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巫行146 慰安

「それでね、里の外から流れて来た子の正体が、実は人喰い鬼だったの。母様の世燃ス焔(ヨモツホノオ)と私の聖火で滅してやったんだ。母様は凄いんだよ!」

「力押しだと()を多く練らないといけないでしょう? 夜黒(ヤグロ)では鬼に勝つのは難しくて。でも、浄化の炎だと楽に祓える様で。初めからこの子に任せておいた方が良かったんじゃないかと」


 ミクマリは互いに自慢し合う親子の話に耳を傾けながら、横目で妹を睨み付けていた。


 里や巫女頭の親子に何かがあったにしては、里の気配がどうも妙だと思ったのだ。幾ら朝霧が里の様子を隠すとはいえ、大きな異変があれば上空からでも住民の気の乱れが察知出来る筈だ。だが、ミクマリがアズサを抱いて空駆けで接近した際には、穏やかな気しか感ぜられなかった。


「すまんなー、姉様。ミサキ様とナツメがなー、遊びに来いってなー、せんど御子(ミコ)さん寄越すんもんでなー」

 頭を掻き掻き笑うアズサ。


――()められてしまった。

 ミクマリはアズサの霊気の様子で霧の里の危機を察知し、本能的に立ち上がった。しかし、妹の哀しみは演技であった。この妹の思い付きの発端は、先に裁いた純粋な悪人の気配で、演技指導はシラサギらしい。


「うちの子は碌な事覚えないんだから……」

 姉は溜め息を吐いた。


「それで、ミクマリさんの里は落ち着きましたか?」

 ミサキが訊ねる。

「ええ、まあ。もう私無しでもやっていける様で」

 ミクマリは少し安堵していた。自分抜きで里が回る事に関しては、初めは自分で奨励しておきながらも少々不貞腐れた気持ちを持っていたが、アズサと揃って里を留守にした今でも不安に感じない辺り、本心から大丈夫だと思えている様だ。

「そうですか。それは良かった。じゃあ、ゆっくり出来ますね」

 微笑むミサキ。


「ね、アズサ。遊びに行こう。うちも色々あったんだよ。今日は御役目をお休みにして貰ったからさ!」

 ナツメがアズサの手を引く。

「おー、行く行く。ほいじゃミサキ様、後は宜しく御願いなー」

 そう言ってアズサは友人と退散した。


「ミクマリさんは、何かお悩みなのでしょう?」

 去って行く娘達を細目で見つめていたミサキがこちらへと視線を戻し、訊ねた。

「アズサが何か言っていましたか?」

 アズサは御使いの御子を使ってミサキ達とやり取りをしていた筈だ。

「さて、どうでしょうね。そうでなくとも、今のミクマリさんが随分とお疲れになっている事は分かりますけど。貴女がそんなだと、里の雰囲気も暗くなってしまいますよ」

「悩みという悩みは無いのですが、里が落ち着いたなと思ったら、何だか急に疲れてしまって。頑張ろうとは思うのですけど……」

「これまで頑張り過ぎた反動でしょうね。生まれ故郷を(ホロ)ぼされただけでも、立ち直れなくったって可笑しくない位なのですもの。それから辛い旅をして、サイロウを退治して、そこから里の再興でしょう?」

 ミサキに言われて僅かに旅での出来事思い出されたが、随分と遠い昔の事の様な気がした。

「里作りでも、色々あったのでしょう? 他所から人を集めたのだから、そっちの方でも随分と苦労為さったでしょう?」

「予め分かっていた事ですし、どうするかは決めてましたから。でも、何もかもが上手に運んだ訳でもないです……」

「お独りでそれだけ出来れば充分です」


――独り。

 ミクマリは久し振りに自身の頭上を見た。あるのは天井。

――そうじゃない。


「独りじゃ、無いです。皆が手伝ってくれましたから。特に、私の計画の穴はアズサが良く頑張って埋めてくれました」

 ミクマリの繰り返し使った黄泉(ヨモツ)に関する力の説明や、巫女頭として村の些事の片付けは殆ど彼女に任せた。それらも自身でやらねばならなかったら、里は今の形へと上手く運んだだろうか。


