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巫行074 梓立

――姉様がこわけてもうた。

 アズサは病床に伏したミクマリを見下ろし、鼻を(スス)った。


 村の跡で言葉の神に身体を使われた後、ミクマリは大量の吐血と共に倒れ伏した。

 アズサは必死に病か毒かと原因を探ったが判明せず、ミクマリ自身も水術を以て出血を止めて何とか収めたが、翌朝にはまた同じ事が起こった。

 歩く事は何とか出来たが、血を徐々に失う身体では霊気の維持も難しくなり、アズサとゲキの二人で何とか村を見付け、頼み込んで一件の小屋を貸して貰う事と為った。


「ごめんなさい。迷惑を掛けてしまって。村の方達にもお礼をしなくっちゃ……」

 ミクマリは起き上がろうとする。解けたままの黒髪と対照的な肌が痛々しい。

「姉様、あかん。身体めっさ(エラ)いんやから寝とりー!」

 姉を制止するアズサ。

『アズサの言う通りだ。お前は休んで居ろ。村への返礼は俺とアズサでやる』

「それもあかん! ゲキ様は姉様の事看病したって!」

『だが、お前独りでは……』

「心配おおきんな。でも、ええから」

「大丈夫? アズサ」

「姉様程さいこ焼きちゃうけど、うちかて巫女やん。ちゃんと出来るさー」

 アズサは胸を張り言った。

『俺はお前が心配だ』

「嘘言うたらあかんなー。うちの事より、姉様の事の方が心配やろー? ゲキ様は姉様に付いとってなー」

 守護霊は揺らめきはしたが、反論はしなかった。

「嘘だなんて言ったら失礼だわ。私だってアズサの事が……」

 またも起き上がろうとするミクマリ。

「ええから、ええから。姉様ももっと正直に為らなあかんよー。ゲキ様に傍に居て欲しいんやろー?」

 アズサがそう言うとミクマリは黙りこくり、横になって背中を向けた。


――やれやれ。ほんまあかん人達やなー。


「では、村の方へ用訊きに行ってまいりますね!」

 アズサは余所行きの言葉へ着替えて二人へ屈託無く笑顔を向ける。


――うちはなー、二人にはめっさお世話になってるしなー。恩返しの機会やにー。


 愈々(イヨイヨ)この時が来た。普段から世話になっている二人への恩返し。彼女達の家族の一員として証立てる絶好の機会。

 確かに姉の身体は心配だ。自分には原因も分からない。だが、血を失った事に対する薬の処方や食材の用意位ならば、自分にも出来なくはない。


 アズサは、この巫行への気持ちの起こりは、これまでとは一線を画したものであると何となく感じていた。

 嫉妬や高慢等の不純な念の無い奉仕の気持ち。これが成就すれば、自身は本物の巫女、そして真の妹と成るに違いない。


 小さな胸に大きな希望。 

「よし、頑張ろなー」

 アズサは両手で嘴の入れ墨の頬を叩いて気合を入れた。


 先ずは姉様が休む為の小屋を貸してくれた人達への恩返しをしなくては。

 上手に出来たら、二人に褒めて貰えるかな? 姉様が元気になったら、また沢山甘えよう。それで、次の旅からはもっと上手に役立って、命を救って貰った恩返しもするのだ。

 本来為らば既に高天へ昇っている筈のこの魂。ああ、これから訪れるであろう数多の幸せが、今から堪らない。


 童女は直ぐに若気(ニヤケ)て崩れそうになる顔を引き締めながら、村長の館へと(クツ)を向けた。



 山中の村。比較的穏やかで大きな河川が傍を流れ、それを利用する為に人々が集まり出来上がった集落らしい。

 地形の都合上、農業は殆ど営まれておらず、採集と狩猟を中心に暮らしを立てている。

 僻地であり、富も巫力も持ち合わせていない為、豺狼や盗賊の類からも相手にされないらしい。

 付近には幾つか村があり、最寄りは川の良質な漁場から離れている代わりに土地の平たさを選んだ別の村で、そこは農村で互いに支え合って暮らしている。

 とは言え、大抵は何処であれ何かに困り事の一つでもある筈だ。そうでなくとも、より便利になるように提案をすれば、何か役立てるに違いない。


「礼はお前さんがやるって?」

 村長の館。主の男が怪訝そうな眼でこちらを見る。

「はい。水分(ミクマリ)の巫女である姉様と、その妹の私は漂泊(ヒョウハク)の身分で、各地で難事の解決をして回っていました。ですが、姉様が倒れてしまったので、この様な形に為ってしまいました。屋根をお借し頂きありがとう御座います。今更では御座いますが、何か返礼をさせて頂きたく存じます」


