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巫行077 才能

『お前がか? 我の声を聴けるという事は、才はあるのだろうが』

 精霊は横腹を見せると、その大きな目玉で童男(オグナ)を睨んだ。

「あかんかな? わい、頑張るで!」

 怖気付く事もなくマスは返す。

『確かに、我が神と成れば多少の穢れも取り除ける。そして神威(カムイ)に気付い者がこの川に多く居つくだろう。これまで、下流にある村の感謝の念を受け続けても神へと成る事が出来なかったのは、川へ流れる毒の所為である』

「せやったら毒もみを止めて、釣りや銛で獲る様にしたらええんちゃう? 増えたら鱒以外も獲れるやろうし」

『それ為らば、共存共栄も望めるやもしれぬか……』

 精霊は思案する様に宙をぐるりと泳ぎ始めた。

「でも、精霊様は男の方みたいやしなー。男覡だとあかんかなー」

『身のある存在故、声を聴くだけ為らば性別は問わん。世話を受けるとなれば男は厭だが。いや……良く見ると、この童男の顔立ちも悪くない気がするな』

 響く霊声(タマゴエ)は妙に愉し気だ。


「良かったなー。マス、気に入って貰えそうやなー?」

「へへ」

 幼い二人も歳相応の笑顔を浮かべた。


『うむ、決めたぞ。我はこの川と共に生きる者の為に神と成ろう。勿論、蟹や魚だけでなく、お前達人間や、川辺を使う獣達も背負ってやる!』

 力強く言い放つ精霊。怪魚を恐れ頭を抱えていた男の一人が顔を上げた。

「ありがとう御座います」

 アズサは頭を下げる。

『その為には、お前達人間の力が必要不可欠だ。高天(タカマガ)へ我の心を伝えねば為らぬ。だが、我はこの川の事しか知らぬ故、その(スベ)を知らぬ』

 精霊の声の調子が落ちてゆく。

「祠を建てましょう。私の師達が竹の精霊に高天からの意志を授けて神と成した経験があります。彼等に訊けば、神産みの儀は万事上手くゆくでしょう」

『そうか! それは良かった。処で娘よ、お前は何者だ? この辺りでは見掛けぬが』

「……私は、漂泊(ヒョウハク)の旅をする巫女のアズサです」

 少し思案して、姉の名は出さずにおく。川の神に成るのならば、彼は必ずミクマリの力を欲する。巫女に取られてしまう事は無いだろうが、あれこれ要求をされるのも困るし、比較されればマスのやる気を殺ぐかも知れない。

『童男よ、小さき巫女よ。其方(ソナタ)達の働きに期待しておるぞ。では、次は神として(マミ)えようぞ!』


 巨大な鱒は空中で更に高く飛び上がると、宙返りをして川の中へと飛び込んだ。それから力強く飛沫を上げて川を遡上して姿を消した。


 精霊が去った後、アズサはマスと鱒獲り衆と共に村長の館へと向かい、今後の事を相談した。

 先ずは急ぎで下流の村へと今回の神と毒の件を報告と謝罪。編み籠に活けてある鱒は、それが済んだ後に解放する事に決める。

 毒に関しては特効薬ではないものの、アズサが症状を緩和する薬を処方する事にした。

 鱒の放流は村長が名残惜しそうにしたが、鱒獲り衆がアズサと怪魚のやり取りを盛りに盛って伝えた為、何とか我慢して頂けた。


 次に、祠か神殿を立てる計画。アズサはこの地と同じく川の世話になる下流の村との間の地にそれを設ける事を提案した。

 川から近すぎれば荒魂(アラミタマ)や神威不足に依り祠が水害に遭うかも知れない。

 離れ過ぎれば川神に手間を掛けさせるし、二村で祀る以上、その間に立てるのが礼儀というものだ。

 該当する地点は二者間の付き合いを薄くするだけの理由となる荒蕪(コウブ)の森。斜面多くして枝と根が無秩序に場所の取り合いをしており、毒蟲も這い廻っている。

 この際、上流下流の付き合いを強める意味合いも込めて、森に(ミチ)を通す大計画を立てる事に為った。


 問題は、もう一つの村。隣村には件の猿巫女が住んでいる。

 こちらも巫覡無しに猿巫女との縁を切る訳にも行かぬし、仮にマスが早くに巫行に就けたとしても、村同士の持ちつ持たれつがある以上、話を通さずに計画を進めるのは忍びない。