「私ももっと頑張らないと……」

 呟くミクマリ。


「これ以上、何を頑張るんですか? もう頑張り終わったんじゃないの?」

 首を傾げるミサキ。


「でも、まだ……」


――まだ、何だろう。もう何もする事は無い。本来在るべき形へ戻っても構わないのに。


「……アズサの言う通り、仕方の無い人ですね。兎に角、ゆっくりしなさい。あの子が態々(ワザワザ)、貴女を連れ出したんですから。きっと何か意味がある筈ですよ」

「あの子、何か言ってました?」


――仕方の無い人。

 頬を染めるミクマリ。


「大体は貴女の事ばかりね。ミクマリさんって虫食が苦手で、朝に滅法弱いとか」

「恥ずかしいです。もう少しまともな事を伝えてくれれば良いのに」

 笑顔のミサキから顔を背ける。


「伝えてくれてますよ。困り者の為に頭を悩ます貴女の事も、村で出た人死にの件も、嵐の事も……」

 ミサキのミクマリを見詰める視線は暖かい。

「ミクマリさん。貴女には以前、娘達の事で大変お世話に為ったから、力になって上げたい。だけど、実の子一人で手を焼いてしまう私ではきっと、足りないのでしょうね」

 ミサキは寂し気に言った。

「そんな事は……」

「そんな事はあります。だから、他の方にも聴いて貰いなさい。貴女には旅で見つけた友人が沢山居る筈です」


 ミサキに指摘されれば、想い浮かぶは(トモガラ)の顔。それだけで胸が少し軽くなった気がした。


――会いたい。皆に。皆と会って、話をしよう。


「でも、その前に、もうちょっとだけ自慢話に付き合って下さいね」


 それからたっぷりと、ミサキに娘自慢……だけでなく里の自慢をあれこれと聞かされた。ミクマリも「それならうちも」と少し張り合うような形で自身の里の話をした。

 数日の間、霧の里で厄介になり、同じ里長のミサキに勧められた通り、他の友人の処へと足を延ばす事とした。



 最初の(トモガラ)の暮らす地。泉の村。


「そうそう。あの後から一年ぐらいしてかな。自分の中にもう一個別の霊気があるって気付いてね。それが分かったら大分気が楽になって。産むのも婆ちゃんががっつり手伝ってくれたらからもう、ばっちり。ぽーん! ってあっさり出て来たんだけどね」

 笑って話すイズミ。彼女の腕には赤ん坊が抱かれている。

「良かった。おめでとう、イズミ」

「いやいやどうもどうも。どれもこれも有難い水分(ミクマリ)の巫女様のお陰で御座います」

 赤子を抱いたまま平伏するイズミ。

「私、何もしてないじゃない」

 苦笑するミクマリ。


「そんな事ないよ。ミクマリが居なきゃ、蛭子神(ヒルコシン)がどうなってたか分からないし。それに何より、タマキを連れて来てくれたからね」

 イズミは、つと表情を引き締める。

「タマキがね。今は殆どの仕事を肩代わりしてくれてるんだ。子供が自分で立って歩く様に為るまで、絶対に目を離すなって」

「そっか……」

 タマキはミクマリが訪ねて喜びはしたが、巫行を後回しにしてまで話し込む事はしなかった。泉に集まる水子を高天(タカマガ)へ送れるのは彼女だけだ。

「あの子には絶対、恩返ししなきゃ……ねー!」

 くるりと剽軽(ヒョウキン)な表情を見せて赤ん坊をあやすイズミ。

「あたしに似た立派な巫女に成るんだぞー。今は無職だけどねー」

 赤ん坊が笑い、母親の顔が蕩ける。その様子を見てミクマリも頬を緩ませた。


「似てると言えば、妹さん。やけに似てるよね。聞いた話だと、余所の里から貰った子じゃなかったっけ?」

 イズミが首を傾げる。

「そらなー、血も魂も繋がっとるしなー」

 アズサが白……少し黄ばんだ歯を見せた。

「イズミはアズサに会うのは初めてだっけ? ええと、話すと長くなるんだけど……」

「面倒臭い話ならしなくても良いかな!」

「せやなー、長くなるなー。黄泉國(ヨモツグニ)に行ったなんて言うても、信じて貰えんやろしなー」

「え? 黄泉に行ったの!? そりゃあ、黄泉路(ヨモジ)を封じる穢神ノ忌人(サグメノイワイビト)としては聞いとかなきゃな話だね」

 興味を示すイズミ。

「穢神ノ忌人……ここには黄泉路があるんけ?」

「そうだぞー。黄泉からでっかい赤ちゃんが、ばあー! って!」

 解説序でに赤子をあやすイズミ。赤子が嬌声を上げる。

「ははは! うちにもでっかい赤やんおるわー。ずっと寝とって、朝餉も夕餉も運んで来て貰うしゃあない人がなー」

 姉をちらと見てから爆笑するアズサ。

「へええ! そんな物臭(モノグサ)寝穢(イギタナ)い奴がいるんだ!? 誰だろうねえ? ミクマリ、知ってる?」

 イズミに意地悪い貌を向けられる。


「ふ、ふうん。私知らないなー」

 ミクマリは外方(ソッポ)を向いた。


「で、そのでっかい赤ちゃんはどうやって黄泉から帰ったのかな? それに、あのサイロウも退治したんでしょ? うちもサイロウに押さえられてたのに、報告も無かったんだから。知ったのはつい最近! あんたの里の噂と一緒になんだからね!」

 口を尖らせるイズミ。


「ご、ごめんなさい。色々と忙しくって」

「もう、あたしの処を放っておく何てさ。……それに、あんたちょっと変だよ。そうでなかったら、守護神さんは里に残って来なかったのかと思ったんだけどね……」

 友人はミクマリの頭上を見た。

「全部白状しちまいな。そろそろタマキも戻ってくる頃だろうし。婆ちゃんも呼んでくるよ。あの人、何だかんだ現役を退いても口出ししたがるからね。あの(ババア)もきっと、何百年か後にはここの守護神やってるよ」


「う、うん……」

 俯くミクマリ。


「無理に元気を出せとは言わないけどさ、ほれ」

 そう言ってイズミは赤子を差し出した。

「くれるの?」

 ミクマリは首を傾げる。

「誰がやるかっ! 冗談を言う元気はあるみたいだね。抱いてみなよ」


 イズミから赤子を受け取るミクマリ。


「あったかい……」

 腕の中の赤ん坊はミクマリと目を合わせると愉し気に笑った。


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