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巫行059 火垂

 老人達の御霊の寿(コトホ)ぎを済ませ、火垂(ホタル)の衆の村へと続く山道に出る。

 山を下り切るか否かといった処で、一行は霊気(タマケ)のぶつかり合いを察知した。


「誰か術を使っているわ。それも一人や二人じゃない」

『術力に依る(イクサ)だ。火垂の衆はサイロウの手の者を食い止めていると云う話だったな。道を外れて、隠れながら近付くぞ。方角的に、この道を使って村へゆくと敵の一派だと間違えられ兼ねん』


――戦。人間同士の殺し合いだなんて、愚かな事だわ。

 (ハラエ)や拘束、そして護り。ミクマリはこれまで、命のやり取りそのものは多く経験してきたが、自身が奪命者と為る心算(ツモリ)で人間へ術力を振るった事はなかった。

 無力化や捕縛は圧倒的な力量差の為せる業で、自身も傷を癒してしまえる憑ルベノ水(ヨルベノミズ)を有する為、痛みは感じ様とも死とは縁遠い。

 故に、彼女はこれまで戦いに対して真の意味で命を賭した事がないと言っても過言ではなかった。


 村へ近付くと、家々からもそう遠くない処で合戦が行われていた。

 既に大勢は決している様で、サイロウ側の戦士の多くは倒れ、縄で縛られ、数人の術師に依って炎の輪の中に封じ込められている。


 未だ霊気をぶつけ合っているのは栗毛で短髪の巫女らしき術師と、白衣(ハクエ)緋袴(ヒバカマ)の巫女。

 

(ヤシロ)の巫女だわ」

『あれもサイロウに強要された者だろうか。ミクマリ、出る時は慎重にしろよ。お前の衣はあれを真似て編んだものなのだろう?』

「細かい意匠が違うのですが……」

『俺には殆ど同じに見えるがな。そうでなくとも、戦の後と為れば気が立っておる。有無も言わさず攻撃されるやもしれんぞ』


 栗毛の巫女と社の巫女の一騎討。どちらも若年の女。ミクマリと大差のない年頃に見える。

 互いに霊気を発し術を繰り合っている。栗毛の巫女は火を見るより明らかな結ノ炎(ムスビノホノオ)の使い手。

 大振りの舞う様な動作に、生地の少ない衣。健康的に日に焼けた腹部を惜しげもなく晒している。

 もう一方は動きがぎこちなく、それでも何か術を発している様であったが、傍から見た分には変化が分からない。


「社の巫女は、何の術を使っているのでしょうか?」

『あれは風術、科戸ノ風(シナトノカゼ)ではなかろうか。先程から不自然に風が渦巻いておるだろう? 風そのものは目に映らんからな。霊気を探って視よ、流れがある筈だ』

「二人は先程から何か話しながら戦っている様ですね」

 ミクマリは耳を澄ませる。だが、聞こえて来るのは風の音と、栗毛の巫女を応援してると思われる戦士達の喚声だ。

 声の気色からして、彼等は戦いを愉しんでいる様に思える。


――厭な人達。戦いの何が良いのかしら。


 ふと、自身の袖が二度引っ張られる。

「どうしたの、アズサ」

「姉様。うち、二人の話している事が分かります」

『あれが聞こえるのか?』


 火と風がぶつかり合い、爆音を巻き起こした。重ねる様に歓声が上がる。


「うち、耳が良いんさー。日誘ノ音(ヒイザナイノコエ)の所為かいな?」

『ほう、ではあれらは何を話しておるのだ?』

「こーっと……。ちいと、術を験してみるさー」

「術?」

 アズサは目を閉じると黙り込んだ。すると、辺りの風の音が小さくなり、対称に決闘者達の声が大きく聞こえ始めた。

『おお。術で音を操ったか。達者な奴め』

「凄いわアズサ」

 ミクマリは妹分に抱き着く。……が、押し退けられてしまった。

「今はちょっといけません……」

 アズサは真剣な表情で術を繰っている。


 対峙する娘達は酷く対照的だ。片や余裕の表情と故意的に短く整えられた栗毛。片や必死の形相と神和(カンナギ)の巫女の定型である、黒き提髪(サゲガミ)


