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巫行064 張合

 晩。ミクマリは、自身と同じく身体に人から器へと転じる術を施された娘と語り合った。


 御神胎ノ術(ミカミバラノジュツ)。巫覡の身体に特殊な術に依り印を刻み、神の器と変ずる古の秘術。

 その術を施された者は、繋がりの薄い神ですらをその身に降ろす事が出来る身に変ずる。

 ゲキがミクマリに施したのと同様のものが、社の巫女の流派にも伝わっていると云う。

 山の神がカエデに神懸かったのが只の強引な憑依でなく、神代(カミシロ)と成った胎を利用されたのだと見抜いたのはミクマリの勘であった。

 社の流派の本部を訪れた際には、同じ施術をされた者との語らいの機会を逃しており、それはずっと胸の内に(ワダカマ)りとして残り続けている。

 だが、今回は腰を据えて話す時間を設ける事が出来、相手との関係も良好。遂にその気持ちを共有する相手を得る事が出来たのであった。


 ミクマリが自ら進んで衣を開くと、相手は悟りの(カオ)と共に応じ、違わぬ紋様の御印(ミシルシ)の見せ合いが行われた。

 それから語らいにて、印が肌を侵すに連れて訪れた心身の変調への不安や哀しみを共有した。

 舌の変化や月水(サワリ)の消失。

 語られたのは神代故の苦悩だけではない。ミクマリは旅の経験や苦難が重なり依り紅涙(コウルイ)を搾った事も打ち明けた。

 同様にカエデはサイロウの手に落ち、村を棄て、酸鼻を極める惨忍事への加担を懺悔したのだった。


 カエデはミクマリが初めて憑依を経験した時と同様に、神和の際には意識を失っていた。

 覚えがないと云う娘に当時の状況を伝えると大層驚いたが、それと同時に喜色も浮かんでいた。

 心身に誓約を掛け、自尊心を奪う御神胎ノ術。カエデのそれはこれまで一度も役立てれた事が無く、対価と釣り合っていなかったそうだ。

 ミクマリは神和(カンナギ)の際の(コツ)や、恐らく今のカエデを襲っているであろう胎の疼きや体力の低下、神気(カミケ)の残留への対処に就いても手取り足取り指南したのだった。


 二人の蜜月の時は遅くまで続いた。


 翌朝にミクマリは、未だ頬を染め手の中で珠を弄ぶ娘からある決意を語られた。

 社の衣を脱ぎ、器の身をこの地に捧げ、サイロウの配下として血や怨みの種蒔いた事への(ミソギ)とし、これからの生きる意味とする誓い。

 無論、カエデがその役を果たす為には、瘠土(セキド)潤す水分(ミクマリ)の巫女の大業が成就せねば為らない。

 ミクマリは心通わせた娘の手を取ると、裂けた大地を繋ぎ空に雨神を呼び戻す誓いを返したのであった。


「姉様。何、手ぇ繋いどるん?」

 アズサが小屋の入り口から顔を半分覗かせ睨んでいる。

「これはね、違うの」

 ミクマリは繋いだ手を放すと背中にその手を隠した。

「……何がちゃうん。朝餉(アサゲ)に呼ばれとるんで早う顔洗ってえな」

 アズサはそう言い残して去って行った。


「えっと、ミクマリ様。御互い頑張りましょうね!」

 傍に坐る娘は更に頬を染めて言った。


 さて、カエデの神代の任の申し出は朝餉の席にて早々に快諾された。

 山の神を神和(カンナ)いだ実績と、治療小屋で見せた巫力は村長とその父に既に認められている。

 若き村長に欠ける気質を補えそうな性格も後押しをした。


 そして、別の申し出が一つがあった。

 ホタルが戦神(イクサカミ)へ協力を仰ぎに西の山に向かう旅に同行したいと言い出したのだ。


 友人であり、これからこの地全ての大恩人と成るであろう水分(ミクマリ)の巫女の行く末を見届けたい。あたいはこの地に村を構える者の一人としてその義務がある。

 それに、共有される資源の多い西の山では争い事は禁忌ではあるが、サイロウの國の者も出入りをしている。

 亀裂を塞ぐ計画を知られると妨害されかねない、故に腕の立つ者が必要だろう。


 ……等と言い訳を並べていたが、単に戦神と関わりたいだけだと誰しもが見透かした。


 当然、村長の父は反対した。

 村長の任を放る事、祀ろわぬ蟲としてある程度顔が知られているのに共有地へ向かう事の危険、その迂闊で好戦的な気質に依り恩人に迷惑を掛ける等、幾らでも反対に値する材料があった。

