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巫覡、寿ぐ(ふげき、ことほぐ)  作者: みやびつかさ
承ノ一 心鎖して
47/150

巫行047 姉妹

 川を祀る村。規模は大きく、人口も多い。農村らしく川からここへ来るまでには多くの田畠があった。

 土の上に作られた木造の小屋の他、農村の流行か、床の高い蔵らしきものも点在している。

 建物は湖の里と同様に円形に配置されており、中央にはやや大きな木造の建造物が見える。


 一行は相当目立つのか注目の的で、村民達はミクマリ達を偸み見て密々(ヒソヒソ)とやった。

 その囁きはミクマリの袴の色や衣の神気(カミケ)、彼女の連れている神についてが主だったが、「何でアズサ様が」と云ったものも含まれていた。


「皆、動揺してる。生贄が戻っちゃった上に部外者が来たからだ。不審な真似をしたらあたしの術で焼き殺すからね」

 先導するナツメが苦々しく言った。


「ちょっと待ってて、お姉達を呼んでくるから。部外の者を神殿には入れられない。アズサも待ってなさい」

 そう言うとナツメは一人中へと入って行った。

 神殿も高床造り。階段の右側には鳥を模した土偶、左側には蛇を模した土偶が鎮座している。


『小さいが細かく作り込まれた神殿だな』

 建物の周りを漂うゲキ。

「神殿が立派でも、川からこれだけ離れていたらあの神様は嫌がりそうです」

『豊かでも神の心が汲めてないのは致命的だな』


「里で一番多く作物を出しているのはここなので、川で溝が溢れるのは一大事です」

 アズサが言った。


『それをどうにかするのが巫女の役目だ。灌漑で溝を掘るよりも雨の神に頼った方が良い気もするがな』

「それでは川神様の面目が潰れます」

 ミクマリはゲキの言葉に空を見上げる。ここ最近、空に薄っすらと神の気配を感じる事が増えて来た。

 ゲキ曰く「神代(カミシロ)として成った故に神気の探知に優れる様に為ったのだ。空に感じるのは古ノ(イニシエノ)大御神(オオミカミ)の欠片だろう」との事である。

 気配さえあれば神和(カンナギ)を験す事が出来るらしい。呼び掛けに答えるかどうかは神の気分や供物次第ではあるが。


「昔はもっと川に近い処に村があったそうです。でもこの辺りは雨が多くって、川神様の意志と関係なく川が溢れてしまうので、こちらの方に移したそうです」

 アズサが解説する。

「川から村を繋ぐ水路は人の手で掘ったものです。それを管理するのがここの巫女のお仕事として一番大事にされています。でも、川神様が怒って(ワザ)と水路を溢れさせるんです」

