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巫行021 竹花

 翌朝。異様な出来事が村へと襲来した。


 竹の花の開花。


 本来、竹の花は人の一生の内に一度に咲くか咲かないかの代物である。

 花を開かせ種を成すと、一斉に散り、枯れる。

 竹は地の下でそれぞれの茎が繋がっており、それは竹林が道連れに(ホロ)びてしまう事を示していた。


 不安に怯える村人達。竹の達人であるタケジイも、季節外れの開花に不吉を覚えた。


「大丈夫だろうか、神様が御怒りなのでは。僕が何か粗相をしたのでは」

 村長(ムラオサ)さえもこの調子である。


 しかし、独りだけはその咲き乱れる竹花を見上げ、雫一つ垂らす様に感嘆の言葉を零した。


「竹がお祝いしとるんです。神様が生まれるのが待ち切れなくて、それで花が咲いとるんです。竹林は枯れはしません」

 大柄な女の独り言。村人達は何を子供染みた事をと信じなかった。

 不安を打ち払う様に嗤った。多くは邪気を孕まぬ笑いであったが、若い女の一部からは意地悪な声音が感ぜられた。


 女は酷く悲しそうな顔をし、独り竹林を去ろうとした。


 しかし、同じく神気(カミケ)を感知していた巫女が両者を執り成し、収まる処へと収まった。


「竹の神を迎えるのは予定通りに行います。オタケさんの言う通り、これは竹が自身の霊気(タマケ)を以て顕神(ケンジン)を寿いでいるのです。神が御近付きになられると、不思議な事が示現(ジゲン)するのは約束事なのですよ」


 竹の神に奉納される(ホコラ)は、高天國(タカマガノクニ)覡國(カンナグニ)を結ぶ為に、竹と竹の他にこの地に根付く樹木を交えて組まれた。

 屋根は青竹の峯、幣帛(ミテグラ)を納める胴部分は杉造りで、扉に藤蔓(フジツル)の縄を巻き笹を飾り付け、その四つの脚は確りと大地に立っている。

 幣帛として選ばれたのは集落で仕入れた(モミ)の食器、雑穀を焚き込み山椒(サンショウ)で香り付けたもの。

 村からは川で獲れた(アユ)の焼き物、そしてタケジイが竹の端材を無駄無く使って作った赤子をあやす玩具。 


 小祠(ショウシ)ながらも、祠は村民達の真心(マゴコロ)の籠った結晶であった。


 村民が挙って祠の前に集まり、取り敢えず正座をしてみたり、拝んでみたりしている。

 その中に昨日の盗人の少年は見当たらない。


「さあ、ミクマリ様。僕達の神様を迎える為に御力添えを」

 村長が言った。


「……ゲキ様。私、神様の降誕に携わった経験はないのですが」

『俺もない。だが、特にする事もないぞ』

「ないのですか? 儀式とか、祝詞とかは?」

『順序を考えろ。巫女は神の意志を伝える役で、儀式は既に在る神と繋がる為に行われるものなのだ。神在っての巫女で儀式だ。竹の神はまだ生まれて居らぬ。高天(タカマガ)に満ち満ちたる気の一部に過ぎん。強いてやれる事は、この場で民の信心を高める程度だ。適当に言葉を投げ掛けてやれ』


 先達の丸投げに舌を巻くミクマリ。

 咳払い一つ。


「ええと……竹の神様は、貴方達が竹を大切に扱い、竹と共に暮らし、感謝をした事に依って産まれます。依って、この場では普段の感謝を繰り返し表敬するのみで結構です」


 巫女の言に従い、村民達の間からぽつりぽつりと感謝の言が噴出する。

 特に掛け声も無しに、各々思い思いに口走り、騒めきとなった。

 次第に、単なる感謝だけでなく、竹の利用法や蘊蓄(ウンチク)の披露等が始まり、住人達の竹への熱い想いが交換され始めた。


『ううむ。竹と共に生きる村とは言え、これだけの熱情があると少々気色悪いな』

 守護霊が唸る。

「ゲキ様」

 小声で窘める巫女。



 ふと、村民達の声に混じって、竹の葉が擦り合う様な音が笹々(ササササ)と聞こえて来た。


 巫女は上を見上げるが、竹の葉は木漏れ日を漏らすのみ。彼女の黒髪も静かに提げられたままである。



「祠が」

 声を上げたのは、竹談義に混ざらないでいたオタケであった。

 幣帛を納めた祠の扉が、独りでに開いた。


 村民達は騒めきを止め祠を見守る。

 その多くは霊感を持たない者達であったが、そんな彼らでさえも、祠から薄っすらと漂い始める神聖な気に感付き始めた。


 海神(ワダツミ)の降臨の際とは違った、小波(サザナミ)の様な神気(カミケ)

