大魔法使いの下僕やってます ~特技は『ヘイト集め』と『不死身』です~
俺は常軌を逸した嫌われ者だ。
昔から高校生の今に至るまで、誰にも好かれたことがない。
親にも兄弟にも同級生にも、会う奴会う奴片っ端から疎まれ無視されいじめられ、いつも一人ぼっちだった。
人が嫌がることをした覚えはない。
いじめの仕返しはきっちりこなしてきたが、少なくともこちらから先に仕掛けたことはない。
だから理由が分からなかった。
なんで俺は嫌われる?
いじめグループのリーダーに訊いたら、涙目でへたり込んだそいつは(俺の作ったわさび爆弾を顔面に食らったせいだ)こう答えた。
「知るか! なんかムカつくんだよ!」
理不尽極まりないが、奴らにはそれで十分な理由らしい。
なるほど、俺には誰かの隣を歩く人生は許されないようだ。
ならもういいさ、と俺はある時腹をくくった。
まあ別に死ぬわけでもないし、変に期待して裏切られるよりマシだしな。
そういう人生なんだと諦めた。
つもりだったんだが。
「う……ぐ……」
俺は死にかけていた
異世界で。
男に絡まれていた女の子を助けようとしたばかりにナイフで刺されて。
裏路地に倒れてわき腹の傷からあふれ出る血の勢いを手に感じながら、狭い夜空を見上げた。
昔孤独を紛らわせるために集めていた石のようにキラキラ光る星を見上げながら、俺は涙をこぼした。
「や……っぱり、一人は……やだな」
寂しかった。
ツイてないな、と思った。
劇の終わりに幕が下りるかのように目の前が黒く塗りつぶされていった。
そして死んだ。
だから。
その声は聞こえたはずがない。
「一緒にいきましょう」
というその声は。
◆◇◆
ゴッ。
「――っつ!」
急な痛みに俺は飛び起き、慌てて周囲を見回した。
襲撃か? 事故か?
だが目に入ってくるのは寝入る前と変わらない、谷間を行くゴツゴツとした岩場の道だった。
そこを行く馬車の荷台にて、ガタゴトと揺られている。
さんさんと降り注ぐ日の光。馬、御者、護送対象の荷物、全てに異変はない。
手の届くところに剣帯もある。
俺はほっとしてまた横になった。
「気のせいか」
「なにがよ」
仰向けになった視界の空を遮り、さかさまの女の顔があった。
柔らかそうな頬の輪郭。編んだ金髪。
深くかぶったフードの奥から、全く揺れない碧の瞳が冷たくこちらを見つめている。
一見して無表情だがどうやら不機嫌なようだ。
「今は仕事の真っ最中よカズキ。起きなさい」
「なんでだよ。やることねえじゃん」
俺はあくびをしながら答えた。
「馬車は予定通り進んでるし荷物を狙った襲撃もないし事故も起きてないし。なら寝てるしかないだろ」
「わたしは周辺の見回りで忙しかったけど」
「そうか。大魔法使いさまは大変だな。俺はシエルと違って役立たずだから」
「あなたでも意味もなく荷台から蹴り落とされる仕事くらいはできるわよ」
「しねえよ!」
俺は腹に置かれた足を払いのけて起き上がった。
「油断も隙もねえなお前!」
「目を離すとすぐに寝入る人に言われたくないわね。でも安心して。もっといい仕事もあるわ」
シエルは雷光をまとわせた右手をこちらに向けながら言った。
俺はぐっ、と言葉を呑む。
目の前にいるこの少女、シエルは自称大魔法使いだ。
本人が言うには百年に一度の天才らしい。
当代随一の魔法使いのもとで学び、それをはるかに凌ぐ実力をつけたとかなんとか。
そんな自己申告を信じるのは馬鹿だけだとしても、確かに使う魔法はやたら強力だし機嫌を損ねれば痛い目に遭わされる。
「……へいへい。真面目にやればいいんだろうがよ」
「素直でよろしい」
シエルはすました顔で右手をひっこめて俺の隣に座った。