『生贄にしてもそうだが、御互いに投げっ放しだな』

 ゲキが溜め息を吐く。


「アズサが戻ったというのは本当ですか?」

 階段の上から声がした。


「ダイコン姉様」

 アズサが言った。

「本当に戻ってる。これではまた川の神が荒ぶってしまう。折角、本部に御許しを貰って巫女を捧げたのに……」

 嘆息を漏らした“ダイコン”なる巫女はアズサやナツメと似た意匠の衣を纏っているが、右袖を欠いて居る。その上に下の丈が矢鱈と短く、腿を根元の方までも露出していた。

 そして太ましい腿の左には土焼きの輪が飾られている。

『ダイコンとは脚の事であったか』

 ゲキが嗤う。

「何だこの人魂(ヒトダマ)は。村で死人でも出たか?」

 ダイコンの怪訝そうな顔。彼女もまた左右の頬に嘴の入れ墨。

『神の御霊と死霊の区別も付かぬのかお前は』

「そう言われれば神気が……」

 ダイコン脚の女が目を丸くする。


「アズサが戻ったというのは本当ですか?」

 またも声。ダイコンの後方から聞こえたが、まるで彼女が発したかの様に同じ声音である。


ミクマリ(・・・・)姉様」

 アズサが言った。

「本当に戻ってる。これではまた川の神が荒ぶってしまう。矢張り、川を上流で分けて水量を弄ってしまった方が良いかしら……」

 彼女も嘆息。

 驚く事に“ミクマリ”なる巫女はダイコンと瓜二つの姿形をしていた。但し、こちらは左の袖を欠き、輪は右腿に()められている。


『双子という訳か。ううむ、二人揃って廉恥(レンチ)を破った服装をしおって。どうにかすれば拝めそうだ』

 ゲキは漂う位置を下げた。

「ゲキ様」

 ミクマリが低い声を出す。


「ね、言ったでしょう? アズサが戻って来ちゃったんだよ。そこの変な人が解放しちゃったの」

 ナツメが言った。

「部外の巫女よ。勝手な真似を為さらないで下さい。嘘か誠か、川の神も降ろしたと聞きましたが」

 後から出て来た方、太ミクマリが言った。


「里の中で勝手な振る舞いをした事は謝罪します」

 素直に頭を下げる細ミクマリ。

「ですが、生贄は神の意向に沿うものでは御座いません。無意味です」


「無意味!? 姉様がどれだけ苦労して本部から生贄の許可や調達をしてきたと思って……」

 ダイコンが呻く。

「本部よりも先ずは神に御伺いを立てるべきでしたね。川神様は支流の一つに穢れが混じり、民に害を為す事を警告する為に川を氾濫させていらしたのです」

 細いミクマリが言った。

「それが本当ならば仰ってくれれば良かったのに。私でなく、どうして部外の者等に」

 腿の太いミクマリが呟く。

「出任せを並べているだけでしょう。水分(ミクマリ)の巫女はそうは輩出されません。重要な任である筈なのに、漂泊(ヒョウハク)の身であるとは思えません。姉様、この女は騙り屋や売笑(バイショウ)の類でしょう。里の深くまで食い込んで商売をしようとは破廉恥(ハレンチ)な奴です」

 ダイコンは姉に囁く。


『破廉恥なのはお前達姉妹の衣だろうが。そこの脚の太いミクマリよりも、俺のミクマリの方が遥かに優れておるわ。身体つき以外はな』


「何を偉そうにこの霊魂は……」

「姉様、それは何かの神ですよ」

「うわっ、本当だ。ひょっとして川神様だったり?」

「若しそうだったらどうしましょう」

 姉妹は狐鼠狐鼠(コソコソ)と囁き合った。


ミクマリ(・・・・)姉様、ダイコン姉様。その御方はこちらのミクマリ様の守護神様です。川神様がミクマリ様に御話している処もこの目と耳で確かめました!」

 アズサが声を上げた。


「なーにゆわんな。あんたの言う事なんか信じる訳無いじゃん。どうせ旅の詐欺師に助けを求めて、助けて貰った礼に手伝ってるんでしょう? 大体あんたに川神様の声が聞ける筈ないし」

