…… 破天荒な公爵夫人 1
公爵領への旅は楽しかった。
まず、旅が初めてだった。
バターカップを連れての旅だから、のんびり旅だ。
最初、私はバターカップに乗って旅をするつもりでいた。
お母様は女の子がとんでもないと言った。
お父様は人を乗せて長旅をするのは、バターカップには無理だと言った。
…… 確かに無理をさせては可哀想だった。
馬車に繋いで歩かせれば良いと言われてホッとした。
バターカップを置いていかなくてはいけないのかと思ったから。
今まで子爵領から出た事はなかったから、街道の様子も宿の様子も驚くことばかりだった。
宿にはたくさんの人が出入りしていて、とてもうるさい。
弟達と姉様達が一斉に喋っている時よりもうるさいのには驚いた。
お父様が居間つきの部屋を頼んでくれたから静かに食事出来たけど。
…… 夜中まで階下の騒ぐ声は消える事が無くて驚いた。
でも一番驚いたのは、公爵領までお父様が一緒に連れて行ってくれると言った事だろう。
私は御者とメイドとで行くのだろうと思っていた。
…… けれど、お父様が一緒に行くという。
お母様が新しい学校を心配したせいかも知れない。
…… お父様はお母様に頭が上がらない。
と言うか、お母様と争う事が嫌なのだろう。
お母様は感情的になりやすいから、私も苦手だけれど。
公爵領は美しい領地だった。
手入れの行き届いた集落や耕作地。
…… お父様も感心したように見入っていた。
古くてでもキチンと手入れされたマナーハウスはとても立派だった。
ここで学校をするなんて、勿体ないとは思わないのだろうか。
玄関前に馬車を止めると従僕が顔を覗かせた。
何人もの従僕が馬車の荷物を下ろしてくれる。
家政婦のミセス・スミスが、アンナに割り振られた部屋は東棟にある事、お父様は西棟に客間を用意した事を説明してくれた。
それぞれの部屋にはメイドが案内してくれるのでその後、朝の間でお茶にすると告げられた。
テキパキとした仕切りはさすが、だ。
案内された部屋は広々とした続き部屋だった。
居間は洒落た応接セットがあるし、寝室のベッドは天蓋つきだ。
私は驚いて口を開けたままになった。
…… お母様がいたら、叱られる。
こんな素敵な部屋に住む事になったら姉様達は大喜びだろう。
…… 知られたら、アンナはズルいとうるさいだろう。
絶対知られないようにしなくては。
荷解きをメイドに頼んで、手と顔を洗い気軽なデイドレスに着替えた。
旅行着は埃まみれだったが、メイドが手入れをしてくれると言う。
お礼を言って渡すとにっこり笑ってくれた。
名前を聞くとサリーだと答えた。
…… 公爵家のメイドが高飛車じゃなくてよかった。
朝の間にたどり着けるか、ちょっと心配だったが廊下に控えていた従僕が案内してくれた。
…… 一体、何人の使用人がいるんだろう。
もっとも、マナーハウスは広大だったから、掃除だけでもたくさんの人手が必要そうだ。
公爵夫人は淑女の鑑のような女性に違いない。
こんな屋敷を切盛り出来るんだから。
ちょっと重い気分でアンナは朝の間を目指した。