「それでもう終わりかい? あたいを斃さないと帰れないんだろう?」

 栗毛の術師は掌の中で炎を弄びながら言った。

 対する社の巫女は無言で霊気を練り、風を巻き起こす。強風が火術を掻き消した。


「小さな火は風の前では無力だ。だけれど、風の吹かせ方次第じゃ、大きくする事も出来るんだぜ」

 そう言うと火術師は地面に手を押し当てた。生み出された焔が大地を焼きながら社の巫女へと迫る。


 社の巫女は旋風(ツムジカゼ)を起こし、火走りを巻き取った。火炎を纏った渦はそのまま、火術師へと襲い掛かる。


「おわっ、返された! やるねえ。火を消すだけじゃないんだな」

 火術師は口元を吊り上げながら、迫る火柱を見上げる。

 手を翳すと渦から炎が取り上げられ、元の持ち主の衣の袖に纏わり付いた。

「その風で火が消えないって事は、火はまだあたいの物って事だ。あたいの火じゃ、あたいを焼き殺す事は出来ないよ」

 駆け出す火袖の巫女。一足飛びに社の巫女へ距離を詰め、焔を纏った前蹴り一閃。術師の軌道に残る炎の残像が眩しく揺らめく。

 社の巫女は胸に直撃を受け、悲鳴と共に転倒した。

「あっ、ごめん! 体術はさっぱりだった?」

 火術師は振り上げた追撃の炎の拳を止めて言った。


「うーん。女の術師は霊気はあっても、殴り合いに弱いのばかりだよなあ。男だと武術が出来ても術の下手な奴が多いし」

 頬掻き唸る炎の娘。


 突如、余裕の表情が崩れる。地から天へと吹き上げる烈風。彼女の身体が宙に吹き飛ばされた。

「お!? あたい、空飛んでんじゃん!」

 叫びは恐怖でなく感激。森の木々よりも高く飛ばされた娘であったが、術ではなく、両手両足を使って確かな着地を披露した。


 社の巫女は起き上がり、後方へ飛ぶと両手を構えて霊気を繰った。

「お、次は何だ?」

 一方、火術師は敵の術の行使を阻害せずに輝く瞳で見つめている。


 辺りを強風が吹き始める。霊気を孕んだ風はミクマリ一行の隠れる木立をも激しく揺らす。


 大気吸い寄せるは探求ノ霊性(モトメノタマサガ)霊風(タマカゼ)が駆け抜け木の葉を巻き込み、土煙と共に両者の間に収束されてゆく。

 風術師は天高く伸びる風の竜を編み上げた。


「竜巻! いいね。でも、この辺が限界みたいだな」

 指摘通り、風の術師は肩で息をしている。 

 火術師は両袖を振り上げると、玉響(タマユラ)の間に竜巻よりやや小さな炎蛇(エンジャ)を編み上げ、それを渦の中に滑り込ませた。

 爆発。辺りに火の粉が飛び散り、竜巻は掻き消えた。


「そんな……!」

 風術師の(ヨウヤ)くの発声。


火垂(ホタル)様ーーーっ! 今の火で産小屋(ウブゴヤ)で火事が!」

 戦いを見守る戦士が声を上げた。

「あーっ、ごめーん。今誰も使ってなかったっしょ? 消しといてーっ!」

 敵に背を向け、村へと呼び掛ける“ホタル”。


『妙だな』

「何がですか?」

『火垂の呼び名は後からサイロウ側が付けたものだろう? 周りの者の反応からして、あの女はどうも村長か巫女頭の様に見えるが……』

「確かに」


「うーん。この前は殯葬小屋(モガリゴヤ)が建て替えに為ったばっかだしな……。住人もどんどん増えてるし……。仕方ない。そろそろ終わりにしよう!」

 呟くホタル。

 竜巻と吹き飛ばした炎の蛇は未だに宙で蜷局(トグロ)を巻いている。

 ホタルが綱を引く様な動作を行うと大蛇は膝突く社の巫女の周りで蜷局(トグロ)を巻き、そのまま包み込んでしまった。


「安心して。殺さないからさ……!」

 ホタルは相手を包み込んだ焔を見つめて佇み、暫く待ってから指を鳴らした。炎の大蛇が霧散する。中からは倒れ伏した巫女が現れた。

「……良し、取り敢えず捕まえといて。目が醒めたらいつも通りにする感じで!」

 ホタルは戦士達に命じる。武器を持った男達が巫女の方へ足を向ける。ミクマリには男達の貌が矢張り愉し気に見えた。