 ナツメが見下ろす。

「そうだ。ナツメの言う通りだな。追い返そう」

 ダイコンが賛同する。


「そうしましょうか」

 太ミクマリが片方の掌を空へと翳した。辺りの水気が集まり、人の頭よりも大きな水球が出来上がる。

「でた、ミクマリ(ネエ)のお仕置き! あれ、痛いんだよなあ」

 ナツメが歯を見せる。


「お帰り願いますっ!」

 掲げられた腕が振り下ろされると、水球がミクマリの顔へと飛び掛かった。しかし、水球は眼前で停止した。


「あれ? どうして止めちゃったの?」

 ナツメは首を傾げる。

「えっ、そんな筈は……」

 水術師は宙に留まった水球に再び手を翳す。水は動かない。


「えいっ!」

 ミクマリの掛け声と共に水球は返され、術師の顔へと衝突して弾けた。


「痛ぁ……」

 顔を抑え屈み込む術師。妹も屈み込み無事を確かめる。

 太いミクマリの鼻っ柱は赤く為っていた。


 その様子を見てミクマリは胸が空くのを感じた。

「鍛錬が足りませんね。川神様の声が聞こえないのも納得です」

 それから相手がやったのを真似て掌を翳して見せる。


 周囲の水気が集まり、瞬く間に神殿よりも巨大な水球が出来上がった。


「「「「ひ、ひえーーっ!!」」」」

 他の巫女達は空を見上げてへたってしまった。


『おい、調子に乗るな。向こうの畠の土や空気まで干上がったんじゃないか? ちゃんと戻して置けよ』

「はあい」

 ミクマリは澄まし顔で返事をすると使役していた水を直ちに還してやった。


「さて、嘘でも脅しでも結構ですので、川神様からの賜った御言葉をお伝えいたしますね」


 ミクマリは三人の巫女に川神の意向を伝えた。

 三人は渋々ながらも信用し、支流に起った変異の元を探るべく出向する事となった。

 「出鱈目だった時の為に」とミクマリも来る様に言われ、返事をした。

 始めは仕事は伝えるまでとし、全て任す気でいたが、どうも姉妹の実力を見てからは斯うする外にない様に思えたのだった。

 手出しは兎も角、監督位はした方が良いだろう。


「じゃ、行ってくるから。あんたはここで留守番してな。それから、戻ったら本部だからね」

 出掛け際、ナツメがアズサへと言った。

「どうしてですか!? 私も役に立ちますよー!」

「立たないでしょ。あんたの術は戦いには」

 そう言ってナツメは掌の上に炎を(オコ)して見せた。


「火術だわ」

「そーよ。あたしは結ノ炎(ムスビノホノオ)を得手としてるの。争い事は滅多にないから薬の焙煎や料理にしか出番はないけど、腕前はそこそこよ。……水術使いには頭上がらないけど」

 そう言ってちらとミクマリを見る。


「ナツメは本部で学んだ仲間の中でも一番腕っぷしが強くて、薬事にも長けていました」

 アズサが言う。

「ナツメ? 呼び捨ててんじゃないわよ。(カス)の癖して」

「でも、後から配属された方が妹だし……」

「あんたはもう居ない筈だったんだから。髪だって切って碌に霊気(タマケ)も練れない癖にさ。足手纏いは本部に戻って、毛が生えたばっかの(ワラシ)共と遊んでれば良い!」

「うちはもう大人やー! 童と一緒にすんなー!」

 アズサが喚いた。

生利(ナマイ)き! 昔みたいに躾けて上げるわ!」


 ナツメが拳骨を振り上げた。


「ナツメ。その位にしておきなさい。アズサの処分はミサキ様が決める事です。今は務めを果たしなさい」

 太ミクマリが言った。

「はい……」

 拳が降ろされる。


『とんでもない曲者(クセモノ)だな』

 ゲキが囁く。ミクマリは黙って頷いた。


「では、ミクマリ様。凶事の元へ御導きを……」



 アズサを残し村を出立する。実力を見せつけたのが功を奏したか、ダイコン姉妹はミクマリへの態度を改めていた。

 道中、ミクマリは川神の性格の話や、神の声を聴く為に必要な招命ノ霊性(マネキノタマサガ)の修行の(コツ)を、やや不本意ながらも伝授した。


 姉の方のダイコンはアズサの語った通り、本来は水術が専門ではなかった。

 双子は両者揃って、埴ヤス大地(ハニヤスダイチ)と呼ばれる土の操術を得手としていた。

 そして、先代の老巫女が亡くなった際にここへ派遣され、候補の中で憑ルベノ水(ヨルベノミズ)にも多少通じていた姉が水分の巫女を任されたのだ。多少の水術と二者の土術は、農耕に於いて本領を発揮した。