「あなたただでさえ他人を苛立たせる体質なんだから気を使いなさい」
「知らねえよ。それは俺のせいじゃねえし」
「誰だってままならないものと戦いながら生きてるの。自分だけ楽をしようとしたら駄目よ」
「へえ。そうかよ」
舌打ちする。
俺が今までどれだけ苦労してきたかも知らずに言いやがる。
いつも嫌われて馬鹿にされる奴の気持ちがお前に分かるのか。
が、言っても仕方ないのは分かっていた。
分からない奴には何をどんなに丁寧に教えてやっても無駄だ。
そもそも理解する気もないんだから。
天才を自称する奴なんか特に。
はあ。俺、なんでこいつについてくる気になっちゃったかなあ……
「油断しているとまた死ぬわよ」
唐突にシエルが言った。
「死なねえよ」
「そうね。死んでるからね」
いちいち絡むような言い方に頬がひきつるのを感じる。
「そうだな、誰かさんを助けたせいで死んだな」
「頼んでないけどね」
「じゃあ次は助けねえ」
「頼んだら助けてくれるの?」
「あ?」
隣を見るがシエルは特に表情を変えるでもなく真っ直ぐ前を見たままだった。
「助けてくれる?」
「……」
考えた。
少しだけだ。
「助けるよ。お前が人に頼むとか想像できんけど」
「そう。よかった」
かすかにほっとしたような。
はにかむような。
そんな気配が隣でした。
「じゃあお願い。助けて」
「え?」
シエルが素早く立ち上がった。
「闇に閃光、天よ爆ぜろ!」
彼女が叫ぶと、天を示したその指先に光が弾けた。
轟音が響き渡り鼓膜を揺らしに揺らす。
馬が驚いて急に速度を上げた。
荷台が俺たちを振るい落とさんばかりに暴れる。
よろめきながらも必死に手がかりを求めて手を伸ばしたが……
「出番よ」
「っ!?」
俺は荷台から落ちて、というかシエルに蹴り落とされて地面に激突した。
馬車が急加速した分落下の衝撃がヤバい。いてえ。
バウンドを繰り返し、勢いよく転がり続けて、しばらくしてようやく止まる。
「……何しやがるクソ女!」
立ち上がってわめくが爆走する馬車はもう視界から消えていた。
一体何なんだあいつは。
突発性のヒスか。土の味が苦いぞクソ!
いや。
気配を感じて振り向く。
岩陰から薄汚れた、しかし手斧や剣で武装した男たちが姿を現したところだった。
山賊か。
思わず舌打ちする。
「マジで油断禁物だな。ていうか武器なしかよ」
と思ったが、横を見ると剣が抜き身で地面に刺さっていた。
シエルが寄越してくれたらしい。
感謝する気にはなれないが、それでも柄を握り引き抜く。
山賊は五人いた。
うち一人、リーダー格らしい大男が他の四人に指示を飛ばす。
「こいつは俺がやる。お前たちは馬車を追え」
目的はあっちなんだからまあそうなるわな。
だがシエルに頼まれた以上通すわけにはいかない。
俺はにやりと笑ってズボンに手をかけた。
「おっとー!? ブルってんのかタマなし共が! 違えってんなら男見せなー! へいへーい!」
半ケツを出して尻踊りしてついでに剣をバットにスイング二回。
挑発としては安すぎるがこれを俺がやるとマジに効く。
人を苛立たせる体質、とシエルは言った。
これは嫌味ではなくそのままの意味だ。
俺は人の感情を逆なでする、魔素とかいうモノを放出しているらしい。
今まで嫌われ続けたのもそのせいだと。
「予定変更だ! あいつをぶっ殺せ!」
かかった。
俺は不敵に笑って剣を振り上げる。
しっかり息を腹に溜め――
思いっきり投げつけた。
「が……!」
激突の鈍い音。
モロに顔面に食らった山賊が二人も崩れ落ちる。
相手の勢いが加わっていたとはいえラッキーだ。
そしてさらに地面を蹴って残りの奴らに殴りかかる。
俺の拳で沈めや阿呆共!
飛び込み、ぶつかる!