 しかし、ホタルはそれに対して理屈で返さずに「じゃあ決闘で是非を決めようぜ」と持ち掛けた。

 トムライはそれに乗らずに口頭の戦いで捩じ伏せようとしたが、娘が食事の席で霊気を練り始めた為に、結局は戦わずして降参をする羽目となった。

 渋々ながら娘の我がままを承諾し、暫く村の仕事を押し付けられる代わりに「巫女の手本から少しでも学ぶ様に」と結んだ。


 ()うして、ミクマリ一行の旅に(ホムラ)の様な娘が加わった。


 西の山に入るまでは警戒が続いた。万が一に昨日の様に攻め入りがあれば引き返さねば為らない。時折、村を振り返り烽火(ノロシ)が無いかを確かめた。

 結局、里が見えなくなるまでに血や煙を見る事はなく、一行は(イクサ)好きな一名を除いて安堵の息を漏らした。


 処が、ミクマリは思いも依らぬ戦いを余儀なくされる事と為ったのである。


「あっこ見ない。もう直ぐ狐が跨ぐんさー」

 山道。行く手を指差すアズサ。

 彼女の予言通り、二三歩行くと一行の前を狐が横切った。

「お、凄えな。何で分かったんだ?」

 首を傾げるホタル。

「次はあっこ見ない! (カラス)が二羽来よるんさー」

 木の上を指させば二羽の黒鳥。

「占いか? アズサは早占いも出来るのか?」

「ちゃうちゃうー。これはもっと基本的な技やにー」

 (ニコ)やかに言うアズサ。

「へえ、便利な技だなあ。どうやるんだ?」

「教えんわー。秘密やにー」

 童女が歯を見せる。

「アズサ、意地悪をしないの。あのね、霊気を……」

「教えたらあかん! うちの役目さー!」

 童女はミクマリの腰に齧り付き文句を言う。

「もう。さっきからこの子は……」


 アズサは先程からずっと、霊気を広げて辺りの気配を探知し続けていた。

 それで見つけたものを姉に逐一報告をし、驚きを示すホタルを嗤った。他にも、蟲の類を見付けては習性を説明したり、植物の薬効を自慢気に披露している。

 ホタルは一つ一つに率直な反応を返し、アズサを喜ばせた。恐らくは素直な気質というだけであり、子供の面倒見が良いという訳ではないだろうが。

 一方、ミクマリは辟易していた。何度もしつこく袖を引かれ「姉様、うち凄い? 役に立っとるかいなー?」と繰り返されていたのである。


――カエデさんと仲良くした事を根に持ってるのかしら。


 以前の様に甘える子供還りでは無いものの、妹の言葉の端々に「何々が得意で誰某(タレガシ)より凄い」という露骨な張り合いが含まれており、時折、意地の悪い発言までも見受けられたのだ。