 だが、アズサの(アヤ)しむ処、猿巫女は穢神ノ忌人(サグメノイワイビト)の恐れあり。

 そうでなくとも、奢侈(シャシ)を尽くす為に間違った毒薬を渡して来たのだ。彼女の罪を暴き、糾弾するか否かの相談もしなければならない。


 下流へ使いは出したが、返事次第では計画も頓挫する可能性が残されており、先ずは動かず、マスの巫行の訓練だけが優先される事と為った。



「アズサの御師匠と姉様かあ。愉しみやなあ」

 報告や顔合わせも兼ねて、マスを連れてミクマリの休む小屋へと向かう。あれこれと忙しくしていた所為(セイ)で、既に夜の帳が降りていた。


 ふと、立ち止まる。猿や鱒の件ですっかり忘れていたが、二人は仲直りしたであろうか。そうでなくとも、師は直ぐに揶揄(カラカ)う気質だ。却って険悪になっている恐れもある。

 心配は兎も角、アズサは姉の近くに戻った所為か、急に疲労が押し寄せてきた気がした。だが、病床の姉への配慮は欠かさない。


「マス、ちいと待ったってなー」

 童男を待たせて空気の震えを探知する。

 気配は二つ。だが声は聞こえず。ずっと話をしていたのなら草臥れるのは無理も無いだろうが、この沈黙は小さな胸を心配へ陥れた。


――やっぱ、喧嘩したんかいなー?


 小屋の中の呼吸音すら拾える様に霊性を研ぎ澄ます。

 ……姉の息が荒い。時折、何かを堪えるかの様に呼吸を止めて、吐く度に僅かに喉から音を漏らしている。


「姉様、悪くなってしもた……?」

「どないしたん? 早う、御師匠さん達に逢わせてや?」

 マスは待ちきれない様子だ。


「矢張り、出て行って、頂けませんか?」

 姉の声。苦しいのだろうか声が震えている。調子が悪いのに出て行けと言うのは、二人の間が上手く行かなかったという事だろうか。


 アズサは泣きたい気持ちに為った。

 神産みという大きな問題が起こった上に、若しかしたら手に負えないかも知れない猿巫女の不審も相談したかった。

 それに事の成り行きを悪い方に運ばずに済ませられたし、村からの信も得られたから、姉の優しい手や温かな懐を要求しようとも考えていた。

 だが、姉の調子を偸み聴くにはそうも行かないらしい。


 アズサには急かし首を傾げる少年を無視して、唯、堪えて小屋の前に立ち尽くすしかなかった。


 程無くして、追い出されたと思われる祖霊が現れた。


『おお、アズサでは無いか。怪我等は無いか? 日中に強く霊気を練ったであろう? 他にも強い気配を感じた。お前の気配が弱くなる事が無かったからこの場で待っておったが、何かあったのか?』

