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巫覡、寿ぐ(ふげき、ことほぐ)  作者: みやびつかさ
承ノ一 心鎖して
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巫行046 音術

 霧の里の信仰“神の御使(オツカ)い”。

 この里では神そのものではなく、高天國(タカマガノクニ)より遣わされたという神使(シンシ)を祀っている。

 御使いは巨鳥の姿を取っており、実際に命を有し他の生物と同じ様に食事や睡眠を行い、成長し子を産み育て老いて死ぬ。

 御使いは自身の認めた巫覡としか言葉を交わさないと云うが、代替わりをして個体が変わると、当然御使いの性格や性別が変わってしまう。

 その度に御使いに仕える巫女頭を毎回選出し直さなければならない。


 その巫女頭を“御先(ミサキ)”と呼ぶ。

 神でないとはいえ、里を挙げて祀られる程の存在が選ぶ故に、その巫力も確かで無ければならない。

 その上に御使い毎に変わる条件も加わる為、いつ代替わりが起こっても対応できる様に、予め多くのミサキ候補を育成する。


 ミサキは御付きの巫覡を伴い各村を査察し候補を探す。

 巫覡の候補はある程度霊感に優れる者から選ばれる。

 候補探しは頻繁に行われる為、現在は大人からの候補は滅多に出ず、実質選出されるのは子供が殆どだ。


 掟である以上、両親や村長にも拒否権はない。


 厳しい話にも聞こえるが、里は峻山(シュンザン)と濃霧に依り外界と隔絶されては居るものの土地は肥沃で神多くし、その“候補の候補”の数にも事欠かない。

 子多くして遊ばすよりも、(ホマ)れであるミサキや巫覡の候補として送り出す方が余程良いと大人達は考える。

 稀に出産による体質の変化や、生死の狭間を彷徨う事で霊感を得る者もあったが、前者の場合は尊い役目を持つ為に選ばれない配慮もあった。

 故に里でこの掟は枷ではなく恵みとして扱われた。


 斯うして選ばれた巫覡の候補はミサキの元で指導され、神と御使いの歴史や巫行、そして術を学ぶ。

 ある程度以上の実力が身に着くか、何処かの村で巫覡が足りなくなると、その役目に適性の高い者が派遣される。

 制度化された育成法故に実力のある巫覡の数も豊富で、各村に複数人が仕える。

 直接神に仕える役割の他に、医師、薬師(クスシ)、織り手、酒刀自(サカトジ)卜占(ボクセン)等の役目を任される。

 霧の里外でもこれらの役は巫女が担う事が多いが、大抵は巫女の数が少なく一人で多くの任を兼ねるものである。

 だが、この地の場合は得手を特に伸ばす修行方針を取っている為、専業として質の高い者が従事する事が出来るのだ。


『ほう、為らばアズサは何を得手とするのだ?』

 後方で幼い巫女の話に聞き入っていたゲキが訊ねる。

「私は薬学が一番得意で。それと呪術も一番! 吉凶どちらの呪いもいけます!」

『薬学は兎も角、呪術は趣味が悪いな』

「私もそう思うのですが、本部は得意を伸ばす方針で。どうやら私って、天性の“苦手(ニガテ)”らしくって」

『ほう』

「草花や虫の毒に強いのです。だから薬学でも他の人の出来ない事が出来たりします。毒と薬は表裏一体ですから」


 自慢気に語る声が耳に入る。ミクマリの(ワザ)(シカ)めていた顔が思わず緩んでしまう。

 前を歩く彼女は会話に一切参加していなかった。


「虫を捕まえるのも得意ですよ。(マムシ)も毒蜂も! (ムシ)を使った呪いは役に立ちませんが……」

『感心だな。お前の前を歩いている巫女は虫は余り得意ではないな。食事に混じるととても厭そうな顔をするのだ。虫など食ってしまえば良いものを。お前の里が裕福だっただけで、冬場はそうやって凌いでいる村も珍しくは無いのだぞ』


