…… 破天荒な公爵夫人 3
夜明けに出発したお父様を厩の影から見送った。
寂しさから泣いてしまったら恥ずかしいと思ったのと、男の子の格好を見られたくなかったからだ。
キチンと約束した訳ではないが聞けば、駄目だと叱られるに違いない。
お父様に嘘はつきたくなかった。
「 …… さあ、バターカップ。お散歩に行こう。 」
バターカップに鞍をつけ外に出る。
夜が明けたばかりだからまだ、誰にも会わないはず。
アンナは深呼吸をして新鮮な空気を吸った後、バターカップに乗った。
「 …… やっぱり。思ったとおりだった。 」
誰もいないと思っていたのに、突然声が聞こえてきて驚いた。
振り向くとそこには、葦毛の馬に乗ったジョンがいた。
…… アンナは言葉も出ないくらい、驚いていた。
「 …… おはよう。アンナ。久しぶりだね。元気だった? …… 忘れちゃったかな。チャールズの友達のジョンだけど。 」
「 …… おはようございます。 …… でも、どうして? 」
「 …… チャールズから君が来ることは聞いていたから、もしかしたらと思って。 」
「 …… ええっと、あの、どこから? 」
「 …… ウチの領地隣なんだよ。馬ならそう遠くない。 …… 迷惑だった? 」
「 …… そうじゃないんです。 びっくりしただけ。 」
「 …… 初めての土地で一人の乗馬は心配だったから。 」
「 …… ありがとうございます。 …… えっと、あの時も。言いつけないでくれて。 」
「 …… いいんだ。でも、本当は一人で乗馬するのは賛成じゃない。だから、付き合うよ。 」
ジョンは馬首を巡らせると先に立って歩かせ始めた。
アンナはジョンの馬に続いてバターカップを歩かせる。
…… 夜が明けたばかりの静謐な空気感が心地よい。
朝日を浴びたジョンの髪が金色に輝いて本当に綺麗だと思った。
…… 前に会った時も、大人に見えたけど、今はもっと。
( …… 太陽神、アポロンみたい。 )
アンナは心が浮き足立つのを感じていた。
でもこれは友達の妹に対する責任感からの行動だから。
友達の妹がケガをするかもしれないのを避けるため。
…… なんて親切なんだろう。
こんなに綺麗な顔なのに。
馬に乗る姿は誰よりも格好良いのに。
完璧な人なんていないと思っていたけど。
ジョンはきっと、ほぼ完璧な人なんだろう。
雑木林を抜けると、緩やかな傾斜の広い緑地が続いていた。
最初ゆっくりだった足取りが徐々に早くなっていく。
緑地を大きく回ってそれからまた雑木林に戻った。
「 …… あの緑地は公爵家の放牧場なんだ。見通しが効くから不審者も近づかない。あの緑地より先は一人ではいかないように。 …… わかったね? 」
「 …… はい。こんな格好で誰かに会うわけにはいきませんから。 」
「 …… それは、そうだな。 」
ジョンはアンナのブリーチズを見て目を逸らした。
…… はしたないと思われたのかも知れない。
十歳の頃ならともかく十五歳にもなろうというのに。
今ではアンナは、横鞍でも遜色なく乗る事が出来る。
ただ早朝着替えるのは、男の子の服の方が手軽だから …… だった。