 心配を投げ掛けるゲキ。守護神というだけあって、この小屋からも確りとアズサの動向を見ていてくれたらしい。


「……」

 アズサは返事が出来なかった。


「すっげー! これがアズサのゆっとった御師匠様? ほんまに守護霊なん?」

 巫女志望の彼は興奮を隠しきれない様だ。

「お? 俺が見えるか。この村では霊感持ちは珍しい方だな」

 師が興味を示す。


 アズサはそのまま会話の主導権をマスを奪われてしまったが、(ハナ)を一つ啜った後に心の中で童男へ感謝をした。

 口を開けば色々と余計なものが溢れたに違いない。師の心遣いは有難かったが、肉を持たぬ存在故に子供らしい振る舞いをしても虚しく、彼も困ったに違いなかったから。


 師は今日の出来事を捲し立てる様に語る童男に依って、(オオヨ)その事情を把握した。

『事情は分かったが、俺達は今晩は余所に屋根を借りた方が無難だな。ミクマリは今、機嫌が悪い』

「姉様は機嫌が? 身体がしんどいんやないんけ?」

 アズサが訊ねる。彼女は童男の長いお喋りの間に、何とか平常を取り戻した。

『呼吸が乱れているのを感じたので案じてやったのだが、平気だから出て行けと言われたのだ』

「それで素直に出て行ったらあかんやん……」

 呆れるアズサ。

『それを言われたのは夕暮れ時でな。出て行こうとすると、矢張り行かないでと言われた為に留まった。それからまた暫くして苦しみだして、出て行けとか行くなとか』

「姉様、どう為さったんやろかー?」

『さあ? 失った血は直ぐには戻らぬ故に安心は出来ぬが、問答をしていた時はあやつの霊気は(タカブ)っておった。弱っておるならそうは為らぬだろうし、矢張り機嫌が悪いのだろう。若い娘の事は分からんわ』

 若干癪に障っていたのか、ゲキは不機嫌そうに言った。

「姉様と喧嘩せーへん?」

『安心しろ。俺からは何も吹っ掛けてはおらぬ。我慢したのだぞ。まあ、昼間はお前の心配で忙しかった故、お前や言葉の神に言われた“あれ”もまだ済んでおらぬのだが……』

「そうなんかー。そんならしゃーないなー」

 機嫌が悪いの為らば仕方が無い。そんな時に謝罪の言葉を述べられても却って拗れるだけかもしれない。

 姉の不調が気分に依るもの為らば、明日の朝にはまた元気を分け合えるに違いない。


「なあなあ。泊る処探すんやったら、うちに来たらええで。守護神様も一緒に行かへん?」

 マスが言った。

『まあ、今のこの村であればミクマリに悪さをする奴等は居らぬだろう。俺も一日中あいつに構っていて飽いていた処だ。呼ばれるとするか』

「そやなー、姉様はそっとしとくさー」


 その後、アズサはマスの話を幾つか補足し、ゲキに鬼が恐れられている事等を伝えた。

 ゲキは少々驚いたが、村長が自身の鬼を見破った上でミクマリを村に置いてくれている事に気分を良くした。

 それから、三人は連れ立って村長の館へと足を向ける。

 村長はアズサの事は歓迎したが、空飛ぶ霊魂を見るや否や酷く畏まって拝み倒した。ゲキは『その態度と息子と合わせての霊感は、この村と神との今後を築く上で必ず役に立つだろう』と述べた。


『さて、男覡の候補であるマスと、その父である村長には霊感がある様だ。今後、神を祀る地に身を捧げるのであれば、一般の巫術だけでなく、霊気に依る術の行使も出来た方が何かと便利が良いだろう』


 親子の頭上に踏ん反り返るゲキ。彼らの間には“小さな火”と“水の入った器”、それから“一盛りの土”に“一枚の木の葉”が置かれている。


『お前達が何らかの自然術に通じておるかどうか、これから試験を行う。自然の力に霊気を通して操る術は数多く存在する。その中でも基本的なもので融通の利くのが火、水、土、風の術だ』

「愉しみやなあ」

 童男は既に何かを頭に思い描いているのか、手を翳したり振り回したりと忙しい。

『だが、その試験の前提として、霊気を練り、吐き出す事を覚えねば為らぬ。術師の基本だ。これが出来なければ呪術や(ハラエ)も行う事が出来ん。今回は俺が僅かながらに気を貸してやろう』

