思い出した前世の記憶
私が、所謂前世というものを思い出したのは、碧灯を灯しているときだった。碧灯とは、鬼や妖怪が蔓延るあちらとこちらを行き来できなくするための、特別な灯。
私が通っている碧川葵学園はあちら側とこちら側の境界が近く、夜は碧灯守りの番を生徒会執行部の生徒が二人一組となって持ち回りでする決まりとなっている。
それだというのに。今、碧灯を灯しているのは私だけ。転入してきて、いきなり生徒会執行部の役員に任命された転入生、桜井はるかさんがまだこないから。
「だって、あの子は今頃、会長で攻略対象者の赤嶺仁と一緒にいるはず……!?」
自分で呟いた言葉に驚いた。会長はともかく、攻略対象者? なんのこと?
けれど、その言葉が鍵となって溢れだす、様々な記憶。和風乙女ゲーム、落としてひび割れたスマホ、そして車のクラクション……。
「ここ、乙女ゲームの世界だわ」
自分の名札を見る。深碧撫子とある。そうだわ、私は、深碧撫子。それはこの世界の、意地悪令嬢の名前だ。
悪役である深碧撫子は、主人公に意地悪をした挙げ句、主人公を溺愛する主人公の叔父、桜井透の手引きにより、鬼に拐われ、鬼の子を孕まされてしまう。
でも、そんなの悪鬼等討伐庁の長官を輩出している我が深碧家にとって大恥。ゲームでは悪役令嬢のその後なんて描かれてなんかはいないけれど、よくて幽閉。最悪、病死ということにして、殺されるだろう。
でも、そんなの絶対絶対、いや!
というわけで、主人公にはなるべく関わらない方向で行きましょう。
この時間に来ないということは、主人公は、生徒会長の赤嶺仁のルートを選択したということだし。
一人で碧灯の守りをしないといけないから、夜が明けるまで、仮眠がとれないけれど。殺されることに比べたら、全然ましだわ。
私は碧灯をたやさないように、気を付けながら、灯守りの番を行った。
そして。朝日が昇ったのを確認して、碧灯を落とす。
「うーん」
今から帰れば、授業までにお風呂に入れるかしら。そんなことを考えていると。
「深碧さん! ごめん! 私、昨日寝ちゃってて」
そういいながら、桜井はるかがやってきた。彼女は気づいていないのかしら。首もとにキスマークがある。さすがにあの会長が行為を学生のうちに強いるとは思えないから、ただのキスマークなのだろうけれど。
「次からは気を付けてくださいね」
私はそれを指摘せずに、にっこりと笑う。いつもの私なら生徒会の役員として自覚が足りないと怒っていたことでしょうね。事実、そうだと思う。この碧灯は、とても重要なのだ。けれど。死にたくないし。機嫌をそこねて桜井透に何かされたら嫌だ。
「えっ!? う、うん。わかった」
怒らない私に、拍子抜けした主人公をあとにして、私は自室に帰った。
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