 師の苦言が飛んで来る。ミクマリは無視した。


「では、虫が現れたら私が捕えて差し上げますね! ……でも、“苦手”故にお料理の方は全くいけなくって。お前が触ると飯が不味く為るなんて良く言われます」

『ははは。揶揄(ヤユ)か冗談かと思っていたが、本当に苦手者は炊事が苦手なのか。因みにそいつは天性の甘手(アマテ)だ』

「ええなー。羨ましいです。私、薬学の勉強の為に毒や薬を沢山験さなきゃ為らなくって、その所為か他の人よりも食事の味が余りしなくって。因みに、うちの家系は耳朶(ミミタブ)が大きいので耳輪が映えるんですよー」


 あの子もまた巫女の運命(サダメ)の犠牲者なのか。ミクマリは視線を地面地面へ落とす。


『確かに耳は(フク)よかだが、耳輪は見当たらんぞ』

「そうでした。生贄にされた時に取り上げられたんだった。右耳にだけ穴が開いているでしょう? うちの流派では耳輪をするんです。因みに頬の入れ墨は鳥の(クチバシ)ですよ」

『ほう。装飾や化粧にはあまり興味が無いが、何故(ナニユエ)に耳輪は片方なのだ?』

「こーっとそれは……」

 アズサは口籠る。


『ふむ、まあ装飾は良い。霊気(タマケ)を使った術の方は、何か専門は無いのか?』


「こーっと……」

 またも沈黙。


『無いのか。無くとも別に恥ず事もないが。薬学と“苦手”だけでも充分に巫女として誇れるものだろう』

「“苦手”は兎も角、薬学は誰でも学べますし。得意と言っても、里では皆学んでいるので、団栗(ドングリ)の背比べで。私の得意術は余り重視されてなくって、周りから嗤われてしまうんです」

『そう云えど呪術の様に疎まれるものでもなかろう? 大根を股に挟んで土鈴(ドレイ)をがちゃがちゃやっていれば軽蔑もされるだろうが』

「ん、ダイコン? ……は良く分かりませんが、土鈴は半分正解です。実は私、“日誘ノ音(ヒイザナイノコエ)”という術に才があるらしくて」

『日誘ノ音? 訊いた事がないな』


 あの経験豊かな蘊蓄(ウンチク)悪霊も知らない術。


「実を言うと使い手が少な過ぎて、本部でもその名前と“音に関わる術”と云う事と、弓を使った(ウラナイ)を一つだけしか伝わってなくって。教えて貰えた術技も一つだけなんです」

『ほう、どんな術だ? 失われた古代の秘技か?』

 ゲキの声は弾んでいる。

「知りたいですか?」

『うむ。是非とも』

「嗤わないで下さいね?」

『嗤うものか』


「では……。“大声ノ術(オオゴエノジュツ)”です」


『……その効能は?』

 仔細を訪ねる彼の声は既に震えていた。


「その名の通り、霊気を使って普通の人よりも遥かに大きな声を出せる……です」


 爆笑が響く。ミクマリも少々危なかった。


「あー! 嗤ったなー! 守護神様、酷いさー!」

 大声を上げるアズサ。因みにこの抗議には霊気は籠ってはいない様だ。


『いや、流石にその様にマヌケな術があるとは思いもしなかった。単に声がでかいだけで“日誘ノ音”等と大仰な名を冠するとは』

「うー。それで他の見習い達にも散々弄られたんです。薬学は学べば誰でも出来るし、“苦手”は損が多いし、御蔭で私はいつも(カス)扱いなんです」

『勿体無いと思うがなあ。苦手の薬師(クスシ)というだけでも、覡國(カンナグニ)では引く手数多だろうに。霧の里は贅沢だな』

「ミサキ様ははっきりとは仰りませんでしたが……きっと私が滓だから早くに村にやられたんです。実は耳輪が片方だけだったのも、半人前の証で……」

 アズサの声の調子が下がる。

『先程は早くに村へやられたと自慢にしてなかったか?』

「普通はもっと巫力を磨いてから村に派遣されるんですけど、私の得意の薬学は覚えてしまえば終わりで、霊気の術も先が無いし、火や水の術もさっぱりで。薬事さえも行った先でも、ちょっとした怪我や病気位で別に他の巫女でも対応できますし、呪術は村民から求められる事も無くって。派遣先でも滓扱いだったり……」