 そう言うとゲキの霊魂の色が一瞬、赤黒く変じた。辺りに漂う邪気。その場に居た者達は身震いをする。

「こ、これは邪気ですか?」

『奮発して邪気ではなく夜黒ノ気(ヤグロノケ)にしておいた。俺が鬼だと知っておるのだろう?』

「えっ?」

 青くなる村長。

「それで、これを祓えばええんか?」

 息子の方は威勢を取り戻し、辺りに漂う黒い気を目で追っている。母親もその場に居合わせているが、彼女の方はあらぬ方を見たり息子の視線を追ったりして首を傾げていた。


『視線でも掌でも指先でも、何でも良い。お前達が一番集中し易い方法で意識を集中してみろ。上手く行けば黒い(モヤ)が避けて漂う筈だ』


 アズサはミサキに似た試験を科せられた事を思い出す。そう言えばミサキも夜黒ノ気を操っていた様だったが、あれは一体どういう技だったのだろうか。

 その時は気の種類も夜黒ノ気の意味も知らず、唯、霊気が思いの外上手く扱えて靄を祓えたのを喜んでいるばかりであった。

 尤も、その後の自然術の才の試験では何一つ霊気を通す事が出来ず、べそを掻く羽目に為ったのだが。

 そして、その泣き声に霊気が通っている事をミサキが見抜き、日誘ノ音(ヒイザナイノコエ)の才が発覚したのだ。


「うーむ。さっぱりやなあ……」

 首を捻る親父。こちらは濃い靄を追って小屋の中をうろついては居るが、靄の方が避ける気配は無い。

『親父の方は才無し!』

 無慈悲に断が下される。

「面目無い……」

 項垂れる村長。

『……まあ、男が歳を喰ってから霊性や霊気を磨くのは難しいのだ。男を好かぬ俺の霊声が聞こえるだけでもかなり良い方だ。村長や父親としてマスの事を助けるが良かろう』

 巫覡の才に関する事柄は、幼ければ幼い程伸びが良いと云う。男よりも女の方に才ある者が多く、アズサの学んだ御使いの流派の本部でもその通りの比率で見習いが居た。

 基本的には霊感は産まれ付きで血筋がものを言い易い。例外として、死線を彷徨った者や、子を産み落とした女はその性質を変える事がある。


『親父は兎も角として、あっちの方は使い物に成りそうだな』

 マスも試験開始からずっと靄を追い続けていた。

 夜黒は逃げる様に流れている。そして彼が翳した掌に触れた部分が何となく薄く為っている様にも見えた。

 一同が暫く彼のやりたい様にさせて眺めていると、何か(コツ)を掴んだのか、彼は掌を翳すのを止めて人差し指だけを使って黒い靄をなぞり始めた。

 指の通った後の空気ははっきりと澄んでいる。

『やるでは無いか。男覡の素質有りだ。今の内から磨けば名の通る男覡に成れるやも知れぬ』

「ほんま!? やったー!! わい、巫女に成れるんかあ」

『男為らば巫女ではなく男覡だ』

 ゲキが訂正する。

「えー。何か巫女の方が響きがええんやけどなあ」

『気の所為だ。男覡の方が恰好が良い。何なら(ダン)を省いた方がより良い』

「えー……そうやろかあ?」


 二人の良く分からない拘りを眺め、アズサは首を傾げた。


「そんな事よりなー、術の試験はせーへんで良いのけ?」

『おっとそうだった。アズサ、この気を祓っておいてくれ。何故か自身の夜黒は自身で祓えぬのだ』


 アズサは霊気を込めて柏手(カシワデ)を打った。すると、拍手の音と共に霊気が拡散されて、屋内に漂って居た黒い靄は一瞬にして消え去った。


「やっぱ、アズサは凄えなあ……」

 マスは霊気の勘を理解出来たからか、日中に術を披露した時以上の驚きを見せた。


 霊気を出す感覚を理解出来れば、次は自然物に気を通す試験だ。

 『好きな処から始めろ』と言われて、少年は真っ先に火に指先を近付けた。

 すると、小さな焔は消えてしまった。

「消えてもうた。あかんって事?」

