31・ボリー
振り返ると、草地を栗色の獣が矢のように駆けて、レオルに突進していく。
「うわ、ボリー!」
レオルは声と同時に、遠慮なく懐に飛び込んできた犬を抱き止めたけれど、ぶつかって来る相手の衝撃を和らげるように、受けながら押し倒されていた。
犬はさらさらとした栗色のしっぽをちぎれてしまいそうなほど振りまくって顔をなすりつけ、レオルが起き上がる隙を与えずむちゃくちゃにしている。
その勢いに驚いていると、レオルが珍しく大声で笑った。
「落ち着けって、おい。重いだろ。コシマさんと散歩に来てたのか?」
「レオル、その子は?」
「ああ、紹介するよ。こいつはボリー。見た目は大きいけどまだ成犬前で、力の加減もわからないまま走り回る危なっかしい奴なんだ。ほら、オルドーのとこの馬丁を任されているコシマさんの相棒だよ」
「コシマさんの……」
癖の強い赤毛を束ね、動きやすそうなつなぎと帽子をかぶったおじいさんが浮かぶ。
「ボリー、こんにちは。私はリシアよ。よろしくね」
もう日常会話なら問題なく使えるようになったこの国の言葉で挨拶すると、ボリーの黒い目がきらりと光った。
そして満面の笑みを浮かべて今度は私へ飛びついてきたのだけれど、私ではレオルのように受け止めきれず、下手に転がってしまう。
だけどボリーは容赦なく、全力で歓迎してくれた。
それがくすぐったくて思わず声を上げて笑っていると、レオルがしっぽを振り続けているままのボリーを引き離して、少しきつく注意する。
「おいボリー、リシアに乱暴なことするなよ。それにお前、コシマさんと一緒に来たんじゃないのか? もしかして勝手に抜け出してきたのか?」
私とレオルはそろって辺りを見回すけれど、人の姿も見当たらない。
その時、乾いた青空の下で硬質な音が響き渡る。
鋭くそびえる山の谷間から、無数の石が激しくぶつかり合うような衝突音が轟いた。
先ほどレオルから聞いた、浮遊石がぶつかり合って止まらなくなると、石が四方に飛び回って押し潰される話を思い出す。
ボリーは蝶を思わせるふわふわの立ち耳で、音のする山の谷間の方をじっとうかがい、ひと鳴きすると駆けだした。
コシマさんのことが思い浮かんで、嫌な予感がしてくる。
私がボリーの後に続くと、レオルの声が追いかけてきた。
「リシア、俺が見てくるからここで待ってろよ」
「私も行くわ。邪魔にはならないから」
「わかってる。でも心配なんだよ」
「私もレオルが行くのは心配よ」
「リシア」
「だけど今心配する相手は、私たちじゃないわ」
「……わかったよ」