 社の巫女の末路。いつかのトウロウの里での一件を思い出す。

「待って! 乱暴な事は良して!」

『おいミクマリ!』

 ミクマリは身内が止めるのも聞かずに社の巫女の前に飛び出して行った。


「おおっ!? 似た格好したのがまた出たぞ」

 驚き、それから直ぐに笑顔。

「あっ、しまった。ついうっかり……」

 マヌケ娘は直ちに後悔をした。


 早速、目の前に迫る炎の蛇。即興で放たれたものであったが、その勢いは以前アズサの同僚が放ったものよりも強烈。

 霊気を込めた霧の袖で叩き、蛇を両断する。

 切られた蛇の中から不敵に笑う娘。燃える拳が突き出される。

 ミクマリは難なくそれを躱す。

 ……が、耳に髪焦がす音が聞こえた直後には、意図に反して彼女の腕が相手を突いてしまっていた。

 吹き飛び転がるホタル。戦士達から(ドヨメ)きの声が上がる。


『反撃をするなマヌケめ! 事を構えに来た訳じゃないだろう!』

 師からも叱咤。

「だって髪が!」

 半ば泣き声の様な悲鳴を上げるミクマリ。

 右の(ビン)の毛先が丸まってしまっている。避けずに受け止めるべきだったか。


「痛てて……。へへへ、面白いじゃん。あたいに体術で挑もうなんて!」

 ホタルは後頭部を摩りながら笑った。

「あ、あの、違うんです! 私は別に社の巫女の所属ではなくて、サイロウの仲間でもなくて、湖を、湖をですね!」

 両手突き出し言い訳をするミクマリ。

「何でも良いよ! 勝負だ!」


 繰り出される拳打。止めれば直ぐに蹴り。それを弾いて宙に打ち上げる。


――ええっと、水筒で水縄を編んで取り押さえて……。


 ホタルは宙で回転しながら火の雨を繰り出した。髪を袖で護り飛び退くミクマリ。

 水筒から水を引き出し、その幾許(イクバク)かを水弾に変じ、残りを縄とする。


「当てない様に……」

 水弾に命じ空を走らせ、着地したホタルの目の前の地面に無数の穴を開けた。

「ひえっ!? 何、今の!?」

 好戦的な娘は(ヨウヤ)く恐怖を見せた。


「驚かせてしまってごめんなさい。私は水術師です。火術師の貴女では勝機はないでしょう。私は、この乾いた地にもう一度湖を取り戻す計画を……」

「火じゃ水に勝てないって!?」

 恐怖一転、火娘の貌が猛る。


 破裂する水弾と水縄。


「確かに、水を掛ければ火が冷えるのは道理。だけど、あたいの炎なら水くらい湯気に変えてしまえ……」

 肩を押さえ膝を突くホタル。衣に血が滲む。


「動かないで下さい。蒸発したからとはいえ、水気が消えてなくなる訳ではありません。この程度の量を直ちに集め直すのは造作の無い事です」

 警告するミクマリは眉間にシワを寄せている。しかし、その視線は敵を睨まず、先程とは別の毛先を見つめていた。


「ホタル様が(タオ)されるぞ! 全員で掛かれ!」

 男達の怒号。

『大マヌケめ! 髪等また伸びるだろうが!』

 身内からも怒りの声。


「お前等! 手を出すんじゃねえ! あたいはまだ負けてない!」

 ホタルが叫ぶと男共はぴたりと制止した。

 肩を押さえながら霊気を発する娘。衣が炎を纏い始める。

「たっぷり霊気を込めた炎ならあんたの弾も防げる筈だ。お返しにその髪の毛をちりちりにしてやる!」

「戦いに来た訳ではないと言っているでしょう!? もう結構です。全員縛り上げてからお話させて頂きます!」

 火花を散らす視線。高まる霊気。

 ミクマリは辺りの水気を戦士達それぞれの頭上に集め始めた。全員人質にすれば……。


「止めなーーーーーい!!!」


 唐突に、霊気の籠った大声が響き渡った。

 余りの空気の震えに、その場に居た全員が動きを止めて耳を塞いだ。


「姉様! うち等は喧嘩しに来た訳やないやん!」

 アズサが二人の間に割って入り、ミクマリを睨んだ。

「こ、今度は何だあ? でかい声の(ワラベ)だな」