 爽やかな香りを孕んだそれが、子供の笑い声の様に心を擽った。


 次第にそれは音と為り、誰の耳にも聞こえるものへと変じて言った。



『……初めまして』

 透き通る水の様な童子の声。姿は見えぬが、それは確かに祠から聞こえて来た。


『……わたくしは、皆様方が捧げられた竹への感謝と親しみに応えるべく、高天(タカマガ)より天降(アモ)(イズ)りました、不肖の神“天矛根彦(アマボコノネビコ)”と申します』

 名乗りを上げる神。

 村民達は畏れ入りながらも、甘い蜜で口を喜ばす様にその名を繰り返した。


『……えへへ。歓迎頂けた様で、感謝の至りで御座います。これからも、皆々様と好い御付き合いを……』



『こら、竹の神!』


 割って入る守護霊の声。巫女は神の祠の上で踏ん反り返る祖霊に青くなった。


『……はいっ!?』

 慌てる竹の神。


『竹の神よ、それが信者への態度か?』

 ゲキは溜め息交じりに言った。


『……ご、ごめんなさい! もっと丁寧にした方が宜しかったでしょうか?』


『これだから(ワラベ)の神は。産まれたばかりとは言え、神なのだぞ。もっと尊大であれ。それから、名乗るな。(ミダ)りに名を呼ぶと神気も御利益も落ちるものなのだ。ミクマリ、後で村人共にも忠告しておけよ』


『……ああっ、そうだった。何方(ドナタ)かは存じませぬが、御諫言(カンゲン)ありがとうございます。さぞ名の高い神様なのでしょうね』

 慌て、快活な礼、それから神らしからぬ感心。

 信者達はその奇妙な神の独り言に首を傾げ、顔を見合わせた。


『俺の事は良い。それよりも、気を練り影向(ヨウゴウ)する事は出来ぬか? 此奴等は大して霊感が無いのだ。気を擦り減らしてしまうだろうが、初見の時位は御姿を見せても良いだろう』


『……仰る通りです。では、やってみましょう』

 祠へと吸い寄せられる様に風が吹く。竹が(タオ)り、笹を擦れ合わせる。



 辺りが光り輝いた。村民達は驚きの声を上げる。



 瞬きをすると、祠の前には一人の童子が居た。丈の短い青緑の衣を纏い、長めの髪を頭頂部で束ねて竹の様に(タユ)ませている。

 前髪は切り揃えられ頬は赤く、目鼻整い、その瞳は真直ぐと村民を見つめていた。


「……改めて、宜しう願います。わたくしが竹の神です。主に成長と再生を司ります」

 両手を股の前で握り合わせ、頭を下げる。髪の竹が御辞宜を追って跳ねた。


「可愛らしい」

 巫女が呟く。


 一方、守護霊は深い溜め息を吐いた。


『まあ、生まれたてではこの程度のものか。邪気は一切感じぬが、少々奉仕の心が過ぎる(タチ)が見えるな。村民が増長すれば、この神は無理をしてでも応えようとし、破滅の結果を招く恐れもあるだろう。ミクマリよ、その点に就いても厳しく伝えておけよ』

