第6部
11話
「事の始まりは5年前でお嬢様が
12歳の時です。
私が執事として仕える事になった
最初の年でした。
西園寺家の今の主人と私の父が
知り合いで、西園寺家の執事の仕事を
してみないかとお誘いを受けて
仕える事になりました。
まだまだ新米だった私は
失敗ばかりでよく先輩執事に
怒られたり、お嬢様にご迷惑を
かけてばかりでした。
そんな未熟者であった私は
その年に最大の過ちを犯すのです。
それはお嬢様と私が屋敷の外を
散歩していた時でした。
初めてお嬢様のお付き役を
任された私は張り切っていましたが、
西園寺家から出てくるお嬢様を
待ち伏せていた悪党共に
さらわれてしまったのです。
私は悪党共に立ち向かったのですが、
悪党達の力が強く、情けないですが
お嬢様をお守りする事が出来ませんでした。
私はすぐに主人と先輩執事に報告し、
悪党達から連絡が来るのを待ちました。
やはり悪党達の目的は身代金でした。
身代金と引き換えにお嬢様の命を
助けてやると言われ、身代金を
用意してお嬢様は西園寺家に
戻って来られたのです。
私はお嬢様にあの日、
お守りできなかった事を
謝罪しに行きました。
勿論許してもらえるなどとは
毛頭考えてもいなかったのですが…。
私がその旨を伝えるとお嬢様は
「何のこと?」と仰いました。
お嬢様は誘拐のトラウマで
記憶を完全に失っていました。
誘拐時の記憶だけでなく、
過去の記憶も忘れてしまい、
昨日の記憶も覚えられなくなる程の
記憶障害に陥っていました。
私は自分のせいでお嬢様が
記憶障害になってしまわれたと思い、
あの時お嬢様を守れなかった
自分を毎日悔み続けました。
そして、お嬢様のサポート役を
生涯に渡って勤める事を誓ったのです。
その頃、あまりに私とお嬢様の様子を
不憫に思った主人はのちに聖夜と
名付けられる黒猫を買ってきました。
これがお嬢様が記憶障害になった経緯と
聖夜が西園寺家に来た経緯です。
勿論、今でも自分の不甲斐なさで
お嬢様をお守り出来なかった事を
悔み続けていますし、
初めて会った時から可愛いと
お嬢様の事を想い続けていましたが、
あの誘拐事件があってからは
お嬢様に恋心を抱くのが
おこがましくて生涯に渡って
この私の命を張ってでも
お守りし、忠誠を誓いたいと言う
今の私の想いです。」
「そうだったの…。そんな事が
私の過去にはあったのね。
私が昨日の事でさえ記憶出来ないのは
トラウマのせいだったのね。
でもね、暁斗。これだけは言えるわ。
昨日の事でさえ記憶出来ない私を
変えてくれたのは貴方じゃない。
写真という手段を使って
私の過去の思い出を記録させてくれる
素晴らしさに気づかせてくれたじゃない。
私が写真のお陰で元気になったのも、
復学できたのも写真部に入部して
先輩や友達が出来たのも
全部貴方がキッカケを
与えてくれたからだと私は思ってるわ。
だから、貴方はそんなに自分を
責める必要は無いわ。
後悔を抱く必要もない。
私は貴方をもうとっくの昔に
許してるもの。
貴方の、いつも私に対しての
献身的な行動がそれを物語ってるわ。
暁斗、私がこれだけ言っても
まだ私との恋愛は考えられないかしら?」
「お嬢様…。ウゥッ…。グスッ!
ありがとうございます。
こんな未熟な私を許していただき
本当にありがとうございます。」
「暁斗、泣かないで。」
俺が泣き出して下を向いていると、
暖かい温もりを感じた。
お嬢様に抱きしめられていたのである。
もうお互いをどう想ってるとか、
好きとか付き合うとか言葉は要らなかった。
俺はこの日今まで背負っていた業から
解放され、絶望の極地から一転して
お嬢様と共に歩む希望に満ちた未来が
見え始めた気がした。
12話
私は暁斗と付き合う事になった。
「お嬢様、おはようございます。」
「暁斗、2人きりの時は
その口調は止めて欲しいの。
せっかく付き合ってるんだから
対等に接したいわ。」
「分かった。陽乃、おはよう。」
(暁斗に名前を呼ばれるなんて…。
ドキドキ。)
「暁斗、おはよう。」
(お嬢様を名前で呼んでしまった。
可愛い笑顔だ…。ドキドキ。)
お互い付き合うのは初めてなので
側から見たら初々しく見えるだろう。
「暁斗、付き合ってるんだから
恋人らしい事をしたいわ。
今度の日曜にデートに行きましょう!」
「良いね!どこ行こうか?」
「私、ずっとデートで
行きたかった所があるの。
横浜なんだけど…。」
「横浜かー。俺も行った事ないから
行ってみたいな。」
「じゃあ決まりね!」
「あ、陽乃。デートの時は2人で
カメラを持つようにしようか。」
「良いけど、どうして?」
「2人の大切な思い出を記録として
残しておきたいから。
例え陽乃が忘れてしまっても、
写真を見ればその時の想いや感情が
蘇るかなって思ってさ。」
「暁斗…。ありがとう!