『磨けば化けるやも知れぬがな。俺ならばその様な未知の術の才があると分かれば、寝る間も惜しんで霊性(タマサガ)を磨くがな』

「うー。修行は嫌いではありませんが、どの様に修行をしたら良いのでしょうか?」

『霊性は大きく分けて三つの系統があるのは知っておるな?』

「はい。探求ノ霊性(モトメノタマサガ)調和ノ霊性(ノドミノタマサガ)招命ノ霊性(マネキノタマサガ)の三つです」

『うむ。探求(モトメ)は……』


「探求ノ霊性は物体との境界線、調和ノ霊性は脱力、招命ノ霊性は術行使の対象との一対一の関係性を意識するのが(コツ)です」

 前方で聞き耳を立て続けていた娘が歩調を落とし、割って入った。


「ミクマリ様」

 アズサがミクマリを見上げた。

『正解だが、別にお前には訊ねとらんぞ』

「音とは波です。流れや波紋の広がり等、少し水と似ている処があります。先程言っていた大声ノ術も、どうにかすれば普通とは違った音の伝え方が出来るかも知れません」

「成程! 流石ミクマリ様です!」

「霊気や霊性を磨くにしても、単なる精神統一よりも音に関連した修行法を取ると良いでしょう」

「例えば何がありますか?」

 アズサが首を傾げる。

『その辺は自分で考え……』

「私の場合は水の中に身を置くか、逆に僅かな水に集中する事で能率が上がります。それを音でやってはどうでしょうか」

「成程なー! 私も、ミクマリ様の様に凄い術師に成れるでしょうか?」

 アズサが袖を掴んで訊ねる。目が合った。


――姉様、私はお(トウ)やお(カア)みたいな巫女に成りたいです!


 ミクマリは袖を振りアズサの手を解くと、また正面を見て早足に戻った。『意地っ張りめ』守護霊が呟く。


「あー……。私、何か怒らせる事を」

『さあな。女特有の穢れ時ではないか? 気が立つものなんだろう』

 ゲキが嗤った。


――知っている癖に。穢れ時なんて神代(カミシロ)と化してからは縁のない話だ。


 娘は歩調を上げた。自然に足取りには霊気が籠り、二人をどんどん引き離す。村はもう見えている。

 後ろの方で『追わずとも良いぞ』の声。


――何よ。私の事何でも知っている癖に、意地悪な事ばかり為さって。人には甘やかすなと仰りながら他所の巫女に……。


 文句は考えれば考える程、湧き水の様に溢れて来た。私は我慢しているのに。

 アズサに入れ込んだとしても一時の事だ。命の危機を脱した今、悲劇が起こり今生の別れが訪れる事はないだろうが、自分は漂泊(ヒョウハク)の身分。彼女の成長を見届ける事は出来ない。

 それに良く考えれば、幾ら妹巫女に似ているからとはいえ、ゲキはあの様に他所の巫女に入れ知恵をする質ではない筈だ。


 どれもこれもが自身への嫌がらせの様に感じた。


 ……とは言えど、二人から離れても仕方なく、アズサを欠いて村へ踏み入っても面倒で、ミクマリは結局の処は立ち止まる他なかった。


「ミクマリ様! 足が速い!」

 アズサが息を切らせて駆けて来る。

『無理に追わずとも良いのに。お前は何回転ぶのだ』

 童女の頬には泥が付いている。額や衣の膝も汚れていた。

「運動は天で不得手で。舞踊は底々には出来る方なんですが……」

『ほう、舞踊もあるのか。ちょっと見せてみよ』

「こーっと、ごめんなさい。他流の方には流石に披露は出来ません。御使い様と交信する為に用いる舞踊なので不出のものなのです」

『そうか、残念だな』

「ミクマリ様が里で暮らして下さればお見せ出来ますよ!」

『だそうだぞ。お前の舞はまだ完成していなかったな』

「だとしても、他流に身を置くのは流石に。旅もありますし、この様な僻地では仇を追うにも情報も無いでしょう」

『言ってみただけだ。だが、御使いが鳥類で交信に舞踊を用いるという事は、恐らくは“鳥舞(トリマイ)”だろう。お前が垢離(コリ)の際に験しているものと似ているやも知れぬぞ』

