうな、僕。
「どうしようか?」
僕は悩んでいた。過去にもこんなシチュエーションに出会い、片っ端から救助をしていた。中学の頃はそれが当たり前だったが今は違う。卒業したんだ、正義の戦士『ジャスティス・エクスキューショナー』は。あああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい忘れろ忘れろ忘れろ。何だよ、正義の執行者って。言ってて恥ずかしくなる。闇落ちして穴に入りたい(錯乱)。
通報しよう。僕は学校の職員室に電話をかけて先生におまかせすることにした。真面目な学生はこういう場面に出くわしたら、警察か教員に電話するという流れを採用する筈だ。いわゆる、お願い☆ティーチャーというやつだな。
『報連相は最優先事項よ!』。これ絶対!
しかし神は僕に対して残酷な仕打ちをする。電話に応答してくれたのは僕のクラスの担任の先生。そして事の顛末を報告したところまではよかった。
『お前が助けろ、乙女神の学校案内係!愛莉の身の安全は今はお前が保証する立場にあるんだ。まさかとは思うが、他人任せにするつもりじゃないだろうな?もしそうするつもりなら、お前が北中の鬼であることをバラし、勉強部の顧問もやめちまうぞ?』
しかしながら担任の先生からの返事は上記の通りだった。
『貴様ァァァ。逃げるなァァァ。担任の責務から逃げるなァァァ。』
と叫びたいが、あいつらのせいでそれも出来ない。
担任の先生である彼女には謎が多い。なぜか『僕=北中の鬼』の事実を知っているし、なぜか勉強部の顧問を快く引き受けてくれるし、弱みを始めから握られているし...。
「取りあえず、脱いでくれねぇか?」
「おっと逃げようとか思うなよぉ?俺たちは泣く子も黙る『暴風羅』コンビだからさぁ。」
「ヒッ。」(冗談じゃない。こんな男達なんてお断りよ。)
僕は盛大なため息をつきつつ、カバンから金髪のかつらを取り出し、緑色のカラーコンタクトを装着。そして正体もバレぬよう、キャラを変えていく。そう、東山桂馬からジャスティス・エクスキューショナーへと変身して。
◇◇◇
「はーい。ストップ!」
僕は恥辱を孕みながら突貫した。
「見ない面だなぁ?」
「誰だ、てめぇ?」
「誰だと言われて名乗った人はいないと思うよ。君たちはただ、私はか弱き乙女の味方であることを覚えればいいのさ。」
名前を名乗ってしまったら明日から普通の生活を送れなくなるじゃないか。後、僕の幸せを壊したお前らは駆逐する。この世から一匹残らずにな。
「ちょっと。あなたは誰?まだ会ったことないよね?いや、でも確か前に」
「残念だけど私は君については初見かな?もし初見じゃなければ、君みたいなカワイ子ちゃんなんて忘れないからね。」
「はぅぅぅ。」
ん?愛莉の反応が若干バグっているが、幻覚だろう。
「生意気だな。ムカつくなぁ。兄貴ぃ、もうやっていいかなぁ?」
「いいぞ。やれ。」
目の前の男子その1が殴り掛かってくる。単調な動きにワンパターンな拳。容易く回避できる攻撃だ。1秒で回り込んで首トン!はい、一人目撃沈っと。
「曽野市ィ。てめぇ、よくもやってくれたなぁ。」
え?そのいちという名前だったの?なんてポジションの分かりやすい名前なんだ。そうしている間、男子その2は懐からハサミを取り出して攻撃してくる。うわ、あぶね。
「てめぇはこの俺、園尼がぶちのめしてやるぜ。」
それはこっちのセリフだ。やっと愛莉という嵐から抜け出し鉄平できたというのに、それを再び呼び寄せてやがって。鬱憤を晴らさせてやる。
僕は大きく振りかぶった隙をついて1秒間に100発くらいの突きを放っておいた。これは怒りと怒りを乗せた必殺の百裂拳。食らえば、気絶あるのみ。
「あの、助かりました。」
鬱憤が晴れてスッキリしていると声がかかる。見ると、頬を赤く染めている落とし神がいた。誰だ、お前?
