第5部
9話
「江ノ島だー!海だー!夕焼けだー!」
「ロマンチックだな」
「海ってとても綺麗ですね。」
私達は場所を移動して
水族館から江ノ島の海へと
来ていた。
夕焼けに照らされた海面は
とても美しく、初めて海を見る
私にとってとても思い出深いものと
なったのである。
「じゃあまた撮影やるぞー。
今度も1時間取るが、暗くなってきたら
危ないからその時は早めにここに集合な。」
「はーい!行ってきまーす!」
乃ノ香はテンションが上がっている様で、
早速撮影に繰り出して行った。
「私も行ってきます!」
そんな私も初めての海に
興奮を覚えており、早くこの
美しい光景を撮影したかった。
「行ってきな。暗くなる前に帰るんだぞ。」
「了解です!行ってきまーす!」
「カシャッ!カシャッ!」
私は水族館に引き続き、夢中になって
シャッターを切っていた。
私の場合は過去の出来事は記憶には
残らないので、今感動している
この光景を記録として残したかったのだ。
そんな撮影に夢中になっていると、
向こうの砂浜から部長が
こっちへと向かって来た。
「おーい!そっちはどうだ?撮れてるか?」
「はい!素敵な写真を沢山撮れて
ワクワクしています!」
「なぁ、陽乃ちゃん。いや…陽乃。
頭良いお前ならとっくに
気づいてるんだろう?
俺が意図的にお前に逢いに来てることを。」
(!まさかとは思ったけど、本当に
偶然じゃなくて部長の意図的な
行動だっただなんて…。)
「薄々は気付いていました。
でも、何でかなとは思ってました。」
「そうか…。実は陽乃に話があってな。
春の撮影会の時を覚えているか?」
今の私には過去を記憶出来る手段は
写真しかない。
急いで春の時に撮影した写真を表示した。
「私がハルジオンを撮った時ですよね?
確か初めて皆に写真を認めて貰って
嬉しかった記憶が有ります。」
「俺がその時撮影してた花は覚えているか?」
(…。正直、あまり思い出せない。
意外だったことと素敵だったことは
辛うじて覚えている。)
「確か意外な花だった記憶が有ります。」
「タンポポだ。前も話したかもしれないが、
英語名でダンデライオンと言って、
その英語名も気に入ってるし、花言葉の
真心の愛や別離と言った正反対の意味を
持つ所も気に入っている。
実はな、その時にハルジオンを被写体に
選んだ陽乃に親近感を覚えたんだ。
ハルジオンもタンポポも普通の人からしたら
雑草に近い花だよな?
でも、俺も陽乃も道端に生えてる
小さな命を大切にしている。
その時、あぁこの子は俺と同じ感覚を
持っていて、どんな子なんだろう。
もっと知りたいと思ったんだ。」
「そうだったんですか…。
でも、最近部長との接点は多いですよね?
何かと話すことや会うことが
多くなりましたし。」
「それも意図的にやった事だ。
…。回りくどいよな。俺はこの
夕日に照らされた海をバックに
言いたかったことがある。
陽乃、お前が好きだ。
付き合ってくれないか?」
「部長!部長が私を好きってことですか?