「は、はい」

「……ええと、後はわたくしと皆様を繋ぐ巫女様が必要なのですが、こちらの方が?」

 童子はミクマリを見る。

「え、えっと私は……」

 口ごもり、目を逸らすミクマリ。曇りのない視線が痛い。

「良い考えですね。やはり、ミクマリ様にはこの村に残って頂きましょう! 是非、我らが神に仕える巫女に!」

 村長が笑顔と共に依頼する。村民達からも賛成の声が上がり始める。


『それは俺の巫女だ、マヌケめ。お前のではないわ。お前の巫女はお前の信者から選べ』

 ゲキが畏れ多い悪態を吐いた。

 巫女は守護霊の神に対する態度よりも、彼の自身の扱いが気に障った。


「私は漂泊(ヒョウハク)の身であり、神和(カンナギ)の巫女でもあります。実の処を申し上げますと、この守護霊だけでなく、多くの神の為の身体でもあるのです」

 事実の羅列を使ったに過ぎない断りであったが、それは確実に娘の心を痛めつけた。

 それでも、幼き神や信者達を傷付けぬ様にと言葉を振り絞る。


 たまさかにその苦心は貌に表れてしまっていたのだが。


「……ご、ごめんなさい! 他の偉い神々の御上(オカミ)さんで御座いましたか。それではいけませんね。母にさえ成って頂ければ、霊気の程は申し分ないのですが」

 竹童子は忙しく表情を変え、またも頭を下げた。


「……しかし困りました。わたくしもずっと影向し続けられる程の力は持ち合わせて居りませんから、巫女が居なければ皆様とやり取りが出来ません」

 困り眉の神。早くも力が尽きて来たか、その身体は祠を透けさせて始めている。



「だったら、そのまま消えればええじゃろ」



 何処からか呟き。

 嗤い含みの不遜な一言に、一同は振り返る。


――そこには、巨大な狸の姿があった。


「悪戯狸か? お前、ミクマリ様に叩かれて懲りたんじゃなかったのか」

 タケジイが立ち上がり、小屋程もある狸へと詰め寄った。


「タケジイさん、いけない!」

 巫女は警告した。今度は彼女の目にもその狸の姿は巨大に映っていた。


 前足の一薙ぎ。


 鍛えられた杣人(ソマビト)の身体が竹藪へと消える。


「おっ(トウ)!!」

 オタケが叫ぶ。


「儂がこの界隈で商売するに、貴様の様な神は余計なんじゃ。手荒い術は不得手じゃが、致し方あるまい」

 狸はそう言うと、毛を逆立たせ吠えた。声は竹を激しく揺るがし、笹を散らす。


『ミクマリよ。あれがどう云う事か分かるか?』

 師が訊ねる。


「……」

 見逃した責任を取れと言う事か。

 巫女は手早く霊気を練り、大袖を振りかぶる。


「待ってくれ! 殺さないでやってくれ!」

 声を上げたのは当の吹き飛ばされた当人。

 タケジイは大した怪我も無く、慌てて竹藪から這い出て来た。


 ミクマリは驚き、大袖に含ませた霊気を散らす。


 だが赦さないのは村人達。狸に向かって飛ばされる野次と怒号。

「神殺しを企んでいるぞ!」「悪戯者め! 今日こそは赦さん!」


 老人の背では、再び前足を振り上げる大狸。


 ミクマリはもう一度霊気を練り、一歩踏み出した。

 老人を飛び越え、化け狸に一撃加えるだけで話は済む。

 狸の纏う夜黒ノ気(ヤグロノケ)は僅かだが、その気に為れば竹の神に毒する事が出来るだろう。

 霊気も物の怪の範疇を越えない。寿ぐ必要もなく、滅するのみ。


――タケジイさんを飛び越える事は、きっと私の中の壁を越える事なのだ。

 殺生を嫌い、慈愛に振り回される自分と決別しなければならないのだ。



 私は、神の器になってしまったのだから。



 老人が振り向くよりも、凶爪(キョウソウ)が薙ぐよりも(ハヤ)く、緋色の袴揺らめかせて二者の間に舞い降りる。


 振られる大袖。巫女自身からすれば他愛のない(ワザ)

 だがその一撃には、有象無象の魔物を霧と化すだけの神聖な霊気が込められている。



 しかし、袖は空を切った。


 狸の身体は瞬く間に縮み、そのまま地面へと引っ繰り返ったのである。



「お前か! 狸や神様に悪さ働いたのは!」

 離れた茂みから女の怒号。


 中から大柄な女が何かを引き摺りながら現れた。

 白髪、奇抜な化粧、大きな耳輪。擦れ合う(ヤブ)以上に耳を苛立てるは土鈴(ドレイ)