 少し姉の口上を真似てみる。

 この村はやや排他的ではあったが、アズサの必死の懇願に渋々ながらも小屋を一件貸してくれていた。

 人口の増減の激しい大きな村や、廃屋を墓場に流用する文化のある村の場合は借りるのも容易いが、こういった巫女に馴染みの薄い小村では小屋の一件を空けたり、一人二人の為に暮らしの空間を割くのは大変な事である。


「礼をする言うて、お前さんで大丈夫なんか?」

「平気です。水術は使えませんが、私も巫女としての一通りの教えは受けていますから」

「水術? よう分からんけど、やっぱあかんて。姉様の方で頼むわ。それが無理やったら明日、(マス)獲りの連中が戻って来たら、約束通り出て行ってな」

「どうしてですか!? やってみなければ、御役に立てないかどうかも分かりません!」

 一日や二日であの容態が改善するとは思えない。アズサは焦った。


「何でって……。てっきり姉様の方が鱒獲りの男連中にお礼(・・)をするもんやと思ったから貸したんや。うちには童女の奉仕で喜ぶ奴はおらんて。はーあ、折角、隣村の年増の巫女と違う若い娘が歩いて来たと思ったのに」

 男は溜め息を吐いた。


「……」

 姉に無理をさせる訳にはいかない。ここは自分が頑張らねば。


「うち……私にだって出来ます。姉様に付いて一緒に御役目を果たした事があります!」

「へええ、一緒に!? 一緒になあ……」

 唸る村長。少しは興味を示して貰えた様だ。

「こう見えても、私も他の巫女様よりも上手にやる自信があります!」

「やるって、どないすんねん?」

「薬を使います!」

「薬!? はあ、それで男はどないなんねん?」

「元気に為ります!」

「成程なあ。ええ手伝いやな! 儂も最近元気のうなって来たさかいな!」

「でしょう? それに男性だけでなく、女性の方でもいけます!」

 アズサは得意気に答えた。

「うへえ! 女もいけるんか」

「勿論。お年寄りでもお子様でも。姉様は特に子供が好きなんです!」

「ひええ、魂消た。せやけどな、元気に為るだけじゃあ、(カエ)って辛いわ。お前さんは他には何が出来るんや?」


 薬事の他。アズサが他に出来る事と言えば……。

「私、声が凄いんです!」

 最近は音術の伸びが良く、自分でも面白い位だ。


「ええ……具体的にどう凄いんや?」

「最初は声が大きいだけだったんですけど、獣を獲ったりも出来ます。一発で高天(タカマガ)へ逝っちゃいますよ!」

「獣を!? ほんまかいな」

「はい。何なら御覧に入れましょうか? 村長様のを大きくしたり、遠くへ飛ばすことも出来きますよ」

「要らん要らん! 子供にして貰うのはあかんて」

「姉様も褒めてくれました。姉様だけじゃありません。御師匠様もです」

「師匠が居るんかい。……こんな子供にまで何やらしとんねん。(サゾ)かし酷い奴なんやろうな」

 村長は唸る。


「確かにゲキ様は姉様を厳しく(シゴ)かれますから、御辛そうな時もあります」

「何やて!? 姉様が扱かれる!? お前の姉様は“ついとる”んか!?」

「えっ? 逆ですよ。()いているのはゲキ様の方です。守護霊でいらっしゃりますから。生前は立派な男覡だったそうです」

「ああ、驚いた。守護霊ってあの妙な色した火ぃ見たいな奴やろ? 見間違いかと思っとったわ。見えへん言う奴も多かったし」

「霊感が無いと御覧になられないのです。今もお借りした小屋で付いていらっしゃりますよ」

「今も突いとるんか……。あの子は伏せっとった筈やろ? ひょっとして鬼とちゃうか?」


 アズサは眉を上げた。流石村長だ。霊感もある様だし、ゲキが鬼だと見抜いたか。

「だ、大丈夫です。他の方へは手出し為さいませんから。村長様にも丁寧にする様に私から言っておきます」

「要らんわ! 言わへんかったら乱暴にされるんかい。ほんま、姉様が可哀想になって来たわ」

「そんな事ありませんよ。姉様はきっとお喜びになっていらっしゃります。素直に為れないだけなんです」

「ああ、“そっちの人”なんか。蟲も殺さへん顔してたと思ったのに、意外やなあ」

「でも、姉様も怒るとちょっと恐いです。前に一度、ゲキ様を打ったのを見た事があります」

 あの一幕には驚いた。アズサは思い出し、苦笑いをする。

「ほーん。どっちもいける口なんやなあ。お嬢ちゃんは打たれたりはしてへんよな? 姉様や師匠みたいに為ったらあかんで?」

「打たれません。うちは優しく抱いて貰ってますよー。へへ、こちらからお願いする位やにー。うちなー、二人みたいになるのが夢でさー……」

