巫行083 合戦
精霊を祀る村での数日間の逗留を終えて、水分の巫女の一行は南への旅路に戻った。
南方にあるのは彼女達の里の仇である黒衣の術師集団、地蜘蛛衆の出身地。
そこで仇の本性を見極め、あわよくば黄泉送りの術を持つ彼等から、妹巫女を救い出す為の手立てを聞き出せないかと画策しての旅である。
ミクマリは貧血が完治してはいなかったが、妹の仕事の完遂を見届けた事を区切りに旅の再開を自ら提案した。
共に山中をゆき、嘴の入れ墨の横顔が何処か少し大人びたのを感じると、微笑ましい気持ちと共に一抹の寂しさを覚える。
子供もいつまでも子供のままではない。人は変わりゆくものだ。そして自身もまた然り。
ミクマリは頭上を漂う翡翠の霊魂を見上げて微笑む。
怪我の功名と云うものだろうか、病床に伏していた際、久しぶりに二人きりの時を設けられた事は幸福だった。
里の守護神ゲキにより言い渡された神和の禁止。
ミクマリの胎に刻まれた御神胎ノ術は、数多の神へその身を提供する御印である。
人の身体を神の器と変ずる術式ではあるが、所詮は人の身体。神代を繰り返す事に依り心身霊に負担が掛かり、着実に覡國から遠ざかると云う。
ミクマリとゲキの目的は自身の里の民の無念を晴らす事。だがそれは、彼女達が彼女達であるからこそ意味のある事で、別物に成り果てればそれは没意義な供犠に過ぎぬだろう。
この考えを、あの無神経な男覡の霊と共有出来た事は、ミクマリにとって何にも代え難い励みであった。
だが、良い事ばかりではない。ミクマリは出立前にアズサから“更に別の神からの干渉”も聞かされていた。
乾いた大地を雨乞いの舞で潤した事に依り、遍く神々が興味を示し、またそれらを魅了したのだが、中にはそれが面白くなかった者もいるらしい。
アズサへと干渉した女神は、ミクマリへ危害を加える心積もりがあった様だ。
神からの干渉を抑える事は人間側には出来ない。
神和に関しても、力付くで身体に侵入される事を避けようと思えば、神の力を上回るしか手立てはないという。
笑気を持った女神の一件も考慮すれば、矢張り雨乞いの舞いも禁ずる他ない。
ミクマリは、旅の初期に掲げていた“神の器と舞の完成”を達成したものの、早々に封印をする事と為った。
霊気の磨きも度が過ぎれば、神気の領域に踏み入れる事と為り、これもまた彼女の“人離れ”の一因と為りうる。
事実上の成長の打ち止め。それでもその術力は里の仇を配下に持つ豺狼の王には敵わないという。
師は霊魂の色を悪くして唸り、妹は微力ながら力に為りますと息巻いた。
一方で、血と汗と涙の結晶へ制限を受けたミクマリは「そうですね。そうしましょう」と軽く承諾した。
術師としての腕前は、霊気の練りだけに非ず。霊気の操作を司る霊性の磨きや、自然物の操作に関する知識もものを言う。
水を留め置くは探求ノ霊性。
ミクマリは宙に幾つもの水の凹板を作り出し、それを太陽へ向けて斜めに連ねて設置した。
『それで何をするのだ?』
師が訊ねる。
「火を熾します」
人差し指を立て、得意げに言うミクマリ。彼女の術の才は憑ルベノ水一辺倒であり、結ノ炎は持ち合わせていない。
「お日様の力を借りるのです」
水の凹板が日光を受け、その光線を収束。次の凹板がそれを受けて更に収束。繰り返し纏められた光は枯れ葉の上に点を落とし、瞬く間に煙を燻ぶらせ火を点けた。
「おー。流石姉様!」
拍手をする妹。
『ううむ。陽燧の仕組みの応用だという事は想像が付くが……』
蘊蓄屋の師も、自身の知識外の事を披露されて唸っている。
「応用でしたら他にも色々ありますよ!」
