第2部
2話
「暁斗、どうだ?
陽乃ちゃんは相変わらずか?」
「ああ…。笑顔は取り戻されてはいるが、
記憶は一向に戻る気配を見せない。
正直焦っている。このままお嬢様が
大人になると思うと、考えるだけで
震えが止まらない。」
「そうか…。記憶はまだ戻ってないか。
暁斗、俺がカメラマンをやっている上で
心掛けている事がある。
写真は記憶には残らない物でも、
記録には残る。
例え忘れてしまう過去でも、写真は
思い出としてその時の思いや感情を
残す事が出来るんだ。」
俺はその言葉にハッとした。
俺が幼少期に父の写真を通して
感じていた事と同じだったからだ。
同時に父の写真に託した思いや感情は
息子である俺にきちんと伝わっていた事に
喜びを覚えた。
「親父、俺にもカメラの使い方を
教えてくれないか?勿論、西園寺家の
執事はきちんと勤め上げる。もしかしたら、
今の記憶障害に陥っているお嬢様にとって
写真が何かの打開策になるかもしれないんだ。」
「暁斗…。お前にも父さんが見てる
世界を見せる事が出来るんだな。
教えてもいいぞ。陽乃ちゃんの助けに
なれば良いな。お前の頑張り次第だぞ。」
「親父、ありがとう。お嬢様の記憶は
俺が必ず取り戻して見せるよ。」
こうして、カメラマンである親父に
写真を教えて貰う事になった。
写真という物は奥深く、知識と
技術は勿論必要だが、撮影者の
思いや感情を乗せる事が
出来る事に俺は改めて気付かされた。
親父には「お前の撮る写真は
技術や知識的にはまだまだだが、
お前らしさは出ているし、親である
俺にもやっぱり似ているな。それを
自分の物にいかに取り入れていくかが
大切になってくる。頑張れ。」と、
とりあえずは一端のカメラマンとして、
やっていける事になった。
俺はカメラを構えてみて、改めて
何を被写体にするか悩んでいた。
記憶を取り戻す事が出来る被写体とは、
何なんだろうと考えた。
お嬢様自身を撮影する事、お嬢様と俺の
日常でも良い些細な出来事を撮影する事、
他の手段や感覚で記憶を思い出せそうな
花や動物、風景なども撮影してみようと
思った。
まだまだお嬢様の記憶に残る写真を
撮るという俺の人生を賭けての目標は
始まったばかりだ。
これからどうなるか分からないが、
将来的にお嬢様が幸せになって
下さる事を期待してこれから
歩んでいこうと思う。
3話
私には過去の記憶が無い。
私がどんな人生を歩んできたのかも
分からないし、昨日の事もあやふやな事が
多々ある。
執事の暁斗にはいつも申し訳なく
思っている。
5年前から仕えてくれているらしいが、
大切な存在という事は心で感じる事が
出来るのだが、彼と過ごしてきた
5年間の日々は上手く思い出せない。
そして、その中に何か私にとって
重大な記憶を失ってしまっている
気がしてならないのだ。
だから、私はいつも暁斗に問うのだ。
「私は何か大事な事を
忘れてはいないか?」と。
暁斗はいつも私に気を遣って何も忘れてないと
言ってくれるが、私には薄々感じている。
私は日々失っていく記憶を何とかして
取り戻したいと考えている。
私が1つまた1つと忘れていく度に、
暁斗はいつも悲しげに笑うのだ。
それに、これからの私の人生が
どうなっていくかも非常に不安なのだ。
私は今、休学中である。高校には入学したが、
日々の記憶を失っていく私には
クラスメイトと馴染める気がしなくて、
段々と高校から足が遠ざかっていった。
このままではいけないと
いつも焦りを感じている。
私は幸い、勉強面での記憶は失われないので
成績自体は落ちてはいない。
むしろ、お父様に将来は立派な
大学を卒業してお父様の会社の後継者として、
跡を継ぐ事を期待されているくらいだ。
しかし、私が本当に送りたい人生は
そんな立派な人生ではなく、普通に
女性としての幸せである結婚や
子育てをしたいという願望がある。
私は将来、どうなっていくのだろう。
このまま記憶を失い続けたまま、
人生を送るのだろうか。
そんな悲観してた矢先だった。
暁斗が私の人生を一変させる物を
持ってきてくれたのは。
「お嬢様、こちらを見てください。」
「これは…。カメラよね?
それくらい分かるわよ。
それがどうかしたの?」
「カメラは写真を撮影する事が出来ます。
これを私がお嬢様とご一緒に
使ってみたいと思っております。」
「カメラを?どうして?」
「写真という物は記憶に残らない物でも、
記録に残す事が出来ます。」
私はこの言葉にハッとした。
「記憶に残らない物でも、記録に残る?」
「そうです。私の父がカメラマンを
やっているのですが、その信念を持って
撮影に励んでいます。これで少しでも
お嬢様の日々の思い出を残す事が
出来ればと思いまして。」
「暁斗…。」
暁斗のこの提案が私の記憶を取り戻す
重大な鍵となるのであった。