そしてめった刺しにされてぼとりと地面に落ちた。
「……なんだコイツ」
意味が分からなかったんだろう、大男がそう言った。
が、すぐにこちらに背を向けた。
「まあいい、今度こそ馬車をがふ……!」
そいつの語尾は鈍く濁った。
体を硬直させ、それから崩れ落ちる。
「な……!?」
三下共は心底驚いたようだった。
倒れる大男の陰から俺が姿を現すとさらに大口を開けた。
刺された奴が生きてりゃ当然か。
俺は大男を殴るのに拾った手斧を放り捨て、軽く笑いかける。
「どうだ? 死んだふり上手いだろ」
「こいつ!」
残り二人のうち一人が向かってくる。
その剣に肩口が斬り裂かれるが、俺は構わずその内側に入り込み、相手の体にしがみついた。
「うらァ! かち割れろ!」
そのまま相手の顔に頭突きの雨を降らせる。
暴れる敵と一緒に地面を転がって、それでも攻撃の手は緩めない。
ガンガンガンガンやっているうちに相手の体から力が抜ける。
鼻血だらけの顔に白目をむいて気を失っている。
「ハッ、ざまぁ……」
そこで油断したのが良くなかった。
脇腹に衝撃を受けて俺は転がった。
何も分からないまま大の字になる。
踏みつけられ、動けない。
「お前、一体……」
山賊の最後の一人は、俺を足で押さえたままつぶやいた。
俺の胸の傷を見ている。
まだ生々しく口を開いているその傷をだ。
「まさか、アンデッドか?」
「そのまさかだよ。こえーか?」
俺はなるたけ不気味に見えるように笑って、敵の足をつかんだ。
「呪ってやるぞ。お前もこっちに引きずり込んでやる」
「う……」
山賊のくせにビビったらしい。
だが、それでも俺から足はどけなかった。
「あ、アンデッドでも、頭を潰されれば終わりだろ!」
鋭い気配が眉間に迫るのを感じた。
ぶっちゃけ怖い。
ちびりそうだ。
だがそれでも俺は相手の足を放さなかった。
逃げられないように。
注意をこちらから逸らさないように。
十分時間は稼いだ。
ならもうあいつはやってくる。
「魔槍よ貫け!」
飛来した光が、山賊だけを狙って正確に吹き飛ばした。
敵は転がって岩にぶつかり、動きを止める。
もう起き上がってこないことを確認して、俺は叫んだ。
「おせーよ!」
「そうでもないわ」
顔を上げるとシエルがいる。
俺と違って服や顔に汚れはない。
フードの奥からいつもの無表情な視線をよこしてくる。
「わたしは待ち伏せの山賊を片付けてたから。十人くらい」
「数ごまかしてないか?」
「本当は十五人」
彼女が差し出してきた手を借りて立ち上がる。
が、ふらついてかたわらの木に手をついた。
「あー、クソ……」
「悲惨なくらいボロッボロじゃない。無茶しすぎよ」
「蹴落とした奴がよく言うよ」
「見せなさい。治すから」
傷を探り当て、シエルが手をかざす。
じわりと温もりが生じて、傷がふさがっていくのを感じる。
俺は安堵の息をついてその温かさに身をまかせた。
俺はアンデッドだ。
正確にはアンデッドもどきだ。
大魔法使いシエルが編み出した蘇生禁術により、半端に蘇ってしまった半死半生人間だった。
彼女によると、施した術はまだ不完全なため長くても数ヶ月ほどしか体を保てない。
だから、とシエルは言う。
「わたしに協力して。お願い」
完全な蘇生禁術を編み出すための手伝いを、と。
彼女には何やら野望があるらしい。
もちろん選ぶまでもなかった。
俺は二度も死にたくなんてない。
それに……こんなのは初めてだったのだ。
誰かに頼みごとをされるなんて。
「で、次はどうするんだ?」
胸の傷が治ったところで俺は訊ねた。
彼女は道の先を振り返ってうなずく。
「そうね、まずは馬車に追いつきましょう。それから荷物の一部をいただくわ」
「え?」
「今なら御者も気絶しているし目撃者はいない。山賊のせいにできる。貴金属類でかさばらないからここらに埋めて後で掘りに来ましょう」
「おいマジかよ」
俺は顔をしかめたが、彼女はさっさと歩き出していた。
「だって目的達成に資金は必要だもの」
「焦るんだな」
「別にあなたのためじゃないわよ」
「いや思わんて。お前が俺のためにとか」
「そうね。わたしはわたしの夢のために動くだけ」
……彼女が実は亡国の姫であり、その再興のために蘇生禁術を欲していると俺が知るのはまだ後のことだ。
その時の俺はただ単純にこう考えていた。
俺を嫌わない誰かが隣にいてくれるのはいいもんだなと。
「……ふーん。頑張れよ」
「あなたもね」
並んで歩く道に心地よい風が吹き、俺の髪とシエルのフードを揺らした。
(終)