ミクマリはまたも人差し指を立てると、その周囲で水の輪を作り出し高速で回転させ始めた。蜂の唸りの様な音が響く。
続いて、辺りに転がっていた拳大の石をこれまた水術で宙に捕える。
『これは分かったぞ。石を切断する気だな』
「正解です!」
高速で回転する水を当てられると石は真っ二つに為り、滑らかな断面を披露した。
「耳がにかにかする……」
音術師は眉を顰めて、耳の穴に指を差し入れた。
「ねえねえ、アズサアズサ」
耳を塞ぐアズサへと呼び掛ける。
「なんぞ?」
「ちょっと、治療を受ける時の様に力を抜いて、霊気を委ねて頂戴」
他者の水気に力通すは招命ノ霊性。
「アズサ、そのままぴょんと跳ねてみて」
童女の姿が消える。頭上で悲鳴。ミクマリは悪戯っぽく笑いを漏らすと、高く飛び跳ねた妹を追って自身も飛び上がった。
宙で藻掻くアズサを抱き止め、水の羽衣を展開。羽衣が風を受け、地に引かれる力を軽減してゆっくりとした着地。
「ち、ちびるかと思った……」
涙目のアズサ。
「治療術と肉体操作の応用です!」
『霊性の転用だな。自身の体術や治療を行う調和ノ霊性の術は全て、抵抗さえなければ招命ノ霊性を用いて他者へ適応する事が出来る。理屈は分かるが、抵抗されれば肉体を破壊する事に繋がる故、心繋がる身内にしか使えん技だな』
「どうです? これだけの技があれば霊気も大して高める必要はありません」
ミクマリは鼻を鳴らした。
『ミクマリよ。お前は常人離れした実力の持ち主故に、気付いておらぬ様だが、最初に披露した着火の術以外は相当な霊気を使っておるぞ』
呆れ声を上げる師。
「そうかしら、一応加減していたのですけど……」
掌を見つめて首を傾げるミクマリ。
『そういう点が、天津神の質に近付いている証なのやも知れんな。お前は先日にアズサが天へ声を轟かせ、その後に女神が天降ったのにも気付かなかったと言うでは無いか』
「それは寝ていたから……。前の晩はアズサをこっそり付けていて疲れたんだもん……」
『普通なら飛び起きる。恐らく、霊感の弱い者でもあの力に気付いても不思議はない。単に寝穢ないだけか?』
「そんな事ありません! ……でも、気を抜いた心算もありません」
ミクマリは自身の眠る小屋の入り口に細い水の糸を張っていた。侵入者には常に気を遣っている。
『故に、問題なのだ。強力な霊気や神気が、お前にとって身近で自然なものに為りつつあるという事だ。眠っている時は無意識故に、それを如実に表わしていると言える』
師の指摘に唸るミクマリ。
――うー。神様と一緒になんてされたくないなあ。
人間にとっての大事を気に留めない天津神は珍しくない。天津の身勝手な性質と、自身のやり方に固執して間違いを起こす国津の性格。
神にも色々いるが、ミクマリは神々のこの二点が気に入らず、繰り返し受けた被害に依って憎いと言っても過言ではなかった。
「姉様、お肉焼けとーよ」
アズサが言った。彼女は先程熾した火を使って食事の支度をしている。
「もうちょっと、焼いた方が好きかな……」
やや芯に赤みを残した猪肉。脂が滴っている。
「ほやったら、も少し焼こかいなー」
アズサはミクマリの分を火に戻すと、自身の分を齧り始めた。
焼ける肉を見つめ、自身の変化と重ね合わせる。
自分が自分でなくなる。神の器へと近付いた時にも感じた事だ。今回も重大に受け止めてはいる。
若しも自分が他者の命を軽んじたり、気紛れに弄ぶ質に変わるとすれば、それは自害も辞さぬ程苦痛な事だ。
だが、性根そのものが変じてしまえば、それを苦痛と思う事も無くなるのだろうか。