「気にするな。私はただ乱暴にされそうなか弱き乙女を助けるという当たり前のことをしただけだ。それ以上でも以下でもない。それと、そんな乙女がわざとらしく誘惑なんかするのは関心出来ないぞ☆。もっと自分を大切にしたらどうだ?」
出会った男子を片っ端から落とすという行為がそもそもの原因だからな。これを機に、僕を落とすみたいな迷惑行為から足を洗ってほしい。
「あの時と同じことを...。やっぱりあなたは」
「後、こんなことで頬染めてたらチョロすぎだぞ☆。」
「んなぁぁぁ。」顔面リンゴ飴
「それじゃあ、また逢う日までgood☆night!」
その日は二度と来ないがな!一生、ジャスティス・エクスキューショナーという幻想を追いかけてろ!後、もう二度とモブの僕なんかに構うんじゃねぇぞー!
僕は荷物をかっさらって校舎から突風のごとく去った。
◇◇◇
「ああああああああ///」
私こと、早乙女愛莉は二度目の再会を果たしてしまった。携帯には『ジャスティス・エクスキューショナーの会(58)』というグループが映しだされている。このグループに所属しているのは、かつて『ジャスティス・エクスキューショナー』に救出された女子達であり、ここではそんな彼女達が集まってあることについて情報共有をしている。それは、
『ジャスティス・エクスキューショナーの正体について』
である。落とし神と呼ばれている私が唯一未だに落としていない男子、それがジャスティス・エクスキューショナー。別名、北中の鬼。彼は女子に恋心を抱くばかりか、恋愛に興味さえ示さないような男子だった。
だから一度救出された後は、再びあなたに出会うために、
『恋愛に興味を持たなそうな男=落ちない男』
をあぶり出すために落としていった。それこそ、『誰彼構わずに誘惑するな』というあなたの言葉を裏切ってさえも。
まさかすぐにそのお姿を見ることができるなんて、運が回ってきたとしか思えない。彼があの高校にいるとなれば、またとないチャンス。東山桂馬くんと同様、彼を探り出して落としてみせる。
それにしても今日出会った東山桂馬くんは不思議な感じだった。まるで、あの方と同じように私に興味を示してないような反応を示していた。多少ドキドキとかしていたけど、あれは私に起因したものではないのは明らかだろう...。
悔しい。私は落とし神。本来は落とす側なのにあの方の目の前では何故か逆転されてしまう。二度とそんなへまはしないと決めていたのに、またコロッと落とされてしまった。人生で二度目の屈辱を味わってしまった。
私はベッドの枕に顔を埋め、ベッドでバタバタした。こんな姿、学校で見せられないし見られたくもない。
「覚えていなさい、ジャスティス・エクスキューショナー。東山桂馬と同様、卒業までにあなたも必ず落としてあげるから。今日はそう、南海高校の男子を落とすのに体力を使い果たしてしまった時の隙を突かれたからこうなっただけ。今日でこの2人以外の南海高校の男子全員は落としたから?」
ここで私はあることに気づいた。あの方は今日、南海高校の制服を着用していた。つまりは、あの方は南海高校の生徒であることは間違いない。そしてそのことと『恋愛に興味を示さないような性格』、東山桂馬以外が落ちたことを加味すると一つの事実へと辿り着く。
「!!!!!!!」
乙女の叫びは枕へと消えていく。彼女は見つけたのだ、再び会いたい人を。唯一落とすことの出来なかった男が自分の隣の席に座っているという奇跡を。
「ウフフ、アハハハハ。一度ならず二度までも、いや三度までも私を出し抜くなんて。良いわ良いわ良いですとも。明日からは本気でジャスティス・エクスキューショナー、いいえ東山桂馬。あなたを本気で攻略してみせる。何処に逃げても必ず追いかけてあなたの心をゲットして、それからピー!(ここから先は一方規制だ!)」
そう決意して、女神は夢の世界へと旅立つのであった。
◇◇◇
そう。忘れてはならない。世の中に『帰るまでが遠足』とあるように、東山桂馬(北中の鬼、ジャスティス・エクスキューショナー)と早乙女愛莉(乙女神、落とし神)の戦いには次の2つ目のルールが存在する。それは
『告白するまでが勝負。』
である。そのルールがある限り、落とし神はまだまだ彼を落としにかかるのであった。しかしその結果、その女神は落としにかかる度に逆に落とされていく羽目になるのだがそれはまた別の機会(連載版を書くことを決めた時)に話すこととなるだろう...。
To be continued?
北中の鬼「中二病を極めた者が辿り付く場所はいつも同じだ。この短編に生まれ落ちることができただけで幸福だと思う。自分が恋愛より大切に思っているものでも他人は容易く踏みつけにできるのだ。」