…… 私の騎士さま 2
午前中、子供部屋はさながら戦場と化す。
家庭教師のミス・キャサリンは女軍曹だろう。
五人もの子供達が、好き勝手をしないよう目を光らせている。
「 こんな文法が何の役に立つかわからないわ。 」
「 …… そうよ。 」
「 女学校にいらしたらこんな問題も解けないと恥を書きますよ。 」
好きあらばさぼりたい姉様達は文句を言う。
だが、お父様の方針で基礎的な学力も無く女学校にはやれないと告げられている。
バースのフィニッシングスクールに行きたい姉様達は黙った。
今度は計算問題を解いていた弟達が騒ぎ出す。
「 こんな計算何の役に立つのかわからないよ。 」
「 まあ、買い物に行った時、店の者にお釣りをごまかされても良いんですか? 」
「 買い物はツケでするんだよ。 」
「 そうですね。後継のお兄様はそうでしょう。でも、貴方は?限られた手当てでは計算もできないと使用人にも侮られますよ。 」
…… 真実だ。
七歳の子供に言うのはどうかと思うが。
癇癪を起こしかけている弟を宥め、計算にヒントを与える。
「 レディ・アンナ。手助けは結局ハリーのためにはなりません。 」
「 すみません。 でも、癇癪を起こされると面倒だと思ったので。 」
「 それは、そうですね。 」
ミス・キャサリンは肩をすくめた。
午前の授業時間が終わり、姉様達は片付けを終え席を立つ。
お父様の教育方針で、食事は食堂で家族揃って食べるのだ。
…… 特別なお客様でない限りは。
弟達が片付け終わるのを待って、アンナは食堂に向かった。
授業の報告はもっぱら姉様達に任せる。
口を挟んでも、都合の悪い事は言わないに決まっている。
姉様達は強かだし、やりあうのは面倒だし無駄だから。
食事は賑やかに始まり、会話も弾んでいた。
アンナは黙って食事をし、弟達が騒ぎ出さないよう見守った。
家族だけならともかく、今日は兄様の友達もいる。
ふとそちらを見ると一瞬目が会い、驚かれた。
そう言えば、朝は私は男の子の格好をしていたっけ。
弟だろうが妹だろうが大した違いではない。
…… 兄様のお友達が、そう思ってくれれば良いけど。
翌朝、いつものように起き抜け厩に行く。
バターカップに話しかけながら鞍をつける。
手綱を引いて厩から出ようとしたら、兄様の友達が来た。
「 …… おはよう。早いね。 …… 君はチャールズの弟? それとも妹? 」
「 …… 妹です。 」
「 …… 待ってくれ。すぐ、くるから。一緒に走ろう。 」
返事も待たずに、兄様の友達は厩に入っていった。
急いでいるのに慌ただしくない。
馬達はそうした気配に敏感だから、馬をよく知る人だろう。
一人で走れない事に少し苛立っていたが、ちょっと興味が湧いた。
今朝の兄様の友達は、落ち着きのある馬を選んでいた。
バターカップと走るならこのくらいでないと、と言う馬だ。
彼を待って、一緒に朝靄の中歩き始める。
充分に足並みを確認してから徐々に速度を上げて行く。
馬はもっと走りたそうにしているが、兄様の友達はしっかり抑えていた。
二周回ったところで私は軽く手を振って厩へ戻った。
…… 兄様の友達は手綱を緩めて森へと走って行く。
もしかしたら一人で馬に乗ることを危ぶまれたのだろうか。
一人で乗るときは敷地から出ないくらいの事はわきまえている。
でも彼は批難めいた事は言わなかった。
兄様に言いつけることも。
…… 割と良い人、なのかも知れない。