 照れ臭くて隠していた訛りが出てしまう。


「あかん、手遅れやったか」

 額を抑える村長。


「大丈夫ですか? お手伝いしましょうか?」

 アズサは立ち上がり、苦悶の表情を浮かべる男へと手を伸ばした。

「いやいやいや。あかんて。ほんま将来が心配やで……」

 両手を振り身を引く村長。

「先が心配ならこれを使いましょう」

 音術の(ウラナ)いと言えばこれだ。腰に結わえてあった大きな梓弓(アズサユミ)を取り出した。


「弓を使うんか!? それでどないすんねん? ほんま底が知れんわ」

 目を丸くする男。鬼を見抜いたかと思えば卜占(ボクセン)程度で驚くとは。アズサは首を捻った。

「矢は使いません。これで弾いて先を見るのです。私のは良く当たりますよ」

「いや、矢を使わんくても、そんなん当てられたら堪らんわ。処で、当てるってやっぱ先っちょにか?」

 男は何故か自身の股間を指さしている。

「え? どうしてそこを指さすのですか? 良く分かりませんが、卜占は当てなければ意味が無いかと思うのですが……」

 アズサは首を傾げた。


「へ? 卜占?」

 男は硬直した。


「はい? 卜いでも、お薬による怪我や病気の治療でも出来ますよ。音の術では御手伝いは余り出来ないかも知れませんが」

「あ、ああ。巫女ってそっちか。ほんまもんの方か。隣の奴はそっちが副業やからなあ」

「この村には巫女さんはいらっしゃらないのですか?」

 何か話に食い違いがあった様だ。処変われば事情も代わる。アズサは首を傾げつつ、もう少し村の事情を訊こうと考えた。

「こっちには居らんな。隣村には年増の巫女がおるけど、墓やお産周りは自分達でやっとるし、幾つかの薬を分けてもろたり、獣が見えん時に卜って貰う位や」

「では、巫行は要りませんか?」

 アズサの声の調子が落ちる。

「ああ? いやいや、要るで。あっちの巫女はぶっさいくな猿を潰したみたいな顔してる癖に、男が大好物でな。巫行の度に男を要求しよるんやわ。あんなん生贄も良い処やでほんま」


――生贄。

 アズサは生唾を飲み込んだ。恐ろしい巫女が居たものだ。数多の命への対価であればと、自分も甘んじて受け入れた御柱(ミハシラ)の任だったが、たかだが薬や卜占にそれを求めるとは。


「姉様が聞いたら怒りそやなー……」

 呟く。これを彼女が知れば、絶対に許さないだろう。今の姉に負担を掛ける訳にはいかない。アズサは胸の内で決意を固める。


――絶対に、うちだけで解決したるやん!


「まあ、お前さんの姉様やったら怒るやろうなあ。あの雌猿はぶっさいくな上に、酷い床下手で病気持ちやからな。責めて床上手やったら男共も堪えられたろうに……」

 村長は何かを独り言ちている。

「あっ、ごめんなさい。今何か仰りましたか?」

「何でもあらへん。今の話、姉様には聞かさんとってなって事や」

「勿論です。村長様。私、頑張ります。何でも言い付けて下さい!」

「……ほんま不敏やわ。取り敢えず、村長として人の親として、この村では師匠や姉様共々、我慢して貰うけどええな? ほんまもんの巫行の方やったら幾らでも頼めるさかい」

「はい。置いて頂いている身なので我がままは言いません」

「素直なええ子やのに……ほんま、師匠さんは鬼やで……」

「あの、ゲキ様の事はくれぐれも秘密でお願いしますね」

 アズサは声を潜める。

「村の風紀の為やししゃあないわ。ほんまやったら姉様の得意技の方も、嫁さんに内緒でちょっとお願いしたいんやけど……。御師匠さんが村のもんに手出しせん様に抑え取ってや?」

 村長もひそひそとやる。

「そこは姉様の御役目なので。巫女と神はいつも繋がっていますから」

「……分かった。精の付くもん持ってかせるさかいな。姉様にも宜しく言うとってや」

「はい! では、村の方に用訊きに行って参ります」

 アズサは立ち上がり、親切な村長に一礼をした。


「あ、せや。念の為やけど、村のもんに用事を訊く時は、ほんまもんの巫女や、って言わなあかんで」

「はいっ!」

「ええ返事や。んじゃ、頼んますわ……えーっと」

 村長は少し困った様な顔でこちらを見ている。

「あ、そやった。うち、梓弓(アズサユミ)の巫女と言う通り名でして。アズサって呼んで下さいね!」


 無垢な童女は穢れなき笑顔で名乗る。斯うして、アズサの奔走が始まったのであった。


******

こわけて……壊れて。

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