デート楽しみにしてるわね。」
そして、デート当日を迎えた。
「暁斗、お待たせ!」
「全然待ってないよ。…。」
「どうしたの?」
「いや…。いつも可愛いけど
今日は特別可愛いなって。」
「!照れるじゃない…。
でも、嬉しいわ!ありがとう。」
「うん!行こうか。」
暁斗は私に手を差し出してきた。
私は手を繋ぎながら横浜の街を
歩き出した。
横浜中華街では、
美味しい中華料理や
肉まんを食べた。
山下公園では、
巨大な船や美しい
公園の風景を撮影した。
デートで回った各スポットで、
食べた物や見た物を撮影したり、
ツーショットを撮影して記録に残した。
そして、横浜ランドマークタワーでは
美しい夜景を一望した。
ランドマークタワーは幸い
人が少なくて貸し切り状態だった。
「暁斗、ここの夜景は本当に綺麗ね。
いつまでも見ていたいくらいだわ。」
「そうだな。写真で記録に残すのも
悪くないけど、目に焼けつけるのも
良いかもな。」
私はふと暁斗の顔を眺めた。
その時、暁斗も私の顔を見ていた。
美しい夜景、貸し切り状態で2人きり。
シチュエーション的には最高だった。
暁斗が私の顔に近づいてきた。
私はそっと目を閉じた。
私の生まれて初めての
ファーストキスだった。
こんな幸せに包まれた日が来るとは
以前の私には全く予想が付かなかった。
これも全て暁斗が変えてくれた人生だ。
しかし、私はこの幸せな記憶を
いつかは忘れてしまうだろう。
だが、私にはこのデートで
撮影した写真達がある。
この写真達を見て、美味しい料理を
食べた事や美しい光景を見た事、
夜景を見ながら初めてキスをした事を
思い出せるだろう。
私の記憶が消える事に対しての不安は
もう無くなったのだ。
私は暁斗に感謝しつつ、幸せな感情に
浸る事にした。
13話
あれから日常は
目まぐるしく過ぎて行った。
私は高校3年生になり、
写真部の部長を任された。
新入部員も少ないが入ってきて
初めての後輩が出来た。
3年になるとクラスは一気に
受験モードになり、大多数は
大学進学に向けて
受験勉強に取り組んでいた。
かく言う私も大学進学を考えており、
志望校は難関私立大学に決めていた。
理由は大学卒業後はお父様の経営の
お役に立てたらと言う物だ。
お父様にその事を伝えたら
とても喜んでくれた。
暁斗も大学進学に賛成してくれ、
受験勉強を見てもらったりしていた。
あっという間に春が過ぎ、夏が過ぎ、
秋が来て高文連の季節がやって来た。
昨年は県大会に進出は出来たが、
県大会で賞はもらえなかったので
今年こそは県大会で賞をもらうと
意気込んでいた。
今年は私と乃ノ香が地区大会を
勝ち上がり、県大会に出場した。
「陽乃、今年こそはお互い
この大会で賞を取りたいね!」
「うん!私達は今年で最後の
チャンスだから私も相当賭けてるよ。」
県大会は横浜で行われた。
大会当日は残念ながら
土砂降りだったが、
大会の場所が横浜だと
暁斗に伝えると、
「俺達の初デートの場所か。
縁がある場所だから
今年こそは受賞出来るよ。」と、
激励してくれた。
そして、運命の結果発表の瞬間が来た。
「今年は最優秀賞が1人、優秀賞が3人、
入選が5人、佳作が10人です。
受賞作品には作品の隣に
紙が貼ってあるので見てください。
全国大会には優秀賞以上の計4名が
進出出来ます。」
(私の作品は…。やった!
遂に私の作品が認められた!)
「陽乃、やったよ!私は佳作だ!」
「乃ノ香、やったね!私は入選だったよ!」
「陽乃、凄いじゃん!何だか2年前に
陽乃が入部して来た時の事を
思い出しちゃったよ。
あの時は全然の素人だったのに、
今じゃ陽乃は県大会で賞を
もらえる程になったんだね。
私は嬉しいよ!」
私達はお互いの健闘を称えあって、
抱きしめ合った。
いつの間にか土砂降りだった外は
雨が上がり、私達の受賞を
祝福するかの様に綺麗な虹が
空に掛かっていた。
そして、高文連も終わり
私達は受験モード一色になった。
私は模試の判定でA判定を取り、
担任の先生にも志望校合格は
大丈夫そうだと伝えられた。
今年のクリスマスは暁斗が
配慮してくれて西園寺家だけで
お祝いをした。
受験当日は暁斗が応援に来てくれた。
「いよいよ受験当日だな。
陽乃、変な意地やプライドに負けるなよ。
自分の今までの力を信じて
心と向き合うんだ。
俺は陽乃を信じて待ってるぞ。」
「暁斗…。ありがとう!行ってくるね!」
(暁斗がかけてくれた言葉は
とても印象的だった。
頑張んなくちゃ!)
受験は暁斗の言葉のお陰で
落ち着く事が出来、
自分の力を最大限に
発揮する事が出来た。
そして、いよいよ
合格発表の当日を迎えた。
「暁斗…。見るのが怖いよ。」
「大丈夫だ。俺が付いてる。」
(私の番号は…。)
「暁斗!有ったよ!合格したよ!」
「陽乃、やったな!おめでとう!」
私達は喜びのあまり、公然の目の前で
抱きしめ合った。
他の受験生にジロジロ見られていたが、
全然気にならなかった。
こうして私は無事に
志望校に合格出来たのである。