「騒がし巫女だ!」

 村長が声を上げる。


「ミクマリ様。この女、藪の中で何やら邪悪な気を発していました。此奴が狸を(マジコ)ったに違いないです」

 オタケは怒りの形相を浮かべ、拳で(マジナ)い師の頬を打った。


 老婆は悲鳴を上げ、取り落とした土鈴を拾い直すと、威嚇するかの様に激しく振り鳴らした。

「きえええええ!! 貴様等あああ!! 儂の商いを妨げんとするなああ!! 神等要らぬのだああ!! 儂と舞茸を信じて踊れば良いのだああ!!」


「ミクマリ様! 狸に(ムシ)か何かが仕込まれたんです!」

 オタケはそう言いながら、もう一撃お見舞いする。この間、彼女はずっと老婆の髪を掴んだままである。


 ミクマリは指摘を受け、倒れた狸の腹を弄った。僅かな一点に夜黒ノ気を感じ、そこに霊気を込めて祓う。

 すると狸は咳き込み、口から一匹の赤と黒の模様を持った(マムシ)が這い出して来た。


「それは儂の蟲じゃ! 返せえ! 度重なる蠱毒(コドク)の賜物なんじゃああ!!」

 老婆は鼻血を流しながら、命令とも懇願とも付かぬ叫びを上げる。


 だが、這い出た蛇は逃げるとも持ち主の元へ帰ろうともせず、祠の方へと蛇行を始めた。


『ミクマリ! 何をしておる!』

 呆ける娘に叱咤。


 ミクマリは我に返り、速攻で練り上げた霊気を込めた掌で地を叩く。

 散り積もった竹の花弁の水分(スイブン)に巫女の霊気が宿り、蝮の身体に飛び掛かり引き裂いた。

 蛇は赤黒い小池を作り、別れた頭と尾を沼田(ノタ)打った。


 駆け寄り、再度霊気を練り跡形も無く蟲を滅する。


 息を吐く巫女。


『おい、ミクマリ。まさかと思うが、狸を殺そうとしなかったか? 腹の中に居た蟲に気付かなかったと言う事はあるまいな?』

 疑問を投げるゲキ。


 ミクマリは返事をしなかった。

 娘は完全に思い違いをしていた。

 狸が牙を剥いたのは自身の甘さの(ムク)いであり、奢侈(シャシ)の過ぎる詐欺師の所為ではないと。


「ぎええええ!! 止めろ、止めろおおお!!」


 老婆の悲鳴が聞こえる。

 続く村人達の憤怒の声。


 最早ミクマリは直視する事が出来なかった。

 いくら穏やかで気の良い村民達であろうとも、自身の村の神を害さんとする者を赦す筈は無かった。


 老婆は皺が伸び切る程に顔面を腫らし、顔料よりも多くの血で化粧した。

 耳輪は引き千切られ、土鈴は砕かれ、衣は奪われ醜く垂れ下がった乳房を零す。


 それには村長も、村で唯一の霊感を持つ大女も、気の好いその父親さえも加わっていた。


『ミクマリ、ミクマリ!』

 守護霊が呼び掛ける。


――私に止める資格なんてない。彼等の怒りも尤もだ。


 凶行を見て見ぬ振りし、先程の信念の籠った慈愛への決別とは違った形で己を殺す。


 老婆は血泡を吹き、譫言(ウワゴト)を言い始める。


 神聖な神の降誕の場で憎悪が渦巻き、地の底で何者かがほくそ笑んだ。


「……これが皆様のやり方なのですね。神は信者の心根を映す水鏡。その逆もまた然り。わたくしも見習わなければ」

 童子はそう言って、寂しそうに竹の流す花弁(ハナビラ)を見上げた。


――違う! 違うの!

 声に為らない叫び。

 何が違うと言うのだろうか。全ては移ろい変わりゆくものなのだ。

 私だって、身体は以前とは変わってしまった。心だって。


「へえ。何処も変わらないんだな」


 失笑とも感心とも取れる声。


「なあ、あんた達。その婆さんを殺すのか? 呪術師を叩くのは気持ち良いだろうね」

 少年だ。矢張り密かに見に来ていたのだ。

 村人達はその場に不釣り合いな余裕を纏った声に仕事を中断する。


 彼は何を思うだろうか。自分が穢れているから、事が起った等と勘違いしないだろうか。

 ミクマリはその場から駆けて、遠くへ逃げてしまいたくなった。


「当たり前だ。僕達の竹神様に物の怪を送ったんだぞ」

 村長は青い正義を再度振り上げ叫ぶ。

「俺の(ヌス)みは見逃したのにかい?」

「偸みと神殺しを同じにするな。それに、偸みだってミクマリ様が赦しただけだ。お前も、赦されてこの村に居たいんだったら、やれ」

 青年は少年の腕を掴む。


「断るよ。俺はこんな惨忍事に淹悶(ウンザリ)したから蟷螂(トウロウ)衆を抜けたんだ」

 腕を振り解き、笑みを浮かべる少年。


「蟷螂衆!? お前、蟲の出なのか」

「そうだ。俺は卑しい穢れた血の持ち主だ。俺がこの場に居合わせたから、忌み事が起ったんだ」

 口を歪める童男(オグナ)