「ま、いいさ。正直言うと、やり方は何となく分かる。だけど、覚えちまったら寝ても覚めても強い奴を探して何も手に付かなくなりそうだから、知らないままにしとくよ」

 ホタルが笑いながら言った。

「ホタルは出来ひんのけー。カエデもよーせえへんかいなー?」

 意地悪く笑うアズサ。

「あいつは出来なさそうだなあ。出来たなら、あの程度の戦力で攻めても村が獲れない事は直ぐに分かったろうし」

 サイロウの部下は負けると分かっていても攻める他無いのだ。だが、ミクマリは黙っておいた。

「アズサが凄いのは分かったから、もう勘弁して頂戴。急いで峰を登ってしまいましょう」

 (タシナ)め、早足に為るミクマリ。

「まあまあ、焦らなくても戦神は逃げないって。どうせ一日で終わる仕事じゃないんだしさ」

 ホタルが言った。

「貴女は少し気楽過ぎるわ。敵対者と逢うかもしれないのよ」

「平気なんじゃないのか? だって、アズサがずっと調べてるんだろう?」

「そうやにー。姉様、もっとゆっくりしりー。うちが視てるからだんないよー」

 ずっと探知を続けているからだろうか、小さな術師の額には少し汗が滲んでいる。

 本当為らば、嫉妬の埋め合わせにゆっくりと相手をしてやりたい処であったが、火垂(ホタル)衆の(オサ)が同行している以上、不必要に足を止めたくなかった。

 まだまだ乾いた大地に近い位置である為、誰かと遭遇とすれば攻め手である可能性を否定出来ない。

 辺りには力の充分な河川の気配を感じず、山の木々も乾いており、水術や火術は濫用出来ない為、戦いへは不安があった。

 加えてカエデとの誓いや、難事解決後に訪ねると決めた地蜘蛛(ジグモ)衆の事がミクマリの足を前へ前へと強く引っ張っていた。


「アズサ、無理に背伸びはしなくても良いのよ。交替で調べましょうね」

 汗を拭ってやり、頭を撫でてやる。

 アズサは頬を赤らめ満足気に鼻息を吐いたものの、急ぎ足で先行を始め、より一層強い霊気で辺りを探知し始めた。


『あれでは逆効果だな。俺達の居場所を教えている様なものだ。探知は霊気の強さではない。霊性(タマサガ)の精密さだ』

 ゲキが苦笑交じり言った。

「ゲキ様も注意してやって下さい。敵に気付かれたら困るのですよ」

『次の峯を越えるまでは何も無かろう。アズサの探知で気付けない程度の悪霊なら俺達に触れる事も叶わんし、賊なら引っ叩けば良かろう』

「そーそー。爺さんの言う通り。あたいなら術無しでもやれるよ」

『誰が爺さんだ。この霊声(タマゴエ)が年寄りに聞こえるか!?』

 ゲキが声を荒げる。

「え、違うのか? 守護神って御先祖様が成るもんなんだろう? そう云うのって爺さん婆さんがやってる印象だけど」

『俺は年寄りではないぞ』

「ふうん……では、お幾つですか?」

 彼の巫女も興味を示す。

「あたいは年齢より死因が気になるなあ。年寄りじゃないなら寿命じゃないよな? 神に成っちゃう程強い奴がどうして死んだのかっ!? やっぱり、強敵との戦いの末に命を落としたとか?」

『そ、それはだな……』

 口籠る守護霊。彼は若かりし頃にサイロウに挑み敗北した故に命を落としている。

「何だ、言えないのかあ? 若しかして、おっさんは恰好悪い死に方したのかよ?」

『誰がおっさんだ!』

 師の再度の抗議。ミクマリは噴き出した。


――そう言えば、ゲキ様がお亡くなりに為った時はお幾つだったのかしら。私より上? 下?

 年齢等は神霊と成って長い者にとっては意味の無い尺度ではあるが、ミクマリは師の生きていた頃を勝手に想像してみた。

 彼は悪童の様に思える時もあれば、何処か父の面影が重なる事もあったり、或いは男性として……。


「姉様、人の気配です」

 アズサが立ち止まった。


『人の気配? 俺は感じぬが』

 ゲキが否定する。ミクマリも手早く探知を掛けるが、大人しい獣以上の気配を見付け出す事は出来なかった。

「霊気ではありません。()です」

 両耳に手を当てるアズサ。

「あたいには何も聞こえないぞ」

 ホタルも真似をするが首を傾げる。

「アズサは音に敏感なの。術で音を操る事が出来るのよ。貴女とカエデが戦っていた時の会話も、私達は聞いていたわ」

「まじかよ。何喋ってたっけな?」

『殆どお前の独り言だった気がするが……』


「峰を越えて少し下った処。さっきから時々、遠くで硬い物を叩く音もしとったんですが、それは止みました」

 目を閉じ耳を澄ませ続けるアズサ。


『本当か? ミクマリの気を引きたくて言ってるんじゃないだろうな?』

 揶揄(カラカ)う様な霊声。

「なんな!? そんなしょーもない事せーへん!」

「ゲキ様!」

 疑う師を窘める。

『何れにせよ、放って置けば良かろう』

「カンカン掘り衆かなあ。でも、採石場はもっと先だしな」


「……なっとしよ! 殺すぞって聞こえました!」

 声を上げるアズサ。


『本当かあ?』

「誰かが山賊に襲われているのかもしれないわ」

「面白そうじゃん。兎に角、行って見ようぜ!」

 そう言うとホタルは烈火の如く走り出した。

『あやつが先行すると却って心配だが』

「こーっと、道なりやのうて、少し外れた処なんやけど……」

 アズサは申し訳なさそうに言った。

「はあ……。追い掛けましょう」

「せやけど、あんな早く走られへん……」

 上り坂だというのにホタルの姿はもう見えない。


 ミクマリはアズサに背を向けると、屈んだ。

「負ぶって駆けて上げるわ。酔わない様にね。アズサは道案内をお願い」


 直ぐに背中へ温かな感触と、明るく元気な返事。


 ミクマリはアズサを背負い、身体に霊気を漲らせる。

「姉様、うち役に立っとる?」

「立ってるわ。前も言ったけど貴女にしか出来ない事も沢山あるのだから」

「ほんま? 良かったー。なー、姉様」

「なあに?」

 風の中を駆けながらの問い。音術の影響か、背中の童女の囁く様な声がはっきりと聞き取れる。


「うちと本当の妹さんと比べて、どっちがええかいなあ?」


――そっか。本当に張り合って居た相手はこっちだったのね。


「……アズサよ」

 一拍置いて答える。


「妹さんが黄泉(ヨモツ)から帰らはっても、妹でおって構へん?」

「当り前よ。アズサ、誰かと張り合う必要何てないの。アズサはアズサ。他に代わりなんて居ないのよ。アズサは妹である前に、私のアズサなのよ」

 何処か自分に言い聞かせる様に語る。


「そうかー。おおきにな」

 礼と共に自身に掴まる力が強くなるのを感じる。


 ミクマリは立ち止まってアズサを抱き締めてやりたい衝動に駆られた。しかし、時と事態はそれを許さない。

 ほんの僅かな沈黙の後、先走った娘が真直ぐと突っ走っている姿が見つかった。


「峰を越えるまでに止めましょう。そしたら、また音を辿って頂戴ね」

 背に語り掛ける。


 ……返事は僅かに嗚咽を含んで聞き取れない程に小さなものであった。


******

わじょ……あなた。お前。

見ない……見なさい。

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