 水術の腕前は兎も角、姉妹はこれまでは確りと村を治める事が出来ていたと語る。

 ……余談だが、野良と土木の仕事が多い都合上、衣の丈を短くしているらしい。汚れる上に汗で足の間が蒸れるのだそうだ。


 しかし、生半可な水術は荒魂(アラミタマ)の水には為す術がなく、里への作物の供給に害が出始めていた為に焦燥が募る事となった。

 供物として先ずは野菜を供え、山鳥を供え、熊を捧げ、次第に量や質を上げていったものの、声は聞こえず届かず。

 徐々に泥沼と化し、本部からも苦言を呈されて滔々(トウトウ)、生きた人間を捧げ始めたのだ。

 先ずは老い先短い老人、次には親子を揃って柱に括りつけた。

 それでも効果は上がらず、遂には贄として最高峰の巫女の生娘を御柱(ミハシラ)に立てる決断をしたのであった。


 これに関しては巫力だけでなく、事態への盲目と配慮不足が疑われる。ゲキは本部にも落ち度があると厳しく指摘をした。


 それから“妹”への扱い件。

 アズサが如何に半端者であったとしても、姉妹達の態度は飲み込めたものではなかった。

 これに関しては当のアズサが不在だった為か、ミクマリは途中で守護霊が笑いだす位に厳しく苦言を呈してやった。


 結局、ダイコン姉妹は現場の森へ行きつくまでに、部外の巫女とその守護神の言に依ってすっかり叩き伸めされてしまったのだった。

 ナツメだけは「あたしが得意なのが火術じゃなきゃ」等と終始ぼやいていたが。



「確かに、森に入ったら夜黒ノ気(ヤグロノケ)が漂い始めたわ」

 ナツメが腕を摩りながら言った。

 森は豊かであったが、黄泉の気配が薄っすらと覆っている。季節柄、葉を散らした木々も多く、乾いた(コガラシ)も相俟って何処か終末を臭わす景色である。

『お前も修行不足だな。もっと霊性(タマサガ)を磨け』

「何よ偉そうに。鳥相手には水よりも火の方が役に立つんだからね。でかい水溜まりを浮かせた位で勝った気に為らないで」

『ミクマリはお前達をここへと真っ直ぐに案内した。だが、お前達はこの里に暮らしながらこの森の気配に気付かなかったのだぞ。戦闘力以前の話だ』


「ゲキ様、(カラス)が飛んでいます」

 空を指さすミクマリ。烏の群れが黒い円を描いている。

『不吉だな』


「守護神殿。御言葉が過ぎます」

 苦言を呈したのはダイコン姉妹の姉だ。

「この里では神の御使いを祀っておりますが、その姿形は烏に酷似しているのです。故に烏は神鳥として扱っております。獲る事も禁じられ、畠を荒らしても不問としています」

 妹が解説する。


『矢張り不吉だ。烏は作物だけでなく、死肉も喰らう。人間のものもな』

「ゲキ様。無為に貶す事はないでしょう。神の御使いというだけの理由はある筈です。彼等も何か役目を担っているのでしょう」

 ミクマリが窘める。


『まあ、何でも良いわ。さっさと穢れの元凶を滅して村へ戻るぞ。日が暮れる』

 既に日は傾き始めている。


「これだけ黄泉(ヨモツ)の臭いがして、誰も気付かなかったの? お姉達は用事が無いにしても、誰か山菜取りか狩りにでも来たでしょ?」

 最近村へ配属されたばかりのナツメが首を傾げる。

「この森は先代の御使いが子育てに使った森だから烏が多いの。だからここで採集や狩猟をする事は禁止されてて、誰も近付かないのよ」

 禁足地だとダイコン姉が言う。

「川の方が気配が強いです。行ってみましょう」

 妹が指差す。


 川へ近づくと無感の者でも気付きそうな程の悪臭と気配が漂っていた。特に一本の枯れた大木の上が濃い。

「あの木の上が怪しいですね」

 そう言ってダイコン妹は地面へ手を当て、土を盛り上げて上へと昇った。ゲキはその下に立って『惜しい』と呻いた。


「ゲキ様。端たない事は為さらないで」

『冗談だ。それよりもミクマリ、気付いておるか?』

「はい。川神とのやり取り以降、時折探知を掛けていましたが、徐々に夜黒ノ気が強くなっていっています」

『此奴らの手には余るやも知れぬな』

「やれるだけやらせてみましょう」

 もう少し痛い目に遭うべきだ。ミクマリは少し意地悪く考えた。


 ふと、何処からか視線を感じた。

 気配に目をやると、一匹の白兎が草叢(クサムラ)の陰から背を伸ばしてこちらを窺っていた。

 兎からは幽かな神気を感じる。

 ミクマリが礼をすると、兎も礼を返して頭を引っ込めた。


――仕方ないわ。彼女達では手に余る様だったら、直ぐに片を付けましょう。困ってるのは人間だけではない様だし。



「姉様。大きな巣がありました! 卵も!」

 上からダイコンの声。

「それが元凶ですね? 卵の様子は?」

 ダイコン姉が訊ねる。

「完全に黒です。巣も妙に黒い……」

「為らば、下へ落として破壊しましょう」

「ちょっと待って! お姉、神鳥の卵だったら拙くない?」

 ナツメが静止する。

「ミクマリ様に見せて頂いた羽根は烏のものではありませんでした。ダイコン、遠慮なくおやり為さい!」


 姉の掛け声の後、上から巨大な鳥の巣が投げ落とされる。

 鼻を衝く臭いと共に落下。沢山の卵は全て割れ、中から土瀝青(ドレキセイ)の様な中身を飛び散らした。


「これで終わり? 後は森を清めたら良いのかな? それだけでも骨が折れそうだけど……」

 広い森を見回し溜め息を吐くナツメ。


『ミクマリ。治療術の準備をしておけよ。後は水で着地用の緩衝でも(コシラエ)ておけ』

「はい」


 ミクマリが頷いた直後、空中に耳を(ツンザ)く様な悲鳴が響き渡った。

 それから羽搏(ハバタ)きの音。


 姉妹達は耳を塞ぎながら空を見上げた。

「今のは何!?」

 ナツメが叫ぶ。


 それから、大きな黒い影が一瞬横切ったかと思うと、鳥の巣を破壊した女の姿が忽然と消えたのだった。


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