 返事も待たずに肩を落とすマス。

「逆ちゃう? 火を扱う術は、燃やすだけやないんやにー」

『アズサの言う通りだ。火は完全に消えた訳ではない。今やったのと逆様の感覚を意識して指を近づけ直してみろ』

 ゲキの指示に従い指が近付けられる。すると、消えた筈の炎が甦った。

「よっしゃ!」

 マスは拳を握り声を上げる。

結ノ炎(ムスビノホノオ)の才は有りだな。だが、この地ではこの術だけではやってはいけぬ』

「え? 何でなん?」

「ここは山中だからさー。火は扱いを間違えると火事に為ってまうやろー?」

「火事は恐ろしいんやっけ? 気ぃ付けるわー」

『何度でも言うぞ。くれぐれも扱いを間違えるな。火は産みよりも破壊に長ける術だ。川神とも相性が悪く、草木を脅かせば敵意のある山神や森神を生む事に繋がる。そうなればこの村は(ホロ)びの道を歩む事に為ろう』

 ゲキは冷たい炎を燃え上がらせて童男の顔に迫った。小さな返事が返される。


 続いて水術の確かめ。水の入った器に指を差し入れ、静止させた後に霊気を通す。

 指を動かしもしないのに器の水が跳ねて零れた。

『よし。良いぞ。一番貴重で、川神との相性も良い憑ルベノ水(ヨルベノミズ)の才もある。これは積極的に伸ばせ』

「ええなー。うちも憑ルベノ水使えたらなー……」

 嘆息を漏らす水分の巫女の妹。若しも自分に水術の才があればと何度思った事か。姉と共に肩を並べて悪霊退治をする様は何度も夢に見ている。

 実の処、こっそりと水に自身の霊気を通そうと毎日の様に験しているのだが、才が花開く気配は無い。その度に自身の才が音に開けている事を恨めしく思う。

 この前に至っては、妙に姉と親密にしていた社の小娘が風術に加えて水術まで扱いだしたものだから、山へ駆けて獣へ音の矢を射ったり、たまたま居合わせた悪霊を大幅に超過した巫女の気を以て滅したりしなければ為らなかった。


――ま、うちはうちに出来る事せんとなー。

 胸撫で言い聞かせ、荒ぶりそうになる霊気を抑える。


 続いては土塊の試験。土術は家作りや畠作り、路を拓くのに適しており、命を左右する水術の次に重宝する術だ。

 アズサの姉妹巫女だった双子の脚の太い巫女は両者共にこれに長けており、水術と併せて農業に於いて大きな力を発揮していた。


 露出した太い腿をぼんやりと思い浮かべていると、土塊が跳ねて頬に当たった。これも才有りか。


埴ヤス大地(ハニヤスダイチ)もいけるな』

「ほんまか!? わいって天才とちゃうか!?」

 興奮して指先で土を弾いて遊ぶマス。視る処、土への霊気は他の素材よりも良く通っている気がする。

「別になー、男やったら珍しく無いんやけどなー」

 声が少し意地悪く為ってしまう。

『そうだな。悪迄傾向ではあるが、男覡は広く浅い才を持つ事が多い。女であれば才が一つか二つである引き換えに、突出している事も珍しくない。ま、俺は稀代の男覡だった故に、全てが優秀だったが』

 またも踏ん反り返る霊魂。

「そ言えばゲキ様が術使う処、殆どみーへんなー?」

『自然物に霊気を通し操る術は、肉を持たぬ者には使えぬのだ。故に、今の俺は()そのものの一本勝負となる』

「生きてはった時はどんなもんでしたんけ?」

『そうだな……。お前に分かり易く言うと、火術はホタル以上だ。土術は山を崩し、乾いた大地の亀裂も小さなものであれば塞げたであろう。水術はミクマリには全く及ばぬが、霊気弱き者の生きた血液を操ったり、千切れた手足を繋ぐ位は出来た』

「風術は?」

『一応、山を禿げ上がらせる竜巻を起こす位は造作無かったが、何せ大した使い道が無くてな。他の術との併せも考えたが、余り効率的ではなかった。一番使ったのは屁を他人の鼻に密かに届ける術だったな』