 呆気に取られたか、ホタルは炎の衣を解いてしまっている。戦士達の頭の上には水滴が落ちた。


「子供じゃないです。ホタル様、姉様が大変失礼しました。うち達は、戦いに来た訳じゃないんです。……ほら! 姉様! 怪我させたの謝って治しー!」

 姉を叱咤する妹。ミクマリの脳裏にかつて実妹に叱りを受けた想い出が甦る。


「……ごめんなさい。髪を焼かれて頭に血が上って。あの、ホタル様。肩を見せて頂けますか?」

 ホタルの肩へ手を伸ばすミクマリ。

「お、おう。水術師は治療も出来るんだっけ?」


 敵対していた筈の娘の霊気は、ミクマリの治療に一切抵抗しなかった。


「おー凄え! 怪我で暫く戦えないかと思った! ありがとな!」

 愉し気に腕を回し笑う娘。

「け、怪我をさせたのも私なんですけど……。本当にごめんなさい」

 頭を下げるミクマリ。

「良いって良いって。あたいの方も髪はごめんな。それは直しようがないや。先っちょだけだから赦して!」

 ホタルは両手を握り合わせて拝む。髪を焦がされた娘は噴き出した。

「良いわ。寄生木(ヤドリギ)みたいには為らないで済んだし」


「へへ……でも惜しかったなあ。折角、本気を出せそうな相手だったのに。敵じゃなかったかあ」

 ホタルが悔しそうに言った。

『本当にうちの巫女が申し訳なかった。此奴は女の身体への無礼に関わる事になると頭に血が上るのだ』

「また変なのが出て来た。神様か。でもちょっと、変わった()だね」

『俺はこの水分(ミクマリ)の巫女の守護霊だ。俺達はこの乾いた盆地に(カツ)てあったと云う湖を甦らせる計画を立てている。お前達がこの地でサイロウ達を抑えていると聞き及んだので、計画の報告と協力を仰ぎにやって来たのだ』

「そうそう、何かそんな事言ってたね。ここは山の恩恵があるからそんなに困ってないけど、あたい達、火垂の衆も同じ地に暮らす人間だ。随分な壮図だけど、それが上手く行けばどれだけ皆にとって良いかって事も分かる。勿論、協力するよ」

 ホタルは真面目な顔で返事をした。

「良かった」

 ミクマリは胸を撫で下ろす。

「その代わり、終わったらあたいと勝負してよ。王の部下って全然弱っちくてさー!」

 表情を反転、笑顔で拝む娘。

「私は余り、戦いは好きじゃないわ」

 ミクマリは外方(ソッポ)を向いた。

「そうなの? 相当、馴れてる様に思えたけど。ミクマリもあたいと同じだと思ったんだけどな。だって、あいつ等の頭の上に水を浮かべてたろ?」

 ホタルは戦士達を指さした。戦士達は既に武器を降ろして、先程の戦いの感想を述べたり、こちらの様子を好奇の目で窺っている。

「ごめんなさい。でも、撃つ心算は無かったのよ」

「それも分かってる。死んじまったらもう戦えないもんなあ」

 歯を見せ笑うホタル。彼女の上の犬歯は二本とも欠けている。

「え、そういう訳じゃ……」


「あ、そうだった。あいつの事忘れてた。今日の術師は霊気は結構強かったんだけどなあ。女は鈍臭いのが多くていけないや」

 社の巫女へと近付くホタル。ミクマリもくっ付いて行く。

「貴女も女でしょうに。炎に巻かれていたけど、大丈夫かしら?」

「気を失わせただけだよ」

「ねえ、この後はどうする心算?」

 ミクマリはホタルに着いて行き、その顔を心配そうに覗き込んだ。

「どうするかは本人に決めさせるよ。また来るっていうなら逃がしてやるし、暴れるなら髪の毛を焼いて追放だ」

「そう、良かった……」

「でも、サイロウって怖い奴らしくてさあ。一度しくじると首を切られるらしいんだよ。だから、あたいの村じゃ……」


 ホタルが言葉を切る。

 気を失った社の巫女に這い寄る気配。


――社の巫女が……!


 ミクマリは咄嗟にホタルを抱きかかえ、人為らざる気配から距離を取ったのであった。


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