ふと、先程アズサに水術に依る肉の強化を施して戯れた事も、これに繋がるのではないかと気付く。
「……」
肉の脂が火の上に落ち、音を立てた。
「姉様、お肉焦げとーよ」
「うん。でも、もうちょっと焼いた方が良いかな」
好みの変化も著しい。
以前、師の蘊蓄にあった稜威なる者への御饌に就いての話を思い出す。
黄泉に属する者や邪悪なる者への捧げものは生の肉や血が好まれ、逆に神聖な存在へは火での清めを行った食事が望まれる事が多い。
目の前の肉は縁が焦げて真っ黒に為ってしまっている。これもまた“人離れ”の一つか。
「美味しい……」
ミクマリはすっかり固くなった肉を咥えながら溜め息を吐いた。
『その内、炭を齧り出すんじゃないだろうな』
ゲキも溜め息混じりに茶化した。
食事を終え、峯を目指して常緑の山を登頂する。岨に立ちて見下ろす風景。
今朝は良く冷え込んでおり、乾いた空気は澄み切り、遠くへ視界を良く開いている。緑織り成す景色も終わりを告げており、東日を受けた水の輝きが水平線まで見通せた。
「姉様、あれって若しかして!」
声を弾ませるアズサ。
「そうよ。“海”よ」
「初めて見たなー! えらい大きな水場やにー!」
『伝え聞く処に寄ると、この覡國は、大地よりも海の方が多いらしい』
「そうなんですか?」
『うむ。特にこの俺達が暮らす地は、海に浮かぶ“島”と呼ばれるもので、さらに遠方にある大きな陸地と比べれば、爪の先程度の大きさしかないらしい』
「凄い……。この地でもこれだけ広いのに」
「ゲキ様は何でそんな事知っとるんけ?」
『高天に居た頃に聞き齧った話だ。尤も、他所の地は他の理に生きる神々の管轄故に、覗く事も降りる事も難しいらしいが』
「そんなに広いのですか……」
覡國も高天國もそれだけ広いのならば、村一つ、人の心一つを取るに足らぬ事と考えるのも無理も無いのかも知れない。
同時に、何もかもが手に余る程に広大ならば、届く範囲だけを頑なに護るのも、また一つのやり方だ。
悩み、無理に決めてしまうよりは、自分らしく直感で動いた方が良いのかもしれない。
と言う訳で早速、次の事件が起こる気配を感じて、ミクマリはその方角に目を凝らした。
「姉様、鬨の声やに」
耳聡い妹も気付き、袖を引っ張った。
『戦か?』
戦。人間と人間の争い。武器や道具を手に取り、相対する考えの者を暴力を以て捩じ伏せる行為。
「音を届けるさー」
アズサが術で音量を調節する。両陣営は未だ武器を交えてはいない様だ。
悲鳴や怒号ではなく、鼓舞する女の声が聞こえて来た。
「サイロウ様への貢物の為だ! この地を獲るぞ! 戦士共よ、この巫女舞を戦神へと届け、お前達にその恩寵を授けてくれようぞ!」
『攻め手はサイロウの配下か。鼓舞しておるのは巫女だな。ミクマリよ、サイロウの名を聞いて疼いておるのだろう? 守り手に力を貸すか?』
師が提案する。
「もう少し様子を見ましょう」
『む、らしくないな……』
「ゲキ様、安心してください。人死には厭です。放置するという意味ではなく、見極めたいという事です」
不安げに揺らぐ霊魂へ微笑み掛けるミクマリ。アズサも「嘘ゆーとらんさー」と補足する。
『そうか。しかし、音だけでは良く分からんな』
「近付きましょう。アズサ、いらっしゃい」
ミクマリは袖を広げて妹を抱くと、次々と宙へ水の足場を作り出して山の頂から跳んだ。
空を渡るその様は、正に一羽の鳥。
合戦の地の上空まで辿り着くと、澄んだ水を霊気で固めて盤石な足場と成し、更には歪めた水の凹板を用いて大地の様子を拡大して窺えるように支度した。
「あ、あの姉様……めっさ恐いです」