 青年は彼を掴むのに使った掌を慌てて衣で拭った。


「でも、そこの巫女の姉ちゃんは違うって言ってたけどな。蟲は蟲でも、俺の処は性根が曲がってるだけで、血は穢れていないって」

 ミクマリは顔を背ける。間違いを犯した私の言葉なんて。


「……巫女様と彼の仰った事は本当ですよ。彼の血は穢れていません。性根も、それ程歪んでいる様には思えませんが」

 竹の神が遠慮気味に言った。


 振り上げられた拳達は一つ、また一つと降ろされてゆく。



「ははは!! 迷うたか!? 生かせば儂は諦めぬぞ!? じゃが殺せば悪霊と為り、村を祟り必ず神退(カムサ)らせてくれようぞ!! この騒がし巫女の呪力はその眼でしかと見届けたであろう!!」

 歯の抜けた口を大きく広げ嗤う老婆。


「その婆さんは毛を焼くか、丸刈りにして打ち棄てれば良いぜ。俺の処では、村を訊ねた歩き巫女の“処分”はそうやってたんだ」

 悪童は両頬を引き上げた。


 巫女の霊気の操作は身体や頭髪に大きな変化が起こると差し支える。

 修行の始めから禿頭であれば話は別であるが、剃られてしまえば()が散って上手く霊気が練れなくなる。


「だから、殺すのは止そうぜ。この婆さんは死んだ方が良い奴かも知れねえけど。……あの神様は何だか辛そうな顔をしているよ。巫女の姉ちゃんも一回は赦すのが信条だって言ってたしな」

 少年は歯を見せる。


「竹神様、宜しいのですか?」

 村長が唸る。


「……はい、出来れば殺さないで上げて欲しいです。その御婆さんの事は分かりませんが、今の皆様よりも、先程までの皆様の方が好きです」


「神様は、おら達に応えてくれるって、ミクマリ様の守護神様が言ったの聞きました。おら達が鬼に為れば、神様も鬼に為ってしまうんじゃないだろか……」

 オタケが自身の血塗られた手を見つめながら言った。


「じゃあ、決まりだ。この婆さんは手当だけしてやって毛を剃っちまおうぜ。それで、襤褸(ボロ)でも着せて集落に追い返すんだ。勿論、集落の人にも何をやった人間か教えてな」

 少年が言った。


「そうするか。盗人のお前の言に従う様で面白くは無いが、神様が仰ったのなら村長の僕は逆らわない」

 青年は息を吐き、強張らせていた身体を(ホグ)した。


 

 それから、老婆は処置をされた後に追放。罪無き狸も村で管理する算段となり、神の天降りは無事終了した。


 竹の神に仕える巫女も、騒がし巫女の呪力に一早く気付いたオタケが推薦された。

 竹の神も「その良い御子を産めそうな御腰は、わたくしの性質にも良いでしょう」と歓迎した。


 この一件を切っ掛けに村民達のオタケを見る目は一変し、童の神の巫女に必要とされる「母」と云う条件を満たす為に村長は喜んでその身を捧げたのであった。


 大柄な女とその父親は思いがけない幸福に涙を流し、新たな神は子の誕生と共に再び現れる事を約束した。



 日中の狂騒が白昼夢だったかの様に行われる穏やかな宴。


 水分(ミクマリ)の巫女は、その無邪気な幸せの語らいの中に少年が歓迎されている事を見届けると、朝を待つ事もなく、二度と戻るまいとして竹林の村を発った。



******

(マジコ)る……呪う。当作の場合は特に蟲を使った呪術を指す。

蠱毒(コドク)……虫等を一か所に集めて喰い合い殺し合いをさせ、生き残った一匹を呪術の材料とする法。

(ムシ)……古代日本に於いての虫・蟲とは昆虫だけでなく、蛇、蛙、蜥蜴、蛭等の生物も含んだ。多くは毒を持ち人を害する。

天降(アモ)る……神が神の国から人間の世界へ現れる事。

神退(カムサ)る……神が死ぬ事。


歩き巫女……神社等に所属しない、或いは旅立ち、行く先々で巫行を行う巫女。

 語り部になった者、零落し遊女になった者、中にはくノ一になった者も居たとか。


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