驚きました…。」
「今まで気づいてなかったのか…。
どうだ?直ぐには考えられないなら
いつでも返事は待ってるぞ。」
「私もつい最近、復学して外界との
接触を始めたばかりなので…。
恋とかよく分からないんです。
少し考えさせて下さい。」
「分かった。ゆっくり考えてくれ。」
「分かりました。」
(まさか部長が私のことを
好きで、付き合って欲しいと
申し込まれるなんて…。
ここ最近、人生で初めての
経験ばかりだわ。
恋愛なんてどうしたらいいか
分かんないよ…。
どういう感情が好きって言うんだろう。
帰ったら暁斗に相談してみようかしら。)
そんな事を考えながら、今回の撮影旅行は
終わりを告げたのであった。
10話
撮影旅行から帰ってきた私は
暁斗に恋愛相談をしてみた。
「暁斗、恋って何かしら?」
「お嬢様!どうかされたんですか?」
「実は…とりあえず恋って何かを
教えて欲しいの。」
「恋ですか…。相手を見ると
胸がドキドキしたり、キュンとしたり
相手を大切に愛おしく想う気持ちと
申し上げたらよろしいでしょうか…。」
「なるほど…。暁斗は恋をした事はある?」
「!お嬢様…。私の場合は恋というより
愛ですかね。」
「恋と愛は何が違うの?」
「恋は好きで付き合いたい気持ちで、
愛は愛していて結婚したい気持ちですね。
愛の方がより相手を大切にしたいと想い、
生涯一緒に居たいと言う感情が湧きます。」
「暁斗は恋と愛に詳しいのね。」
「えぇ…。まぁ。」
(恋と愛か…。部長に対する感情は
どうなんだろう?
胸がドキドキする?
大切にしたいと想う?
生涯一緒にいて欲しいと想う?
あれ?この感情ってどこかで
抱いた事があるような。
日常で当たり前だと感じていたけれど、
暁斗に対してそんな感情を
抱いているような…。
まさか私は暁斗が好きなの?
部長ではなく、暁斗と付き合って
将来は結婚したいって事?)
「お嬢様?顔を赤くされて
どうかされましたか?」
「え?あぁ、何でもないのよ!」
(自分でもいつの間にこんな感情を
抱いていたなんて、全然気付かなかった…。
私は暁斗が好きなんだ。でも、暁斗は
私の事どう想っているんだろう?
ただの仕える主人?それとも…。)
私は人生で初めて抱く感情に
戸惑い続けたまま、
あっという間に季節が過ぎて
部長が卒業する時期になった。
「えー。新部長は陽乃に任命する。」
「おめでとう!」
「えぇ!私ですか?乃ノ香の方が
在籍期間は長いし、経験も豊富だし
部長に適切じゃ…。」
「俺が決めた事だ。部長は陽乃、
お前にふさわしい。実は乃ノ香と
話し合って決めた事なんだ。」
「そうだったんですか…。」
「そう言えば、あの時の返事
聞かせてくれるかな?」
(部長に告白された返事か…。
散々悩んだけど、この結論しか
思い付かなかった。)
「部長には申し訳ないんですけど、
ごめんなさい!私には好きな人が
居てその人と付き合いたいです。」
「そうか…。
まぁある程度予想してたがな。」
「えー!部長、いつの間に陽乃に
告白してたんですか⁉︎」
「まぁ終わった事だ。2人とも
写真部を盛り上げてくれよ。」
最後に部長は私と乃ノ香の頭を
クシャクシャにして笑って激励してくれた。
そんな部長の告白を断った私には
確かめたい気持ちがあった。
「暁斗!居るかしら?」
「はい、お嬢様。ここに居ます。」
「…。暁斗は私にどういう感情を
抱いているの?」
私はこの数ヶ月悩み続けてずっと
聞きたかった事を暁斗に聞いた。
「え!お嬢様の事ですか?それは…。」
何だか暁斗が顔を赤らめている。
「暁斗?」
「お嬢様の事はとても大切に想っています。
生涯命をかけてでもお守りし、
仕えたいと想っております。」
「そういう執事的な感情は分かってるの!
その…。恋愛的に好きかどうかって
話なんだけど…。」
「恋愛的にですか…。あんな事が
あってから私はお嬢様に恋愛感情を
抱いてはいけない気がして…。」
「あんな事って?」
「はっ!失礼致しました。
何でもございません。」
(暁斗は私に何か隠している。
そういえば度々何か大切な事を
忘れているような気がしてたわ。
聖夜がこの家に来た経緯も忘れてるし。)
「暁斗、正直に話して頂戴。
私に隠し事は無しよ。」
「…。分かりました。お嬢様の記憶を
失う事になったある過去の話です。」
私は暁斗から今まで記憶を失っていた
経緯を聞かされる事となった。
それは私の想像以上に心を
かき乱すものであった。