「ゲキ様はしゃーないなー!」

 師のあんまりな風術の使い方にアズサは噴き出した。

「風術は役に立たんのんか?」

 そう言うマスは既に霊気で木の葉を弄んで見せている。

 風は役立たず。アズサは少し気分が良くなった。

『本来為らば科戸ノ風(シナトノカゼ)も、風で種火を大きくし、雨雲を運び、岩土をも動かす事も出来る術だ。だが、霊気の効率が悪く、加えて他の術にも才が有れば不要と為る。それだけの話だ。この世の理に通じておれば、風術のみの才でもかなり役立てられる筈だろうがな』


――なんや、風術は(カス)かと思ったのに……。

 アズサの笑顔は吹き飛んで行った。


「へえー。ほんなら全部練習しよっと」

『出来るのであればそれで構わぬが、川神に好かれ、人々の役にも立つのは水と土だ。火と水、風と土は互いに質の反するもの故に、同時に育てるのに相性が悪いとされる。水と土を優先した方が良いな』

「えー! 火と風の方が恰好ええやんかー!」

『ははは、気持ちは分かるがなあ』

 稀代の術師の霊魂は愉しげだ。

「儂としても水と土を学んで欲しいのだが」

 こちらも自分の息子の思わぬ才覚に気分を良くしているらしい。

「よっしゃ、じゃあ全部出来る様に早速練習や!」

『俺が見てやろう。俺と同じ天才かも知れぬからな』

「儂も! 儂の息子は天才かも知れへんからな!」

 興が乗ったか、男共はあれこれと話を弾ませながら、男覡見習いの童男を煽り煽り外へと飛び出して行ってしまった。


「あの人、夕餉の仕度をさせたままで試験を始めた事も忘れとるやろ」

 奥さんが溜め息を吐いた。


 アズサは食事を頂くと、早々に横に為った。疲れた身体と、持て余す不快感。

 今日は相当頑張った心算(ツモリ)だったが、最後はマスに全部持って行かれた気がした。

 『術以外の巫行も暇を見て教えてやれ』とゲキに指示されていたが、それが試験の後での事であれば首を横に振ったかも知れない。


 疲れ過ぎた所為か、身体が火照って眠れない。

 アズサは寝床の藁が身体を刺す煩わしさに堪え兼ねて、館を抜け出した。


――姉様、機嫌直ったかいなー?


 ミクマリの眠る小屋の前に立つが、気配は無し。覗いても(モヌケ)の殻だ。

 何処に行ったのだろうか。慌てて探知を行う。近辺に強い気配は一つだけ。


 あの姉の事だ、心配は不要だと頭では理解している。それでも疲れた脚は強く地面を蹴った。


 彼女がどこへ行ったかも分からず、この辺りの地理にも大して詳しくも無い。

 それでもアズサは何かに導かれる様に夜の山道を駆けた。


――姉様、姉様、姉様。


 心の中で姉を呼び、この辺りで一番彼女にとって相応しい場所を目指して、息も吐かずに足を動かした。

 獣の恐ろしい夜の森にも構わず踏み込み、アズサはまだまだ走り続ける。

「痛ぁ!」

 何かを踏み潰し、足の裏に痛みが走る。

 毬栗(イガグリ)に似た風貌のとある実。

(フウ)の実……」

 腹癒せに根こそぎ(カエデ)の木を薙ぎ倒してやろうかとも思ったが、(セセラギ)の接近を感じて見逃してやる。

 腹の火猛り、額に水流し、風切り、土跳ね上げて童女は森から飛び出した。


 ……。


 静かな川の畔に、ゆったりとした衣に身を包んだ巫女が一人佇む。星空に照らされ、その衣は青々と輝いている。

 アズサはそれを見留めると一層身体を急き立て、丸石の広がる河原を駆ける。……が、石に足を取られて転んでしまう。


 巫女が肩を跳ねさせ、こちらを振り向いた。


「……姉様」


 妹はもう一声呼ぶ。

 すると驚き顔は優しい微笑みへと転じて、微風(ソヨカゼ)と共にこちらへと歩み寄って来たのであった。


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