アズサは腕の中で震えてしがみ付いている。
霊気の籠った水の足場は沓音の響く硬さがあるものの無色透明で、人を蟻に変ずる程のこの高さは平衡感覚を狂わせるだろう。
「ごめんね。目を瞑って掴まってて。音も聞き取らなくていいから」
妹を抱き締めミクマリは呟く。空に慣れるのもまた“人離れ”か。
俯瞰、鳥瞰、それは神の視点。ミクマリは戦場を空から見下ろした。
攻め手はサイロウの一派。矢張り戦力は各地より集めた者なのか、武器を取る男の戦化粧は思い思いで、術師の衣も統一されていない。
術師に関しては一人一人丁寧に検める。目的の術師はこの集団には紛れていない様だ。
『おったか?』
「居ません」
黒衣は無し。軍団を鼓舞する巫女は石の剣を振り振り舞を舞っている。それに合わせて叩かれる鼓と咆哮の音は、この空へも届けられた。
『戦神の恩寵を求めての舞らしいな』
巫女はミクマリよりも少し年上だろうか。引き締まった表情と肢体。剣は腕と一体化しているかの様に空を滑らかに斬り続けている。
舞が佳境に入ると、ミクマリは付近に覚えのある荘厳な神気を感じた。戦神の一端に違いない。
だが、彼女がその気配の方へ視線をやると、神気は立ち退いて行ってしまった。
巫女の戦舞が終焉を迎える。締めでは自身の衣の胸を開けさせ、そこへ剣の切っ先を突き立てた。実際には肉へ刃を侵入させてはいない見立ての所作だ。
戦巫女は凛々しき瞼を閉じ、湿った唇は僅かに中を覗かせている。石剣が左胸の丘をきつく窪ませ影を作り、繰り返しの舞が作ったであろう痣と彩りを成す。
水術に依り拡大されたその様を見て、師が不謹慎な悦びの感想を述べたが、ミクマリの目から見ても完璧なものであった。
舞の終わりと共に男達は鬨の声を上げ、武器を翳して突撃を始めた。
唯一人、舞い手の巫女だけが立ち止まったままこちらを見上げた。その貌から神聖さは立ち去っており、取り残された若い女に相応しい不安だけが見て取れた。
突撃。守り手は堅牢に陣を敷き待ち受ける。乱杭の柵と逆茂木に護られ、更には何か霊気の籠った土が村を囲んでいる。
村は農村らしく、高床の倉や灌漑の整備された畠を有する。神殿か館か。大きな建物はこの村では中心に置かず、村から離して設置されている様だ。村の家々の中心になるは整地された広場だ。
因みに、村とその近辺以外には、暮らすに易しい平地は殆ど見当たらず、山から続く急な斜面と砂地ばかりである。
『恐らく、サイロウ側はこの平地を目当てに攻めておるな』
さて、戦は意外な形で早々に決着と為った。
村を丸く囲う様に敷かれた霊気の籠った土。これらは下の空洞を覆い隠すものであった。
鼓舞された戦士達の多くは、それに気付かず足を踏み入れ、地下に掘られた環濠の奥底へと沈み消えて行ったのだ。
『戦上手というか、守り上手だな』
「落ちた人達の気配が消えてしまいました」
『転落死する程に深く掘ったか、下に罠が仕掛けられておったのだろう。邪気が立ち上って来ない辺り、即死だ。即死であれば苦痛や怨みを抱く前に逝ける。個人的な戦いではなく、集団としての戦である以上、元より怨み等は薄い。穢れの観点から見ても鮮やかな策だ』
「でも、殺してしまう事はないわ……」
呟くミクマリ。自身の心に嘘はない。だが、本音を言うと此度の戦では血を見るのを待っていた節がある。それは悪意や命への無関心からではない。
残虐な行為や人々の苦しみに、自身の心が揺れ動くかどうか検めたい気持ちがあったのだ。
しかし、土に嵌り消えるのを見せられても理解が追い付かず、怒りも哀しみも薄い。