「だったら何だと仰るのですか。私の舞は神和(カンナギ)の際に求められた時と、雨呼びの術に用いるものです。鳥は関係ありません」

『舞踊なんぞ、見て美しければそれでいいのだ。天津神(アマツカミ)には悪食が多いからな。お前の感性の舞ならばきっと気に入ると思うが』

「貶しているのですか、褒めているのですか!」

『両方だ。お前は厳しくした方が短所が縮むが、長所は甘くした方が伸びが良いからな』

「何でも知った様な事を仰って! 詰まら無い事をしてないで、さっさと巫女に会いに来ましょう!」

 声を荒げるミクマリ。


「……」

 目の端でアズサが目を見開いている。


「えっと……。驚かせてごめんなさい。少し気が立ってしまって」

 ミクマリが俯く。

「あー、いえ。御二人は仲が良いんやなーと。神様と使いと言うよりは、夫婦(メオト)の様です」

 アズサは微笑む。

「そっ、そんな夫婦だ何て! 私とゲキ様は神と巫女、祖先と子孫、師と弟子の関係です!」

 ミクマリは頬が熱くなるのを感じた。

『似た様なものだがな。故に男神に仕えるのは穢れ無き処女と決める事が多い』

「決めるって、そうでなくとも良いのですか?」


『うちの場合は単なる趣味だ』


「ゲキ様!」

 霊気を込めて袖を振り上げる。祖霊は涼しく揺らめくと上空へと逃げた。


 そこへ、村の方から男女が現れた。


「ほら、巫女様。何か見知らぬ連中が騒いでるのですが……」

 男の方は麻の衣を纏った良く居る村民の風体。

「う、そうは仰っても私は、ここに来たばかりで村民の顔もまだ確りと覚えてなくって」

 こちらはアズサと同じ衣を纏い、同じく両頬に嘴の入れ墨、そして巫女の象徴である長い黒髪を結い上げた若い娘。

「いやいや巫女様。あんな恰好をしていれば余所の巫女に決まっているでしょう? 何やら見知らぬ神様を連れていますし。もう片方は……」


「アズサか!? あんた、どうしてここに!?」

 巫女は驚き声を上げる。

 アズサはミクマリの陰へと隠れた。


「アズサさんは私が解放しました。川神様からの許可は得ています」

 ミクマリが答える。

「あんた、他所の巫女? 何で勝手に。ミクマリ(ネエ)も川神と口が利けないっていうのに……」


『アズサよ、あれがお前の姉の一人か?』

「いえ、違います。私の姉様はミクマリ姉様とダイコン姉様。でも、どうしてだろう。何で“あの人”がここに……」

『ダイコン? 酷い巫女名だな……』


 あの人と呼ばれた娘は鼻を鳴らし、ミクマリの後ろの童女を睨んでいる。

「私は漂泊の水分の巫女です。川神様からの御言葉を預かっています」


「へえ。あんたもミクマリなんだ。……良いよ、逢わせて上げる。嘘だったら三人で袋にして里から追い出すからね」

「ありがとう御座います。処で、貴女は?」

 ミクマリは相手の無礼を流し訊ねた。


「あたしは(ナツメ)の巫女。この村の薬師よ」

 ナツメは耳に掛かった(ビン)を払った。土焼きの耳輪が揺れる。

「薬師? 薬師はアズサじゃなかったの?」

 ミクマリは首を傾げる。陰に隠れていた童女がひしと腰に抱き着いた。


「……アズサが生きてたって事は、あたしはこいつの“妹”って訳ね?」

 勝気な瞳。陰に隠れる娘へ注がれる視線は冷たい。

 妹とは言ったが、どう見てもアズサよりは年上である。

「村に配属された巫覡を兄弟姉妹として扱うのです。年齢は関係ありません。配属順ですから」

 アズサは声を震わせている。


「全く、配属早々に冗談じゃないわ。付いて来て」

 不機嫌そうな巫女は提髪翻すと、早足で村の奥へと歩き始めた。


******

神使(シンシ)……神の使い。特に動物を指す。神が擬態した姿であったり、これを媒介にして人間と接触したりする。

苦手(ニガテ)……蛇獲りや蛇使いをする家系を苦手と呼ぶ地方があった。

こーっと……えーっと、ええと。

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