…… 私の騎士さま 1
綺麗な人だと思った。
夏の休暇で訪れた、大学生の兄様の友達。
今まで連れてきた人達と違って静かで、不機嫌そう。
…… 笑ったら素敵だろうに、ちょっと残念。
五つ年上の兄様は私のことなんか相手にしないし、その友達も同じ。
だから私の日常はいつもと変わらず一人で乗馬に出かける。
夜明けと共に起き出して厩に向かう。
小さい頃から出入りしている厩の事は何から何まで知っている。
馬丁に頼まなくても鞍くらい付けられるし、お世話だって出来るのだ。
「 おはよう。バターカップ。お散歩に行こう。 」
お気に入りの私の馬に話しかけながら鞍を着けて外に出る。
朝靄が深くて見通しはきかないけれど、慣れた道は真夜中だって平気。
…… 多分だけど。
ゆっくりの足取りで歩き始め、少しずつ速度を上げる。
バターカップはお婆さん馬だから無理はさせない。
敷地の外周に沿ってゆっくりと二周走らせてから厩に戻った。
古毛布で汗を拭いてやり、丁寧にブラシをかけた。
飲み水を与えていたら、誰かが入ってくる音がした。
「 …… おはよう。 …… 驚いたな。誰もいないと思ったのに。 」
「 …… おはようございます。 」
「 …… 君の馬かい? 」
「 …… はい。 」
「 …… 仲良しなんだね。 」
以外と愛想がいいんだなと思った。
昨夜はあんなに不機嫌そうだったのに。
短い会話の間に、兄様の友達は手際よく鞍をつけ、馬を引いて行く。
「 …… あの、その子はちょっと癖のある子なので、気を付けて。 」
「 …… ああ。 … ありがとう。 」
兄様の友達は馬に話しかけながら、身軽に背に乗った。
朝靄もだいぶ晴れてきたから危険はないだろう。
…… 私が心配することではない、か。
ふと自分の姿を見下ろした。
いつものお兄様のお下がりのブリーチズだ。
…… 乗馬服はくたびれてはいるが清潔ではある。
不審にも思われなかったのは弟だと勘違いされたからだろう。
それならその方が良い。
女の子が一人で乗馬してるなど外聞のいいことではない。
ましてや、ブリーチズを履いて鞍に跨るなどと。
お母様が聞いたら気絶するかもしれない。
これはお父様と私の秘密なのだ。
他の兄弟には、私ほどの馬好きはいない。
兄様も乗馬は好きだが、何よりもと言うほどではない。
姉様たちは嗜みとして乗馬をするだけ。
…… まあ、貴族の令嬢はそれが普通だ。
私は、出来る事なら一日中厩にいたい。
…… 人は苦手だ。
特によく知らない人は。
でも、馬が好きな人なら仲良しになれるかも。