『殺らねば殺られ、土地も何もかも奪われるのだ。あれはあれで、敵の魂への極限の配慮とも言えるだろう。施術者に悪意はない』
「そうですね」
もしも血が流れれば、自身の身体は反射と共にあの地へと降り立っただろうか。返事をしながらも胸に痞えが残る。
攻め手は突如として仲間を大勢失い、続く者達は足を止めた。指揮者である巫女を振り返るも、彼女も想定外だったらしく、頭を振って肩を落とした。
それを返事と受け止め、戦士達は武器を血で濡らす事もなく敗走を始めたのであった。
ミクマリはそんな敗者達の行く末を案じる。
この場では命を拾ったものの、サイロウに失敗が知られればどうなるか。最悪、土に呑まれた者達が一番の幸福者になるやも知れない。
『おい、見ろ。巫女が……』
敗走した戦士達は、後方に控えていた巫女を取り囲み始めていた。行き場を失った石や骨の尖端が彼女へと向けられていた。
ミクマリは足場を解除し、羽衣へと作り変えて降下した。
『そうだな。お前はそうでなくては』
愉し気に言う祖霊。
矢張り、サイロウのやり方が脅威らしく、戦士達は今後を悲観して、その責を戦巫女へと転嫁すべく言葉責めを浴びせていた。
戦巫女は戦巫女で自身が罠を見抜けなかった非や、戦士達への加護が不十分だった非を口にし、一思いに殺せと叫んだ。
慈愛の巫女は彼女達の間へと降り立った。
急に空から見知らぬ女が子供を抱いて降りて来た為、一同は騒めいた。
だが当然、気配で巫女と見破られ、怒りと不安の矛先は闖入者へと向けられる。
ミクマリはアズサを降ろすと守護神に願って童女と戦巫女を守って貰い、それから戦士達に軽く力の披露を行った。
戦士達は誰も血を流す事もなく、二度目の敗北を喫した。
漂泊を続けて来た巫女は、すっかり自信を無くした軍団へ己の見聞を語り、サイロウの圧政や処罰に対する同情を示した。
戦士達は戦巫女を責めた事を詫び、巫女もまた首を振り禍根は流れた。
残るは、不安の根である敗北者達のこれからであるが、それは豺狼の國の東方、嘗て、その王が神を剋し切裂いた地の再生譚を以て希望を与えた。
「私の名を出せば、あの湖の地の人達はきっと受け入れてくれるわ。サイロウが國へまだ戻っていないのなら、貴方達の身内も呼び寄せる隙があるかも知れません」
ミクマリの助言に軍団は感謝と共に去って行った。
――ホタル、カエデ。押し付けちゃってごめんね。でも貴女達ならきっと……。
ミクマリは、此の地と彼の地を等しく照らしているであろう斜陽に、願いを届けて下さいと祈った。
海へと沈む太陽は、海面に映したその身を激しく燃やしている。ミクマリはそれを“可”の返事と受け取り、一礼をした。
「うんうん。やっぱ姉様は恰好ええなー」
腕組み満足気に頷くアズサ。
『だが、次の問題があるな。砦の連中が今の出来事を見落としている筈はない。どの様に受け止められたか』
闇に呑まれた守り手の村。物見櫓では炎が揺らめいている。
「どうしましょう。迂回しましょうか。無用な争いは避けたいですし」
『そろそろ目的の地が近い筈だ。地蜘蛛衆に関わる情報が欲しい』
「そうですね。では、訪ねましょう」
妹と手を繋ぎ、暢気に歩き始めるミクマリ。罠への注意だけは怠らず、軽い足取りで立ち並ぶ乱杭の門へと向かった。
すると、中から松明を持った人影が三つ出て来た。
『誰か出て来……』
絶句するゲキ。
現れた影は、闇夜に溶け込む黒き衣をその身に纏っていた。
「黒衣の術師……!?」
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岨……切り立った崖。